第52話 逃げろや逃げろ

「しゃーねぇなぁ。あんな三下相手に“使う事”になるなんてなぁ」

「おっ船長!アレかますんかい?」

「おーよ!海の中にも厄介なヤツもいるかもしれねーからよ。手っ取り早く行かせてもらう」


 クッフ船長が舳先に立つと先端に水晶玉がくっ付いた棒が迫り上がってきた。

 クッフ船長の水晶玉は口元まで迫り上がったところで止まり、同時にクッフ船長の詠唱が始まる。

 詠唱に反応する様に水晶玉が光り、更には玉の付いた棒を光の筋が伝い、筋が波紋の様に幾何学な模様をとって船全体に広がっていく。

 すると攻撃で揺らいでいた船がストンと落ち着いて揺れなくなった。

 だが、“船の周り”の様子がガラリと変わっていく、不自然な渦潮が発生し始め海が大荒れのに荒れ狂っていた。

 水晶玉を前に詠唱している姿はマイクを前に歌っている様に見え、筋骨隆々の傷だらけの男の姿と思うと少し滑稽に見えた。

 目の前の壁外警備隊の船が渦潮に飲まれて沈んで行く。苦し紛れにビームの様な攻撃を撃ちまくって来たが、明後日の方向に飛んで当たらない。

 ボンボンと船の周りで爆発が起こっているが先ほどまでと違って結界に届いていないのか衝撃は来ない。

 渦潮に飲まれて粉々になっていった壁外警備隊の船を見るからにやはり潜水艦か何かが海の中に潜んでいたみたいだが、流石にこの荒れ狂った海では上手く動けないだろう。

 それに比べてこちらの船は恐ろしい程に揺らぎが無い。


「こりゃ、すげーや」

「コレが北洋の狂人の才能タレントなの」

「そうだぜぇ。オレは魔力で水を操る事が出来る。“この船”で魔力と放出範囲を広げてやりゃぁ。ざっとこんなモンよ!」

「すげーなぁ。コレは魔法なのか?」

「ん?こりゃ、才能タレントに由来してる能力だからなぁ?【魔技】?いや“呪文”も付加してんし【魔術】に近いのか?よく分からんな」

「魔技、魔術…」

「凄いわね。この力があれば魔洋すらも突き抜けられるんじゃ…」

「そりゃぁ、無理だぜ。嬢ちゃん。“アソコ”は人が行っちゃぁならねー場所だ」

「経験済み?」

「まぁ、な。さて、この力は疲れんだ。さっさと潰して抜けちまおう」

「船長!範囲外からなんか来らぁ!!」


 船の左側100メートル以上離れたあたりから水柱を発生させて何かが飛び出して来る。


「ってまんまミサイルか!!」

「ちぃ!」


 船の周りの結界に幾何学的な模様が浮かび明らかに強化されたのが分かる。

 と同時にミサイルが結界にぶつかり大爆発を起こす。明らかに先程まで海の中から伝わって来ていた衝撃の数倍はありそうな威力だった。

 荒れ狂う海で微動だにしなかった船がミサイルの爆発から来る衝撃でぐらんぐらん揺れた。


「はぁ、ヤローさっきまでは手ぇ抜いてたってかぁ」

「今ので打ち止めなら、ここまで出し惜しみした事も理解できんだけどな…」

「船長!次来るぜ!!」


 再び水柱が立ちミサイルが飛んでくる。しかも今度は2つ飛んできた。1つですらとんでも無い威力だった事を考えるに2発分が耐えられるか不安だ。


「クッフ船長!船の結界は大丈夫なのか?」

「分からん!思ってる以上にキツイ!」


 ドガン、ドガンと大爆発が2つ。同時にとんでもない衝撃で船が転覆するのではと思う程揺れる。


「やべーな…。次、耐えられるか分かんねー」

「マジかよ船長!!」

「クッフ船長。結界を更に強化する事は出来ないんですか?」

「船の制御と海流の制御、ついでに追加の魔力供給も同時にこなしてるんだがよ!備蓄分も含めて魔力がもう限界なんだわ」


 確かにクッフ船長の顔色が悪い。魔力の使いすぎによる疲労が前面に出て来てしまっている。

 更に元々、船の結界発動に使用していた魔力の貯蓄も尽きかけているらしい。


「魔力の供給って俺らでも手伝えるのか?」

「あー、この石に魔力流してくれりゃ補充はできるがよ。今、船の魔力はすっからかんだからよ!すげー持ってかれるぜ。ガキンチョのお前らじゃ生命に関わっちまう」

「でも、ここで結界が解かれたら結局死ぬんならやるしかないじゃない!」

「大丈夫。俺、魔力の量には自信がある」


 船長の前の水晶玉に両手を伸ばして掴む。クッフ船長の口元の高さにある為に背伸びして若干ぶら下がる感じになっているのはやるせない。

 水晶玉に魔力を流すとグイッと大量に吸い出される感覚がする。確かに普通の子供なら、と言うか普通の大人でも干からびるぐらいの感じがする。

