第12話

 大西直治の手記を読み終えた私は前社長が思いを託したものということで勝手に想像を膨らましていたのだが、存外普通の内容にがっかりしながらまだまだ続く車窓からの景色を眺めなが揺られていた。しかし、じきにそれにも飽きてしまい携帯を見ているのも酔ってくるため手持無沙汰になるほかになかった。手に持っている手記をバラバラとしながら電灯の方を見ていると、一匹の虫が電灯の周りを一生懸命に飛んでいた。虫は電灯に触れるたびに弾き飛ばされまたその方向へと向かっていく。はじかれるときには痛いのだろうか、もしそうなのだとしたら虫は自身の本能によってただ痛めつけられることになる。何度だって繰り返すのだろうが、虫には明かりしか見えていないのだろう。あの手この手で様々な角度からその光にめがけて、いったい虫は光に向かって何をしたいのだろうか。同化であろうか、ただ近づくだけであろうか、なんにせよ光の近くにずっといることは出来ないという現実を知ることはないのだろう。痛々しいのであるがどこか滑稽にも見えるのであるが、見られる側にはそんなことなど考えもしないのだろう。

 虫に同情するなんて疲れがたまっているのだろうか、と思いながらこれ以上見ていられないので視線を落とすと、最後のページに指をかけていたのでもう一度読み直すかと思い、そのページを開きぺらぺらと最初のページまで逆再生しようとしたとき、その最後のページに何か書かれていることに気が付いた。まだ続きがあったのかと思いつつ、読もうとしたその文章の文字が大西の筆跡ではなかった。完全に別人のものである。少し不気味がりはしたが、好奇心に抗えず読んでみることにした。

 読んだ後に私は約束に従ってこの手記を海へ捨てた。

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