良心と罪悪感のはざま
あの後はデートに誘うどころではなかった。
警察から
幸人さんはすぐさま警察へ。
あたしは帰るように言われたけど、はいそうですか、と素直に答えるあたしでもない。
あたしは強引に付いて行った。
今いるのは隣の市の警察署。あたしは廊下の冷たい長椅子に腰掛けて、母親の顔を見に行った幸人さんが戻るのを待っている。
霊安室、と名の付いた部屋から幸人さんが出てきた。その顔色は少し青い。
すとん、とあたしの隣に腰掛ける幸人さん。
こんな状況でなければ、幸人さんの隣に座るという幸運を噛みしめていたに違いない。
でもそれより気にかかるのは幸人さんの心境だった。
「……その。大丈夫、幸人さん?」
「……ああ、うん。ありがとう」
思ったより声に力はあった。こんな時でもお礼を言える幸人さんが逆に痛々しい。
「死因は病死だって。肝臓がんって話で……病院にはかかってなかったらしい」
「そうなんだ」
一時の沈黙。
「ね、幸人さん。連絡先、交換しよう?」
「……へ、今?」
きょとん、とした表情が返って来た。それだけなのになんだか嬉しい。幸人さんの表情が、心が動くように、あたしは働きかける。
「うん。その……手続きとか、これから大変でしょ?
「……商売上手め」
苦笑しながらスマホを取り出す幸人さん。
幸人さんとの連絡先交換はこれが初めてだった。
なるべく自然に交換したい、とロマンティックな状況を求めていたら、ずるずるとタイミングを失ってしまっていたのだった。
それに、いざ連絡先を知ったら連絡を求めて待ち遠しくなったり、連絡し続けて嫌に思われるかも……とか色々考えてしまっていたのも原因だった。
正直言うと、すでに連絡先は把握していたが、こうやって直に交換出来て嬉しい。
こんな時でなければ全身で喜びを表現できたのに。
――それから一週間ほどは、幸人さんに会えなかった。
あたしは幸人さんを好きだけど、関係的にはそれだけで葬式に出られる間柄でもなかったし、そう言った諸々はあたしの紹介先がうまくやってくれていたからだった。
幸人さんから時々届くお礼のメッセージがその証拠。
あたしの伝が幸人さんの助けになることは嬉しい。
けれど、やっぱり思うのは。
幸人さんが足りない。
今日は学校も習い事もない休日で、パジャマのままベッドの上にあたしはあった。
身体は起こしているものの壁にもたれて膝を抱えて座っている。いつもの利発のあたしからは考えられない精神状態だった。
本当は通話もメッセージもしたいけど、今は事態が事態だし控えるようにしている。
だから、その分は別の所から幸人さんを補給するのだ。
あたしはスマホを手に取って、協力者に通話をかけた。
「もしもし?」
『どーも』
「幸人さんはどんな様子?」
『んー、ちっとは回復してきたかな、って感じかな。時々ぼうっとすることもあるけど、顔色は悪くない』
「そう。あの女は近づいてないでしょうね?」
『一応俺からも連絡とって、今はそっとしといて欲しいとは言ってる。それでも近づくようなら、さすがに容赦はできねえわな』
「そうして。なんらかの手段が必要なら用意するわ」
電話の相手は幸人さんの前の女――
『その時にはお願いしようかねい。で、前にも確認したかもしれないが』
「なに?」
『本当に、あんたは幸人を幸せにできるんだろうな?』
「するわ。甘やかして、頼らせて、ドロドロにしてあげるんだから」
『おお怖。まあ、幸人のためになるなら俺は何も言わねえけど』
「……前から思ってたけど、あなた、幸人さんに特別な感情を抱いているの?」
『誤解すんな、友情だよ。幸人は俺の親友。そいつを不幸にするやつは、どんなやつでもぶっ飛ばす。そういう意味では、千佳さんは見込み違いだった。違和感あっていまいち好きになれなかったが、その違和感に従うべきだったと後悔してるわ』
あの女の根底にある不安定さを、違和感として読み取っていたという事なんでしょうね。
でも、表面上はあの女と幸人さんは上手くやっていたみたいだから、確信を持って引き離せなかったと。その後悔、分かる気がするわ。
