2 キメラの里の少年

第4話 キメラの里から

 イルネスがそうした一夜を過ごしている間、粛清役としてゴーベールの下で暗躍するクレドは一人の少年を伴って旧市街の丘に住むカネア婦人の住まいを訪ねていた。ゴーベールに逆らう者を数え切れないほど葬ってきたクレドの瞳は生まれ持っての色ながら死者の血に呪われたように赤く染まっていた。この男と目が合えば背筋が凍る。クレドに連れられた少年も自分よりずいぶん歳上の無情な男の瞳にそこはかとない不気味さを覚えた。

 カネアは旧市街の丘の中でも一際大きな屋敷に住んでいた。古くからの住人ではなく、どこからかやってきて長年打ち捨てられていた廃墟同然のその屋敷にいつからか住み着いている。薬の知識を持ち、自分の集めた薬を傷付いた人々に分け与えているということ以外、誰も素性を知らない。町民から金を巻き上げるわけでもないのに莫大な資産を持ち、ゴーベールの毒牙からも逃れている不思議な女性だった。この町では珍しい白金の巻き髪の持ち主で、町民が畏れながら歳を訊ねると、三十代の後半なのだと答えた。

 彼女は人の命を奪うクレドの役割を知りながら己よりわずかに歳下の彼に慕情を抱いていた。クレドは攻撃による孤児ではないが天涯孤独であることに変わりはなく、ゴーベールの父親が健在だった頃からゴーベールに仕えていた。バーに囚えられている他の若者達とは年齢も立場も違うものの、ゴーベールの所有物という点では同じだった。それでもカネアはクレドを自分の寵愛の内に囲い、彼を一晩この屋敷に拘束するようなことがあれば相場の三倍の値段をゴーベールに支払った。金さえ払えばゴーベールは文句一つ言ってこない。移住者ながらサーチブレスのルールをよく理解していた。

 そんなクレドが一人の少年を伴って現れたことにカネアは首を傾げた。他者との行動を好まないクレドが誰かを連れて来ることなど滅多になかった。事情を訊ねると、この青銀の髪を持つ少年はゴーベールが囚えてサーチブレスに連れてきた子で、カネアと引き合わせろというゴーベールの命を受け、クレドがここへ連れてきたとのことだった。カネアはそれを聞いてますます不審に思った。ゴーベールは内心カネアを煙たく思っている。その彼が自分の名前を出し、一人の少年と引き合わせようとするとはどういう魂胆なのだろうか。

「カネア、お前、その子供を見て何か感じるか」

 要領を得ないままクレドにそう訊かれ、カネアは少年を見た。まだカネアより背は低いが骨格のしっかりした思春期の少年だった。少年もカネアに嘘偽りのない硝子のように澄んだ眼差しを向けた。初対面ながら早くもカネアに対して畏敬の念を抱いているように思えた。

「ええ。感じるわ。『特殊な血』の持ち主ね」

 一体この少年は何者なのだろうかとカネアは思った。彼の眼差しを見る限り、この少年もカネアの『特殊な血』の気配を感じ、それに対して敬意を抱いているように思えた。普通の人は『血』の匂いで相手の素性を探ることはない。それをするのは『特殊な血』を持った人間くらいだ。この少年もまた血の匂いで相手を探る人間に違いない。

 クレドはカネアに断りもなく勝手に奥の部屋へ引っ込み仮眠を取り始めた。

 カネアは二人きりになったタイミングで少年のロアという名前と十五歳という年齢を聞き出し、今までのいきさつを訊ねた。

 ロアの話によると、突然武装した集団が彼の住んでいる里を襲い、里の安全と引き換えに里長の息子であるロアがサーチブレスへ連れてこられたとのことだった。

 自らも無闇に素性を明かさない立場だが、訳ありの少年の素性を探るべくカネアはロアを観察し、血の気配を辿った。彼の体には人間だけでなく他の生き物の血も混じっているようだった。ならばどこから連れてこられたのかは察しが付く。

「もしかして、キメラの里から?」

 声を潜めながらカネアが訊ねると、彼女に対して隠し事は無用と思ったのか、ロアは無言で頷いた。キメラの里の住人は他者に存在を知られないよう森の奥でひっそりと暮らしている。自分がその里の出身であることは秘めておきたいのだろう。カネアもその意図を汲み、決して誰にも口外しないと固く誓った。

「僕らは誰にも知られないようにひっそりと暮らしてきました。でも、外界で進む兵器の進化には抗えません。ある日、一機の小型飛行物体が里の周辺を飛んでいたんです。里に侵入しかねない勢いだったのでやむなく撃ち落としたんですが、それ以来同じ型の飛行物体がしつこく里の辺りを飛ぶようになりました。大人達の話だと発信機付きの機体だったらしく、それで里の場所がばれてしまって武装集団に襲われた。そんな事情らしいです」

 ロアは肩を落としてそう語った。いくら気配を消して生活していても、森の上から小型飛行物体を飛ばされれば里の存在が明るみに出るのも時間の問題だっただろう。その飛行物体を飛ばしたのもゴーベールに違いないのだろうが、彼が見つけなくてもゆくゆくは他の誰かに見つかっていたかもしれない。時の流れの残酷さを感じた。

「ロア、私にできることがあれば何でも手を貸すわ。何かあったらすぐに相談してちょうだい。色々と心強い手蔓もあるから」

 そう約束すると、ロアは疲れた頭を縦に振って頷いた。

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