 だが俺の魔力量なら問題ない。


「大丈夫って!馬鹿野郎!ガキの魔力じゃ耐えらんねー」

「それなら問題無い!俺の魔力は100万だ!」

「何言ってんだ?」

「本当だ!冒険者ライセンスのステータスにも表記されてる」

「マジかよ。俺の魔力供給無しで結界が維持できてやがる…」

「船長!まただ!!」


 遠くに水柱が2つ立っていた。今度は3つ飛んでくるかもと覚悟したが、飛んできたのは2つだった。


「結界に魔力を取られねーんなら、このまま船をかっ飛ばして潜水艦ってヤツの射程範囲から出ちまおう」


 グンっと船が風向きとかと関係無く動き出す。


「船が動かせるんならミサイル…あの水柱の反対方向が良い。多分、あの下に潜水艦がある」

「だろーな」


 ドボンと元々船があった辺りにミサイルが落ちる。同時に2つの大爆発が起きた。

 着弾した場所が元々の船の場所な為、どうやら誘導弾の類いでは無いようだ。射程範囲が分からないから、このまま逃げきれるならそれで良いが、次弾があるとしても移動速度、行動範囲を予測した上で発射されれば当てられる可能性は充分ある。


「逃げきれそーか!」

「俺の『海流操作』が続けられんのも限界が近けー、潜水艦がどこまで追って来るか次第だがよ。普通なら国境跨いじまえばどうとでもなるんだろうが、相手は海ん中だからなそこら辺どうとでもなっちまいそう」

「いいえ、国境さえ越えれば追っては来られない…と思う」

「思う?」

「大賢者の作り出した国境線引き魔法は結界とは違うけど、ある一定の質量を持つ物体は照明魔具が無いと入れない。照明魔具は“船体と一帯での登録制”、登録には各ギルド同様に「世界意識」を介して行う事になるから」

「成る程な!無登録なら海賊船みてーな違法船同様に国境を越えられねー。潜水艦ってーのが極秘に製造されてる品物だとしたら未登録の可能性は高いって訳か」

「成る程、だから「来られないと思う」って訳か」

「ルバンガイセクイに行く道すがらの隣国の国境なら問題なく入れる。先ずはそこに逃げ込むぞ!ヤローども!!気張れや!!」

「あいあい!!」


 ミサイルの発射時に現れる水柱は斜め後方進行方向から発射位置が同様ならこのまま進めば振り切れる可能性は充分ある。


「国境ってあとどのくらいでつくの?」

「さぁな。おい最短距離で行き着く国境線はどこになる?」

「進行方向的にゃ、若干、南南西に舵をきってくれ。距離的にゃ…600ロキルトーメってとこでさぁ」

「遠ぉ!どれくらいの時間でつく!」

「海流操作による後押しこみで“半刻”は、かかる」


 『1刻』が“大体2時間半”でその半分って事は1時間ちょいか!こいつは良くない。潜水艦のスピードがどの程度か分からない上に武装がどの程度残っているのかも分からない状態で1時間以上耐えて逃げきらねばならない。


「その海流操作はあとどれくらいで保つの?」

「半刻半ってところだな…」


 半刻の半分って事なら約30分強って事か。

 帆船の様に見えるが水門を越える前から一向に帆を張る様子が見られない。それでも船が進んでいた事を鑑みるに推進力は他にある。それで300ロキルトーメを逃げ切る事ができるのか。

 そもそも300ロキルトーメって実際はどれくらいの距離なんだ?

 日本の距離の感覚と一緒なのか?


「船長!まただ!」


 再び2つの水柱が立つ前回と違い落ちる場所が船に近くなっていた。

 水中で爆発したミサイルに煽られて船がぐらついた。


 海流操作で大荒れの海流のおかげで一定距離から近づけないが、先ほどのミサイルの着弾点から鑑みるに明らかにコチラの行動、移動距離を逆算してでの発射が出来ると考えた方がいい。

 後何発あるのか分からんが、海流操作が持続している内に打ちきってくれれば良いのだが。

 更に2発のミサイルが発射された。今度は片方だけだが結界にぶつかり爆発した。衝撃で転覆仕掛けるがクッフ船長の海流操作で無理矢理体勢を整える。


「コイツぁーやべーぞ!!結界にぶつかって爆発するヤツもヤバいが、外れて海の中で爆発するヤツもヤベー!!俺が操作してる海水を吹き飛ばしちまう!次は耐えられんかもしれねー」


 いよいよ、切羽詰まって来た。ってか“ウヨジィ”1人を殺す為にここまでする必要ってあるのか?ウヨジィって“このウソンセ”にとってどんだけ影響がある存在だってんだよ!