『あんたには違和感はない。あるのは、ただただ幸人への一途な執着だけだ。そこは信用するよ』
「ありがとう、と言っておくわ。幸人さんとの結婚式には、スピーチをお願いね」
『任せとけ。面白おかしく語ってやらあ』
そこで、あたしは通話を切った。スマホには「
幸人さんにはもちろん、藤井さんと交流があるなんて話してはいない。
ましてや、藤井さんから幸人さんの動向を聞いているなんてことも。
だからあたしが仕事帰りに幸人さんを待ち受ける時は席を外すように動いてもらう、なんて依頼もできるし、前の女の動向を伝えて用心するように仕向けることも出来た。
対価は藤井さんも言っていたように、幸人さんにとってより良い未来を描くこと。
あたしの真意はまさにそこにあるし、藤井さんは独特の嗅覚とも言うべきものでそれを汲み取ってくれた。
信用を取り付けるのに時間はかからなかった。
「ふっ、うふふっ」
堪えきれず、笑いが零れる。
すべては整いつつある。
幸人さんの親友から信用も得た。すでに共犯者と言っていいだろう。
半ば作為的とはいえ、父親とも会ってくれた。
ようやく、名前を呼んでくれるほど親密になれた。
連絡先も交換出来た。
そうして、このタイミングでの幸人さんの母親の死去。
計画通り。
「ふふっ、ふふふふっ」
あたしの内から込み上げる邪な感情は、口元に三日月のような笑みを浮かべさせていた。
次の日、あたしは幸人さんに会いに出かけた。
場所は霊園、幸人さんの母親が眠る場所だ。
幸人さんはそこにいた。ラフな格好で、墓前に静かに佇んでいる。
あたしからしてみれば、そんな姿も絵になるなあ、という感想でしかない。不謹慎は分かっているので口にはしないけど。
近づくと、幸人さんは気づいてこちらに視線を向けてきた。少しぼうっとしていたようで、緩慢な動きだった。そこに色が灯る。あたしをちゃんと、その瞳でとらえてくれた。
「……相変わらず、俺の居場所は筒抜けなんだな」
「愛の成せる業ね」
「言ってろ。……手を合わせてくれるか」
「うん」
幸人さんが空けてくれた場所にしゃがみ込み、線香に火をつけ手を合わせる。
けれど、それは形だけだ。調べた限り、幸人さんの母親はとても好印象を抱けるような人物ではなかった。
離婚原因となった浮気に情状酌量の余地はなく、その後の生活においても独善的な振る舞いが目立つ人物だったらしい。
故に敬意も親愛も抱けない。それでも幸人さんをこの世にもたらしてくれたことは事実だから、それに関しては感謝を述べた。
それにそこそこの蓄えがあったみたいで、幸人さんはそれを遺産として引き継げたそうだ。
その額は奨学金の返済額を上回るほどで、引け目としていた部分が消えたことになる。
あたしが立て替えようと思っていたけど、きっと幸人さんはそれを良しとしないだろうし、よりそれであたしに引け目を感じても対等じゃない。
それこそ釣り合いと言う点では、ないほうがいい事実だろうし。
そう言う意味では遺産相続はあたしにとって嬉しい誤算だったと言える。
こんな風に冷静に分析するなんて大分薄情だ、と我ながら思う。幸人さんに内心を知られたら幻滅されてしまうかしらね。
「……とは言っても、俺もあまり思うことはないんだよな」
見上げると、幸人さんは淡々としていた。立ち上がって聞く姿勢になると、幸人さんは墓に向けてなのか空中に向けてなのか、話し始めた。
「両親は物心つくころから喧嘩が絶えなかったんだよな。俺は何にもできず、漫画やアニメ、ゲームに逃げてごまかしてたっけ」
あたしとは大違いだ。両親は仲がいいどころか子供の前でもキスやハグは当たり前、平気で愛をお互いに囁き合う。ラブラブ、というには生々しく、子供だって結局、あたしを末の娘として二男三女をもうけるほど。他の兄弟はもう独立したけど、幼いころはそれこそ賑やかな家庭で静かになる暇なんてなかった。
幸人さんは一人っ子。両親が喧嘩ばかりの中、自分なりのやり方で孤独を埋めるしかなかったのだろう。
「で、高校くらいだったかな。母親が浮気して離婚になって。もうその頃には母親は家に帰ることも少なくなってたから、どんな会話をしたかも覚えてないんだよな」
