第12話 妖刀使い
「本当に魔獣を倒してしまったんですか! やはり、あなた方に依頼した私の目は間違っていなかった」
リックが涙ながらに感謝の意を述べる相手は、仕事を終えてクタクタになっているアッシュとシオンだった。
アッシュは朝から動きっぱなしだったし、そもそも、今朝までは魔法の魔の字も知らない一般人だった。一方で、シオンは朝から出ずっぱりで何件も仕事をこなしており、へとへとだったのだ。
「確かに、魔獣は倒しました。ですが、羊たちを取り戻すことはできなかった。申し訳ない」
少し沈んだ声のシオンが言う。
「辛いことですが、もう起きてしまったことです。過去ばかり見て、くよくよしていてはどうしようもありませんからね。もう2度と同じことが起こらないように祈るばかりです」
まるで自分に言い聞かせるような口調で言い、リックは話を続ける。
「とりあえず、2人ともひどくお疲れでしょう。今日は村に泊まっていってください。あいにく、宿代わりに使える場所は牧場の脇に建つ小屋しかないのですが――」
「そいつはありがたい。俺たちは休めるならば、どこでだって構わないですよ」
シオンが言い、アッシュもうんうんと頷く。
「本当に優しい方々だ。こちらへどうぞ。食事もお持ちしますので、ごゆっくりとお休みください」
そう言うと、2人は牧場の脇に建てられた小屋の中へ通された。小屋の中は、案外綺麗に整頓されており、どことなく生活感があるようにも思えた。粗末だが、布団もあった。
「実は、私はここで寝泊まりしているんです。水道も台所もない、狭くて薄暗い部屋でしょう。でも、村の人々と身を寄せ合って暮らすよりも気が楽なんですよ」
リックが少し笑いながら言う。
「良いところですね。僕が今朝まで暮らしていた部屋よりずっと立派です。羊たちも近くで見ていられるし」
明るく装ったような口調でアッシュが言う。シオンは何か言いたげな表情を浮かべながらちらりとアッシュの顔を見たが、結局は口をつぐんだ。
「では、牧場主の家の台所を借りて食事の準備をしてきますので、ゆっくりと体を休めていてください」
そう言って、霧が晴れたような爽やかな笑顔を浮かべつつ、リックは軽やかな足取りで小屋から出ていった。
明朗風な羊飼いが去った後、小屋は重い沈黙に支配された。アッシュとシオンはそれぞれ少し離れたところにゆっくりと腰を下ろす。あまりにも長く遅く感じられる時の流れに、アッシュは何とも言えぬ気まずさを感じていた。
シーンとした静かな空間の中で、時々めぇ~という鳴き声がかすかに聞こえてくる。アッシュは退屈しのぎに、魔法を使って羊の会話を盗み聞きした。彼らは「お腹すいたね~」「寒くなったね~」といった、世間話のような内容の雑談をしていたようだ。
アッシュが羊たちの会話に夢中になっていると、長い沈黙を破ってシオンが口を開いた。
「羊たちはどんな話をしているんだ?」
意外な言葉に、アッシュは開口したまま数秒固まった。シオンがあまり意味のなさそうな雑談をするタイプには見えなかったからだ。返事を促すように「どうなんだよ」と言われたところで、アッシュはハッ我に返った。
「お腹すいたね~って言っているよ」
「そうか、じゃあ俺たちと同じだな」
シオンは少し気の抜けたような口調で言うと、思いきり伸びをして深呼吸をした。刀を床に置いて、足を前へ投げ出してリラックスしている。今なら色々と話を聞けるかもしれない、とアッシュは考えた。
「なあ、シオンはどんな魔法を使えるんだ?」
すると、シオンは再び鋭い目つきを取り戻し、ギロリとアッシュを睨んだ。無遠慮に踏み込みすぎたのか、とアッシュは思った。誰にでも聞かれたくないことのひとつやふたつくらいはあるものだ。
「お前みたいなのにそう言われると、つい腹が立っちまう。大人げねェよな、クソダセェ」
少しうつむき、シオンが言う。アッシュは昼間に魔法屋でシオンと会った時のことを思い出していた。
「もしかして、“古き血の継承者”ってのが関係している?」
「……まあ、それもあるが……」
シオンは顔を上げ、アッシュを一瞥した後に再度正面を向いて遠い目をしつつ、続けた。
「俺は――魔法を使えない」
「え?」
アッシュは唖然とした。グラトが絶大な信頼を置いている様子を見て、きっとシオンもすごい魔法を使えるに違いないと思い込んでしまっていたからだ。
