第6話:変った生き物でも見る様な

「ソフィアさんの言う通り、おれは武器や農具とは無縁の生活を送っていました。けれど、普通の平民の出です。特別な生まれではありません」

おれが話してる間もソフィアは手をじいっと見詰めていた。

手首や腕の筋肉の付き具合なども念入りに調べている。

白人の若く美しい女性に手や腕をベタベタと触れられるとトキメキを覚えてしまいそうになる。

しかし相手は完全におれのことを研究対象としか見てない様子なので、気分の高揚はそれほど感じなかった。

「――うーん、本当に育ちが良さそう。この人が遺跡の近くで、身ぐるみ剥がされたような格好で一人でいたって言うのは……どう考えてもワケありかな。悪魔憑きや疫病持ちじゃ無かったとしても、何かしら陰謀に巻き込まれてる可能性は拭い去れないわね」と、ここで漸くソフィアは手を放してくれた。

彼女の言う陰謀とは、例えばおれが王侯貴族の息子とかで命を狙われたけど何とか逃げ延びた……みたいなことだと思うが、そう言った類の陰謀に巻き込まれてない事だけは確かだ。

このタイミングでルーファスが遺跡とおれの関連性や、異世界転移の話題を挙げないのは、今はまだその時では無いと判断したのだろうか?

それを察してしまった今、おれから遺跡や異世界の話を切り出すことは出来ない。


「――陰謀云々は追々考えれば良い。それより、先ほどの続きじゃが……明日以降の生活に関してよのう。住居は、当面はわしの家を使えばよい。食事は……この集落におる限りは、周りの者たちが面倒をみてくれるであろうから飢えることは無いじゃろう。仕事は……暫くは必要は無いと考えておる。武器も農具も無縁の者がこの集落ですぐに役立つとは思えぬしな。暇を弄ぶ様であれば、わしか、そこのソフィアの話し相手か手伝いでもすればよかろうて」

ルーファスは、淀みのない口調ですらすらと話していた。

おれとソフィアのやり取りの間、今後のことを考えてくれていた様だ。

「確かに、それに関してはルーファスの言う通りかもね。私の仕事を手伝ってくれるのなら、私の家で寝泊まりしてくれていいわよ?」と、ソフィアは呆気らかんと言ってくる。

「あの、ソフィアさんは、独身、ですか?だれかと同居されてるとか?」

「私は、独り身よ。従弟と一緒に住んでるけど」

「おれみたいな、身元不明の男を、同居人がいるとは言え、家で寝泊まりさせても問題は無いんですか?」

「問題?ああ、そう言うこと?私が貴方に襲われたりしたらどうするのか?みたいな問題ね?」

「まあ、そう言ったことです。世間体とか、そう言うのは気にしない感じですか?」

おれの問いかけを受けて、ソフィアとルーファスは漸く顔を見合わせていた。


「ほらね、やっぱりこの人育ちがいいのよ。世間体なんて言葉久しぶりに聞いたもの。王都に住んでた時以来かも」とソフィア。

「うむ、それは同感だのう。平民の出と言うが、貴族や豪商並みの常識と教養を有し、それなりに礼儀礼節を弁えておる。ドナルドとは話が合うやもしれんな」

ルーファスはソフィアと顔を見合わせた後は、すぐにこちらへと視線を向けていた。それに続きソフィアも。

まるで変った生き物でも見る様な目付きだ。いや、実際この二人からすれば、変わった生き物そのものでしかない。

おれに対し興味心を抱いてくれるのは有難いと思うべきなのだろうが、中々慣れることの出来ない視線だった。

この雰囲気を崩したいと思い、先ほど出た名前を出してみることにした。

「あの、そのドナルドさんとはどの様な人物なのですか?」

おれはどちらとなく問い掛けたが、先に口を動かしたのはソフィアだった。

「ドナルドはこの近隣の集落と近くの街を商圏にしてる行商人よ。彼はトリス街の出身だけど面倒見が良いから私たちは馴染みが深いの」

この二人と話していると、どんどんと世界が広がってゆく。

魔法使いや薬師と言った存在はファンタジー世界で最初に遭遇する相手としては最高だよな、と思わざるを得ない。

我儘な貴族とか山賊や海賊だったら今頃どうなっていたことか、想像するのも億劫だ。


おれとしては行商人や街の話へと話題を広げたい……と思っていたが、ここでソフィアは唐突に席を立った。

「――さて、様子も伺えたことだし、私はそろそろ帰るわね。ルーファス?分かってると思うけど、リョウスケはちゃんと眠らせてあげてね?」

ソフィアは随分と穏やかな表情になっていた。

登場した時はまるで女戦士の様に息巻いていたが、会話の中で上手く自制出来た様だ。

一方のルーファスも表情では分かり難いが、声は幾分穏やかになっていると思う。

「分かっておる。衰弱状態で強力な浄化を受けるのは精神上良くないからの。心配せんでも、このあと昏睡魔法で深い眠りへ落とす。昼頃に目覚めさせて、そのあと施術に入るつもりじゃ」

「それ、ギルも立ち合うんでしょ?当然、私も立ち合うからね?」

「好きにすれば良かろう。リョウスケの健全な精神性を見る限り、悪質な何かに侵されている可能性はほぼ無いからのう。形式的に浄化を施術するだけになるであろうよ。なんならお主に施術を譲っても良いくらいじゃ」

「はいはい、どちらが施術するかは、明日現地で決めましょ。では、リョウスケ、またあしたね――」

そう言うと、ソフィアは颯爽と出て行ってしまった。

再びルーファスと二人きりとなり、何か語らうのかと思ったが、特に会話は無かった。

暫く茶を飲んで過ごしていると、また別の部屋へと案内されて、床に敷かれた布に横になる様に言われ……言われるがままにした瞬間、そこでおれの意識は真っ暗闇に落ちてしまった。

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