悲壮と言う感じではなく、どうやっても記憶を掘り起こせないので困惑の方が強いようだった。
そういう意味では、幸人さんはストレス耐性がとても高いのかもしれない。
それは、その強さを身に着けるしかなかったという事でもある。
あたしの家庭は愛に溢れている。何かが欠けるだなんて想像もできない。けれど、幸人さんはそれが当たり前の世界にいたんだ。
「いざ離婚という事になっても、『そうなんだ』くらいの感想だったかな。その場にいたような気もするけど、あんまり覚えてないな。話し合いが退屈で、早く友達と遊びに行きたい、って思ってたっけ」
苦笑する幸人さんの脳裏には、藤井亨さんの姿がよぎっているのだろうか。二人は高校時代からの友人という事だったから、その時の藤井さんの存在が支えとなったのかもしれない。
藤井さんは自身を親友と言っていたけれど、あたしはその関係に嫉妬する。高校時代から時間を共にしていたなんて、羨ましいの一言だから。
「だから霊安室で母さんを見た時も……なんで俺、こんなところにいるんだろうって。精神的には赤の他人だからさ。親戚を相手にしているみたいで、まるで他人事で……」
幸人さんはそこで言葉を切った。
「前からそうだったけど、本当に独りになったのか、って感じだった」
あたしはぎりぎり、触れるか触れないかまで幸人さんに寄り添った。
幸人さんは拒絶しないでいてくれた。
――そう、この調子。いい流れ。
墓前で傷心の幸人さんに寄り添うあたし。狙っていたけど、こんなにいいシチュエーションになるなんて。
そう、頼ってくれていいの。あたしが側にいる、独りになったあなたにはあたしがいる……いえ、あたししかいない。
まるで世界で二人きりになったような錯覚に、あたしは陥る。
幸人さんは頭をかいた。
「何言ってんだろうな、俺」
「ううん、幸人さんの話を聞けて嬉しいわよ、あたしは」
――そう、嬉しい。話して? あなたの弱気をさらけ出して?
もうあなたに拠り所はなくなった。あたしに話して、晒して、依存して。あたしなしじゃ生きられなくなるくらいに、寄りかかってイイノ。
「……ああ、要するに」
幸人さんはあたしを見た。その瞳に湛えられているのは……なんなのだろう。
「美咲は家族を大事にな、ってことかな。とは言っても、もうしてるみたいだけど」
もはや戻りようのない家族の肖像。幸人さんにはそれが映っていたのか。
だとしたら。
続く言葉は、あたしが見ないようにしていた事実を掘り起こす。
さっきまでの高揚と達成感が、追い立てられるように逃げて行く。
「……話す機会があったら、少しはましな結果になったのかな。とは言っても、住んでる場所も知らなかったから無理だったかな」
ずぶり、と。
幸人さんの眼差しと言葉は、あたしの心を抉ってひっくり返した。
一生言わずにおこうと、心の裏側に隠していたそれ。幸人さんを檻に閉じ込めるための鍵は、あたしの目の前に掘り返された。
いいの? と自問する。
いいの、と押し込める。
本当にいいの? と重ねて自問する。
……いいの、と重ねて押し込める。
けれど、次から次へと自問が沸き起こってくる。押し込めるスピードが間に合わない。
それは罪悪感と言う名のゾンビで、どれだけ埋めても手を伸ばして這い上がってくる。
「どうした美咲、気分悪いのか?」
気づくと、幸人さんが心配そうにのぞき込んでくれていた。
あたしは知らず口元に手をやっていて、今にも吐きそうな風だった。それでいて冷や汗が流れ落ち、血の気が引いているとなれば、幸人さんが心配するのも当然だ。
いつもは嬉しいその心配が、あたしには自分を責め立てる十字架のようで、いたたまれなかった。
あたしには秘密にしていることがある。
それを言えば、きっと幸人さんには軽蔑され、今までの積み重ねは木っ端みじんになるだろう。
言わずにこのまま幸人さんとの関係を続けて行くことはできるだろう。
でも、さっきからうるさいくらいに内から響く罪悪感は、一生あたしを苛む。
愛する人に嘘をつき続ける罪悪感はそのうちあたしを狂わせて、幸人さんを巻き込んで不幸にするだろう。
あたしの最優先は何?