「一般的に、魔法使いとして生まれた者――つまり、生来魔力を持って誕生した人間は、先天的に1種類の魔法を備えているものだ。だが、俺は魔力を持って生まれたにもかかわらず、魔法を持っていなかった。色々試したが、ダメだった。そんな俺の隠れた力を見抜いてくれたのがグラト先生だったのさ」
「隠れた力――」
「グラト先生は、俺には2つの才があると言ってくれた。そのうちのひとつが、魔力探知だ。簡単に言えば、人や獣に宿った魔力の在処を探る技術で、訓練次第で誰でも使えるようになる。だが、俺は他人の魔力の位置をより正確に知ることができた。それだけでなく、対象が保有する魔力の総量も直感的に読み取れる」
「じゃあ、洞穴に魔獣がいたことも、僕が洞穴に近づいていたことにも気づいていたってことか?」
アッシュがそう言うと、シオンは少し目を細めて言葉を返した。
「半分不正解だ。俺の魔力探知をもってしても、あの洞穴のように魔力が充満した空間では感覚が鈍るんだ。だから、あの洞穴に魔獣がいるという確証はなかった」
「そういうものなのか……ん、半分?」
「ああ、もう半分は正解だ。魔力の充満した洞穴であっても、規格外の魔力を持つ者が近づいてきたらさすがに気がつく。古き血を継ぐ者がみんな無条件に膨大な魔力をもって生まれてくるわけじゃない。誇れよ、お前はすごい力を持っている」
シオンの言葉を聞いた途端、アッシュの胸の内に熱いものがこみ上げた。予想外の褒め言葉を受けて顔が赤くなってしまっているような気もするが、アッシュは精一杯、平静を装ってみせた。
シオンは一瞬だけアッシュと目を合わせたが、すぐ逸らして「だが」と言った。
「お前が真に古き血を継承する者ならば、魔力をコントロールする術を身に付けるべきだ。それに、もっと色んな種類の魔法を使えるようになれるはず。動物と会話したり手を光らせる魔法も使いどころによっては便利だが、魔獣を狩ることはできない。この仕事を続けていきたいならば、攻撃に適した魔法を身に付けろ」
シオンがそう言った時、アッシュが首を傾げた。ある疑問が脳裏に浮かんだからだ。
「あれ、シオンはどうやって魔獣を倒したんだ?」
「この刀だ」
「何か特別な刀――ってことか?」
アッシュが首をひねって考え込んでいると、シオンは刀を手に持ちおもむろに立ち上がった。そして、刀の柄を握ってアッシュの目の前へ突き出して、静かに口を開いた。
「“
「何だ、それ?」と、アッシュ。
「“魔力流纏”は己の武器に魔力を流して纏わせる技術。だが、魔力を込め過ぎると武器は非常に脆くなってしまうため、魔獣を斬れるほどの威力に見合う魔力を込めることはできない。そして、“魔力芯堅”は武器の内部に魔力を流し込み、武器そのものの強度を底上げする技術だ」
「その二つを同時に使えれば、最強の武器になるじゃないか。まさか――」
「普通、魔法使いは“魔力流纏”と“魔力芯堅”を同時に使うことはできない。だが、俺にはできる。これが俺のもうひとつの才だ」
簡単に言って見せたが、シオンが“魔力流纏”と“魔力芯堅”を自在に操り1人で魔獣を倒せるようになるまでには、並外れた努力の過程があった。幸い、体格と身体能力には恵まれたが、血の滲むような修練の日々のおかげで今のシオンがあるのだ。
とある魔法使いが刀1本で魔獣を断ち斬るシオンの姿を目撃した時、畏怖を込めて彼をこう呼んだ。
――“妖刀使い”と。
☆
「リックさんまだかな。僕はもう腹が減って――」
アッシュが言いかけた時、シオンの表情が一変した。刀を腰に差し、人差し指を唇の前に立てながら「静かにしろ」と囁いた。
反射的に息を止めてシオンの様子をうかがう。シオンはじっと目を瞑り、深く集中しているようだった。一体何をしているのか――
「村の端……井戸の方だ」
シオンが小さく呟き、チッと舌打ちをした。それを見て、アッシュは異常事態が起きていると悟った。
「アッシュ、リックさんや村の人々に『家から出るな』と伝えろ」
「待てよシオン。一体何が起きてるっていうんだ?」
「突然現れた不審な魔力反応だ。おそらく、かなり手強い……俺の探知能力を掻い潜るくらい、狡猾で魔力をコントロールする能力が高い。しかし、この魔力の感じは――」
シオンの表情がみるみる険しくなっていった。拳を握り締め、肩を上下に震わせている。緊張はアッシュにも伝播し、1滴の冷や汗が額から流れ落ちた。
「気を付けろ、敵は魔獣ではないかもしれない……!」
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