「海流操作で船を押し出してもっと速度を出す事は出来ないの?」

「残念ながら、そりゃ既にやってんだわ。これ以上は遅くはなっても速くはならねー」


 潜水艦は後方の海流操作の及ばない範囲ギリギリ辺りから離れない。全速力のこの船と同等のスピードを維持できるのなら海流操作が出来なくなってスピードがダウンした途端に追いつかれて終わる。

 そうなる前に手立てを考えなくてはならない。

 しかも、近づかれなくとも遠距離でミサイルが直撃したとしても対処しきれずに終わる。

 潜水艦からの攻撃はミサイルだけじゃ無い。海流操作で距離を取ったからか、海流に威力や攻撃そのものを逸らされるからか、撃って来ていないが魚雷的な攻撃もある。


「あーもう!あの爆発するヤツを跳ね返せればさっさと終わるのにぃぃぃ!!」

「は!そりゃ良いな!出来ねーけどな!」

「だけど…ミサイルの威力なら潜水艦を落とす事が出来るかも知れない…跳ね返す事は出来なくとも近くで爆発させる事が出来れば…」

「は?何言ってんだ?」

「クッフ船長、あのミサイルを大砲で撃ち落とす事は出来ないか?」

「そんなの無理だろ。ただでさえ大砲の玉は相手に直接当てる事自体が難しい品物なんだからよ」

「そーだぜ。ガキンチョそんな事が出来んなら、もうやってらぁ」


 それはそうだ。百戦錬磨の海賊団ならこの程度の対応策なんて直ぐに思いつくだろうし、それをやってないなら基本出来ないって事だとは分かる。

 ミサイルが発射される傾向や場所が分かれば水柱が立つ場所に前もって大砲をぶちかますなんて事も出来るかも知れないが、流石に無理が過ぎる。

 なら近づいて発射口を直接潰すのが確実だと思うが、近づく過程でミサイルを撃たれたり、結界をどうにかされたら、コチラが何かをする前にに詰む。


「なら水柱の下にいる潜水艦に大砲は打てないの?」

「大砲は水中の敵にぁ殆ど意味がねぇ。海面に当たった段階で威力が大分削がれちまらぁ。アイツらが飛ばしてくるヤツみてーに爆発でもするんなら話は別なんだがよぉ」


 ミサイルは何故か魚雷の様に水中を突き進む感じでは撃ってこない。見た感じ実際のミサイルみたいに推進装置を使って飛んできてる感じでは無く、大砲と同じ様に放り出してる感じだ。

 なら「飛距離」を出す為には水の抵抗や魚とかその他の要因を考えて、出来るだけ海面近くまで浮上してる可能性が高い。

 そこに近づければ、爆発に巻き込まれる可能性のあるミサイルは使えない。

 しかもそれだけ近づけば結界が中和されてお互い無防備になる。

 一か八か感は否めないがこのままジリ貧になるよりマシだろう。


「クッフ船長!1つ提案があります」

「おー何だ、何だ。何でも言ってみな。この状況を変えられるってんなら大歓迎だぜ」

「船を潜水艦にぶつけよう」

「「はぁ?」」

「このままじゃ、クッフ船長の海流操作が止まり次第、水中からの総攻撃とミサイルでこっちの船が沈む。そうなる前に先手を打ちたい」

「面白ー事、言うじゃねーか。それで“どうやる”?」

「次、ミサイルが打たれたらその水柱の真下に潜水艦がある。進行を止めて海流操作で逆に一気に間を詰める。結界が中和されて無くなった瞬間に俺が潜水艦に飛びついてどうにかする」

「悪くねー提案だったんだかよ。『どうにかする』って何をどう出来るってんだ?」

「俺のショートソードは何でも斬れる魔剣だ!潜水艦に取り付ければ、ミサイルの発射口なり、表面の装甲なり、ぶった斬れる」

「ほう。で、斬れたとしてその後どうするんだ?」

「取り敢えず、紐を命綱代わりに結んで貰ってある程度したら引っ張って欲しい」

「お、おう…」

「出来そう?」

「は!やってやれねーこたぁねーわな。野郎どもこれから一か八かの賭けに出る!覚悟きれろや!」

「「「あいあい!!」」」


 フック船長の発破をかけと船員の号令が轟く。各員が慌ただしく動き出し俺に命綱のロープが結ばれるた。

 前へ前へと進んでいた船が少しずつ止まっていくのが分かった。


「小僧。オレらへの依頼は、嬢ちゃんと2人をルバンガイセクイの『りくぱ』まで“無事”に運ぶ事なんだぜ。テメーの無茶で死なれた日にゃ、依頼不達成で報酬が入らなくなっちまう。命綱付けてたとしてもどうなるかは分かんねーんだぜ。本当に大丈夫か?」

「さぁ、でも身体は丈夫な方だと思ってる」

「丈夫ねぇ。それだけで1人で特攻するったぁ、大したもんだがよ。それだけじゃぁ、死なねー理由にはならねー。体はって命かけて一か八かの賭けに出るなんてぇーのは、オレらみたいなクズの最後の手段なんだよ。小僧みたいなガキがやる事じゃねーんだよ」

「でも今は、コレしか生き残る方法が思いつかないんで」

「あー、それはコチラも一緒だ。だからこそ、小僧の案に乗って小僧に託すしかねーんだ」

「大丈夫。俺は死ぬ気なんて無いんで」


 ボン、ボンと後方で水柱が立った。


「行くぞテメーらぁぁぁ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る