決まっている。幸人さんの幸せだ。
嘘をつき続けて、幸せにできるの?
――きっと無理。
いっそ、罪を告白して、別の人に譲ればどう?
その選択肢はあたしを切り刻む。
あたし以外が幸人さんを幸せにする。あたし以外が幸人さんの横にいる。
その未来はあたしを奈落に落とす。
――ああ、やっと気づいた。
あたしは、幸人さんと幸せになりたいんだ。
決して、幸人さんを最優先にしていたわけじゃなかったんだ。
そう思うと笑えて来る。
幸人さんとの釣り合いがどうとか言っていたけど、結局そこにはあたししか載っていなかったというわけだ。
あの高慢ちきな婚約者候補と、どれだけ性根が違うというのだろうか。
「風にあたり過ぎたか? 移動しよう。あそこに霊園の事務所があるから、少し座らせてもらって」
「聞いて、幸人さん」
「美咲?」
ああ、この人の口からあたしの名を聞くのもこれが最後か。けれど、嘆くには心が乾き過ぎていた。やぶれかぶれになっているみたい。
「あたし、知ってたの」
「知ってた? 何を?」
ああ、吐きそうだ。
取り返しがつかないことをしてしまったという思いが、凄まじい罪悪感となってあたしに覆いかぶさってくる。
でも、きちんと言わないと幸人さんに失礼だ。
「……幸人さんのお母様の居場所と、現状を」
「現状って……」
「お母様が病気を患っていて、もう長くない事。知ってたの、あたし」
「……どうして、それを」
「……お母様が亡くなった事実を急に知ったら……あたしを、頼ってくれるって。唯一の拠り所にしてくれるって。……そう、思って。黙ってたの」
「……その方が、ショックが大きいだろうから、っていうわけか」
そんなことを考えずに素直に現状を伝えれば、幸人さんは母親の死に目に間に合ったかもしれない。何かの会話を出来たかもしれない。
――家族として、絆を取り戻す機会を得られたかもしれない。
あたしの想像力の欠如と自分を最優先する姿勢は、幸人さんからその機会を永遠に奪ってしまった。
視界が歪んでひび割れる。
あたしの世界は壊された。
いや違う。あたしが自分で壊した。
幸人さんと築いてきたつもりの、穏やかな世界。
強引にせまったり、待ち構えたり、デートしたり。
幸人さんはデートとは思ってなかったかもしれないけど、あたしにとってはデートだった。
お話してお茶をして、それだけでどれだけ幸せになれたか。
幸人さんの周囲の人間関係にやきもきして、側にいたいと努力して、頑張って来たつもり。
そうして築いてきた世界は、たった今あたしが自分で壊した。
足に力が入らない。指先に感覚がない。降ってくる幸人さんの声が割れ鐘のように響く。
ああ、今ならあの女の心境が分かる。懺悔ってこんななんだ。
なんて酷い話だろう。
ちっとも幸人さんの幸せなんて考えていなかった。
自分のことしか考えていなかった!
顔を上げられなかった。幸人さんがどんな表情をしているか分からない。怒りを抑えているのだろうか。当然だ。
幸人さんの右手が後ろに回った。
ああ、ぶたれるんだ。
当たり前か、それだけのことをしたんだもの。
幸人さんの手が振りあがる。あたしは諦めてそれを目をつぶらずに受け入れて――。
――と思っていたら、頬に優しく何かを当てられた。
「……え?」
そっと押し当てられたハンカチは、いつの間にか浮かんでいたあたしの涙を吸い込んでいく。
「……どうして?」
「なにがだ?」
「……ぶ、ぶたれるかと」
「アホ。こんなに泣いてるやつをぶつとか、どんな最低野郎なんだよ、俺は」
呆れたような、苦笑交じりの声が降ってくる。
いつものような、暖かなそれが降ってくる。
あたしは胸元を濡らすほど涙を流していた。それに気づくことも出来なかった。
幸人さんの白いハンカチは優しくあたしの頬を撫でて行く。それはあたかも風が雲を吹き払っていくようで、あたしの胸の内は少しずつ光に満ちて行く。
「……お、怒ってないの?」
「まあ、瞬間的には腹が立ったけどな。美咲、泣いたろ。後悔してるんだろ?」
ああ、まだ美咲と呼んでくれるんだ。それだけであたしの視線は上向く。望みはまだあるの?
