第5話 3人の接点

「あの日、僕の人生は変わった。」


 吾郎はそう思いながら隣の部屋から聞こえる男の声に耳を傾けた。それは彼女の彼氏だと思っていた声だった。

 彼女というのは吾郎が住むアパートの両隣に住む美人のことだ。


 一方は黒髪ロングの瞳【後日名前を知るが、瞳と聞こえた】、もう一方はショートカットの楓だった。

 吾郎はどちらにも容姿もそうだが、挨拶時の応対に少し惹かれた。   

 しかし、男の声が聞こえたことから彼女たちには既に彼氏がいると思ってしまった。

 だから瞳とか、楓と呼ぶ声や咳き込む音が聞こえるたびに吾郎は切なくなった。

 折角同じアパートに住んでいるのに、恋人になるチャンスはないのだと思った。


 今晩も彼氏とよろしくやるのかな?と下衆な妄想をし、彼氏が羨ましかった。

 彼女達のそっち方面の声を聞いたら気が狂うと嫉妬する。


 しかし、実は吾郎は大きな勘違いをしていた。隣の部屋から男の声がしていたのは、彼氏ではなく父親だったのだ。彼女たちには彼氏はおらず、単に父親が引っ越しを手伝っていただけだったのだが、それを知るのは後日のことだった。


 翌日、吾郎は入学式の為に大学に向かった。入学式は短時間で終わり、保護者がいれば説明会があった。

 だが吾郎は1人だったので、すぐに大学を後にしようとした。


 派手なサークルの勧誘合戦があるが、一級建築士の資格を取るための勉強があり、それどころではない。

 しかし、ボクシング部に少し興味があった。


 久し振りに1Rのみスパーリングをしたが、皆驚いていた。

 必死に勧誘をされたが、一級建築士を目指していると話すと諦めてくれた。だが、たまにストレス発散目的で良いから、スパーリングをして欲しいと頼まれ、約束はできないがと断ったうえで、時折顔を出す準部員となった。


 その後、立ち寄ったスーパーやコンビニでお隣さんに偶然出会った。

 当たり前だが食料品を買う店は同じ生活圏だから、買い物で見かけるのは当たり前なのだ。

 とりあえずお互い会釈をしたが、内心ドキドキしていた。

 彼女たちはほっそりとしていてとてもかわいかったからだ。

 黒髪ロングの瞳は160cmくらいで、ショートカットの楓は155cmくらいだった。吾郎は彼女たちのスタイルに目を奪われた。


 幸いな事に前の日も、入学式の日の夜も、2人の喘ぎ声は聞こえなかった。

 ドライヤーの音やテレビの音だけがし、男の気配はなかった。

 もちろん聞き耳を立てていた訳では無いが、古いアパートなので壁が薄いから、話し声等はダダ漏れなのだ。


 そして翌日は建築デザイン学科の教室に初めて行くが、驚いたことに大学で見たどころか、その教室で黒髪ロングのお隣さんに遭遇したのだ。


 彼女は吾郎と同じ建築デザイン学科に入っていたのだ。

 吾郎が教室に入ると先に入っていた黒髪ロングさんの姿が見え、どきりとした。

 どこに座ろうかと周りを見渡していると、黒髪ロングさんが偶然にも振り向いた。

 そして吾郎と目が合うと笑顔で手を振り、更に隣に座るようにと手招きしていた。


 席は3人で座るタイプだ。


 吾郎は彼女の誘いに応じ隣に座ったが、心臓が飛び出すのではないかと思うほど鼓動が早鐘を打った。


「瞳よ、学科が同じだなんて偶然だね!よろしくね!」


「そっか。同じ学科なんですね。えっと、改めて吾郎です」


 そう言って2人は再び自己紹介を交わした。


 でも、この子には彼氏がいるんだよなと吾郎は嫉妬したが、勘違いだったと知るのは先のことだ。


 そしてもう1人のお隣さん、楓が教室に入ってきて早速吾郎に気が付いた。

 そして当たり前のように楓は吾郎の隣に座った。


「おはー!偶然ね!お兄さんもここだったんだ。お菓子美味しかったぞ!ありがとうね!えっと、隣いいよね?」


 楓は吾郎がお菓子を渡してくれた事を思い出し、お礼を言った。


 吾郎は黒髪ロングさんに続き、もう一方のお隣さんが同じ学科だったことに驚く。ふと、隣良い?も何も、もう座っとるやん!と心の中でツッコミを入れるが、嬉しかった。


「えっと、楓さんでしたよね!よろしくお願いします!吾郎です」


「硬い硬い!楓でいいわよ。私も吾郎って呼ぶからさ!改めてよろしく!」


 楓は吾郎に親しげに言い、握手を求められて慌ててズボンで手を拭いその手を握る。

 吾郎は柔らかく温かな手の感触に心臓が更に高鳴ったのを感じた。


「あら?貴女、コーポブリデンの人よね?見たことあるわ」


 瞳が楓に話しかけた。


「あっ!2階の子だよね!うん!うん!私も見た見た!私、楓!よろしく!」


「瞳です。えっと、204です!」


「あっ!吾郎の隣だね!私202はよ!」


 楓は瞳に部屋番号を教えた。


「あっ!今も部屋と同じ並びね!よろしくね楓さん」


 瞳は楓に笑顔で言ったが、早速楓から駄目出しが入る。


「もうダメダメ!折角同じアパートに住んでるんだからさ、楓って呼んでよ!私も瞳って呼ぶからさ!さあ、楓って言って!」


 楓は瞳を強引に呼び捨てにしたが、瞳は戸惑いつつも応える。


「はい!じゃあ、か、楓・・・よろしくね!えっと、吾郎さんも瞳って呼んでください!」


 瞳は楓に従い、更に吾郎に呼びかけた。


「あっ、うん。じゃあ、瞳って呼ばせてもらうよ。俺のことも吾郎で」


「はい!じゃあ、か、楓、吾郎、改めてよろしくね!」


 瞳は2人に元気に応えたが、楓のペースに乗せられていた。間違いなく本来の性分だと【さん】付けなところが呼び捨てになった。


 しかしその日から2人について、吾郎の頭の中では【彼女達には彼氏がいる・・・】単純だが大きな疑問でいっぱいだった。


 そして、隠し切れない嫉妬の感情が彼を悩ませるようになったが、それが彼の初恋の始まりだった。

 勘違いに基づく恋の始まりだったが・・・


 そしてここから複雑な3人の関係が始まった。

 瞳は清楚系の美女、楓は健康的でボーイッシュな元気っ子、吾郎はそこそこ爽やかな男子学生という3人のコンビネーション・・・

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