最終章 不死の翼
第33話 北の精霊山
「え、あれ、まさかアッシュか!?」
大きな声でアッシュの名を叫んだのは、西の村に住む村長の息子ミルゴだった。だが、そんな声は全く耳に入れず、アッシュは西の村を大胆に通り抜け、光り差す森を突っ切り、一直線に神の棲む山へと入っていった。
長い階段を一気に駆け上がり、あっという間にアッシュは神の棲む山の頂上へと辿り着いた。相変わらず神秘的な濃霧に覆われており、特に頂上での視界は最悪だった。
「西の村の守り神――精霊よ! 姿を現してくれないか。守護竜シドラについて聞きたいことがある!」
重厚な石造りの祠――父が落下して死んだ崖付近で、アッシュは腹の底から力を入れて叫びあげた。すると、突然祠の中から膨大な魔力が溢れ出した。
その魔力は高貴で神秘的な雰囲気を醸し出していた。アッシュはすぐに気が付いた。神秘的な魔力の持ち主、西の村の精霊が姿を現したのだ。
「久しいですね、古き血の少年よ。私は精霊シディア。精霊の王、守護竜シドラの導きの下、西の村を結界魔法により守護する者です」
「シディア――僕らは……西の村の住民は、守り神の名前すら忘れていたのか」と、アッシュ。
「気にすることはありません。短い生涯を生きる人間族にとっては仕方のないことですし、永い時を生き続ける我々精霊からすれば些細なことなのです。もちろん、我々精霊も永遠の命を持っているわけではありませんが」
「精霊にも寿命があるのですか?」
「人の寿命とは少し違いますが、まあ似たようなものですね。実は、数千年の時を生きる我らの王、守護竜シドラの終焉がいよいよ迫ってきているのです。現在、私たち精霊が張っている結界は、守護竜シドラの魔力による加護を受けてようやく成り立っています。ですが、このままシドラが消えれば、私たちだけの力では魔獣を抑えられなくなってしまうでしょう」
「……今、弱っているという守護竜シドラを狙う悪党がいるのです」
「聖血魔導会ですね。もちろん知っています。史上最悪の魔法使いと言われる『不死のティトーノス』は、私たち精霊にとっても恐るべき存在ですから」
「ティトーノス……! 」
アッシュは洞窟内で聞いた聖血魔導会の言葉を思い出した。『憎きグラトに対抗できる魔力を持つティトーノス』。確かに、彼らはそう言っていた。そして、シドラとリシュナの血を使って霊薬を作り、肉体を蘇らせる、と。
しかし、不死とは一体……?
「聖血魔導会の発起人であるティトーノスは、恐るべき力を持つ魔法使いでした。彼が生まれ持った魔法は――不死魔法。ティトーノスは老いることはあっても、死ぬことはなかったのです」
「死ぬことがない……?」
「ええ、ティトーノスが死ぬことはありません。何があったのかは知りませんが、ティトーノスは若い頃から古き血の存在を憎んでいたようです。そこで、彼奴は300年かけて魔力を練り込み、溜め込みました。その間に、ティトーノスの肉体は衰えましたが、代わりに古き血の魔法使いにも匹敵するほどの強大な魔力を得たのです。そして、ついに20年前に始動し、“新しき血”至上主義団体『聖血魔導会』を率いて戦争を引き起こしました」
「300歳越えてるなんてわけがわからないな……」
「ティトーノスは自身の魔力が最高潮に達するのをずっと待ち続けていました。そして、300年の時を経て、ついに戦いを決意したのです。ですが、タイミングが悪かった。彼は史上最大の魔力を持ち、あらゆる魔法を操る天才魔法使いグラトが同時代に存在していたことを知らなかった。その後、ティトーノスはグラトによって倒されたはずでした」
「倒したはずのティトーノスは、不死魔法によって生き永らえていたってことか。そして、再び力を取り戻そうとしている、と」