「……うん。死ぬほど後悔した。取り返しがつかない事をしてしまったって」
「それが分かったから許すよ。だからもう泣き止め」
「うう……!」
泣き止めるわけない。今度は嬉しさで涙が溢れる。ハンカチごと幸人さんの手を捕まえて、それに頬を摺り寄せる。
ダメだ、いやだ。この手を離したくない。
改めて思う。
あたしはこの人を幸せにしたい! その名前の通り、幸せな人になってほしい!
「しょうのないやつだな。ファンデーションとか吹き飛んでんぞ」
「ゆ、幸人さんしかいないから平気だもん……!」
あやすような口調にやっぱり嬉しくなってしまう。
ハンカチが随分と重くなってから、あたしはようやく泣き止むことが出来た。その際、幸人さんからハンカチを奪い取ることは忘れなかった。
「洗って返すわ!」
「本当に返せよ。それは自分の物にして、似たようなやつを返すとかなしだからな」
「わ、わわわわわ分かってるわよ……!」
やばい、見抜かれた。し、仕方ないわね。ちゃんと洗って返さないと。で、でも惜しいなあ……! コレクションに加えたいのに!
……と、浮ついている場合じゃないわね。幸人さんは許してくれたけど、ちゃんと言わないと。
「……あの、幸人さん。きちんと謝罪させてください。お母様の事、黙っていて、ごめんなさい」
そう言って、あたしは頭を下げた。
「ああ、許すよ」
「ありがとうございます」
改めてそう言ってもらえて、あたしはようやく安堵のため息をつけた。まだ胸は痛く、辛い。でも、きっとこれはずっと覚えておかなきゃいけないものだと思う。
幸人さんは何かを思いついたように、墓石を見つめた。
「俺の方こそありがとう。母さんを看取ってくれたようなもんだよな」
独り言のようなそれに、あたしは力なく首を横に振るしかなかった。幸人さんも明確な答えを期待していたわけではないようだった。
その代わりというわけではないけれど、あたしは自分に向けても、幸人さんに向けてもきちんと宣言することにした。
「幸人さん」
「ん?」
「あたし、幸人さんを幸せにするから。というか幸人さんと一緒に幸せになるから。覚悟してよね」
「……どんな覚悟が必要なんだか」
幸人さんは視線を墓石の向こうへ巡らせた。丘の上のこの霊園は見晴らしがよく、あたりは夕暮れ時のオレンジに染まろうとしている。
「さっきも言ったけど、色々あった。最近まで空虚に生きてきた気がするけど、こんな感じで徐々に色が付いて行ったんだよな」
あたしも幸人さんと同じ方向へと視線を向けた。
風があたしたちの間を駆け抜けていく。
抑えた髪の間から覗く幸人さんの表情は、どこか晴れ晴れとしていた。
「きっかけは傘だっけ。そこから色々振り回されたりしたけど、いつの間にか色んなものをもらってたよ。気にかけてくれて思いをぶつけられて、理由はともかく俺の代わりに墓前で泣いてくれたりもしてくれて」
ど、どこかで聞いたような。それってもしかして、あたしのこと?
「自分でも気づかないうちに張りつめていた俺を助けてくれてたよ。それで十分幸せなんだが……まだ幸せにしてくれるって言うのかよ? そりゃ、確かに覚悟が必要かもしれないな」
「今度こそプロポーズ!? こ、子供は何人のご予定で!?」
「ご予定ってなんだ」
オレンジの逆光で幸人さんの表情は良く見えない。でも、でも……照れてる?
「こ、これは、大いに期待してもいいのよね!?」
「何の期待だ。帰るぞ、暗くなりそうだし」
「ゆ、幸人さん!? け、結局あたしのことどう思ってるの!?」
「どうなんだろうな」
「そこを濁すの!? 明言してよ!」
「さてなー」
幸人さんはあたしを振り切って歩き出した。あたしはその横に並んで食い下がるけど、のらりくらりと躱される。
もう!
でも、躱しきれないくらい、これからも攻め続けてあげるんだから!
それこそ覚悟してよね、幸人さん!
ストーカー系女子とアンニュイ系男子の攻防戦 緋色 @scharlach
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