「霊薬とは、人体に精霊の魔力と“悠久の時”を付与する究極の薬。もしティトーノスが使えば、若い頃の肉体を取り戻してしまうかもしれません。これは、必ず阻止しなくてはならないことです」
「僕が――僕たちが必ず止めて見せる。守護竜シドラは今どこに?」
「守護竜シドラが住むのは遥か北方にある山――精霊山。きっとグラトもそこへ向かっています。そして、聖血魔導会の残党と、グラトとの戦闘で肉体を失ったティトーノスも……」
「北の精霊山か……」
「貴方には戦う理由があるはず。必ずティトーノスの復活を阻止してください。今の貴方ならば、簡単に負けるようなことはないでしょう」
「戦う理由……」
「今から私が空間移動魔法で貴方を精霊山の頂上まで飛ばします」
「結界魔法以外にも魔法が使えるのか!」
「もちろんです。我々の身体に流れるのは遥か古の魔法族の血――貴方やグラトと同じ祖先を持つのですから」
その時、アッシュの身体を神聖な光が包み込み、強い閃光を放った。そして、アッシュの身体は神の棲む山から姿を消した。残された精霊シディアがポツリと呟く。
「頼みますよ、アッシュ。そして、守護賢者グラト」
☆
「……遅かったな。古き血の英雄、大賢者グラトよ」
弱々しい声を発したのは、先ほどまで夢と現の狭間を行き来していた巨大な老竜だった。片方だけでも4mはありそうな大翼を淡く光り輝かせながら、ごつごつとしたウロコで覆われた両脚を畳んで、どっしりと平たい大岩の上に座り込んでいる。
「守護竜シドラよ。ずいぶんと魔力が弱まったのではないか」
「我々精霊も、人やエルフと同じように衰えるのだ。貴殿と同じ、古き血が流れているのだからな」
「血は流れていても、神の領域に踏み込んだ生命体を人と同じとは言わせんよ」
「それもそうだな……さて、そろそろ本題に入らねばなるまい」
「終わりの時が近いのだろう?」と、グラト。
「ああ、その通りだ。精霊にとって、魔力は生命力そのもの。魔力が枯渇すれば、自ずと死が待っている」
「それで、私に精霊の王を継いでほしいと言いたいのだな?」
「貴殿はどの精霊よりも強い魔力を持ち、強力な結界魔法を操る能力まで持っている。精霊の王として君臨するのに、貴殿以上に相応しい者はいないだろう」
「……少し考える時間をくれ、というわけにはいかないのだろう?」
「事態は一刻を争う。貴殿も気づいているだろうが、今、聖血魔導会の残党がこちらへ向かってきている。彼奴らの狙いは、ティトーノスの復活。そして、その条件は既に揃ってしまった」
「まさかリシュナが……今すぐに行って、私が聖血魔導会を手早く蹴散らす」と、険しい表情のグラト。
「それでは間に合わないのだ。私の命が尽きる前に、確実に継承の儀式を済ませなければならない。少しでも時機がズレれば、エルレミラを含めた各町村の結界は崩壊して魔獣が入り込み、大勢の命が奪われるだろう」
「だが、このままでは結局ティトーノスが復活する。ティトーノスは私が精霊の王として君臨することなど認めはしないだろう」
「……偶然か、はたまた必然か。貴殿の弟子たちが精霊山へ向かってきている。彼らは聖血魔導会と対峙する運命にあるのだ。それは貴殿もわかっているのだろう?」
「彼らがティトーノスに勝つと?」
「彼ら3人が力を合わせ、精霊の力を得た貴殿の助力を得れば、可能性はゼロではない」
グラトの悲痛に歪む顔に浮かぶのは、諦念。脳裏に浮かぶのは、可愛い弟子たち、そして亡き妹ラースの顔。そして――
「……アッシュ、後は任せたぞ」
「覚悟したかね、大賢者グラトよ。今日より貴殿は私の魂を継承し、守護賢者グラトとして精霊の王となる。魔法を悪用する者や魔獣の手から、世界を守る救世主になるのだ」
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