15 悪役令嬢は、嫌味を言う

 貼り出された順位は、わたくしが首席でした。

 それも、ヴィヨン様とブーケが最後の考査で、学園初として成し遂げるはずだった満点で…。

 確かに手応えはありました。順位もいいだろうと思っていました。けれどこれは、想像もしていませんでした。

 首席、それも満点で。ハッピーエンドへの道が、ガラガラと音を立てて崩れていくような幻聴さえ聞こえます。

 私がヴィヨン様のハッピーエンドを邪魔してしまったなんて…。

 クラリと、めまいがしました。


 「すごいね、やっぱり勝てなかったな」


 ヴィヨン様が、さりげなく私の腕をつかんで支え、朗らかな声で仰いました。


 「アメリケーヌが優秀なのは以前からわかっていたけれど、満点とは恐れ入ったね。

  これは、君に勝つのは大変だ」


 「いえ、さすがにこれはまぐれかと」


 「そう謙遜するものではないよ。

  僕の婚約者として君がいかに努力しているか、よくわかっているつもりだよ。

  僕のためにも胸を張ってもらいたいね」


 「殿下…」


 そういう問題ではないのです。これは、ハッピーエンドが危ぶまれるほどの危機的状況なのです。僅かな希望は、ブーケがヴィヨン様の上をいっていること。


 「第一、アミィが僕の婚約者に選ばれたのは、優秀だからなんだ。今回のことは、端的にそれを証明したというだけで、むしろ当然と言えるよ」


 「けれど、その…」


 「ああ、僕が3位だったのを気にしているのかい? うん、正直驚いたけれどね、2位の子は名前に覚えもないし。

  まあ、いずれ自治会で顔を合わせることになるだろうし、そんなに気にすることはないよ。

  いずれにしても、僕の婚約者が学園初の満点という快挙をなしたというのは、悪くない話さ。この上は、是非とも記録の更新に勤しんでもらいたいね」


 なんという無茶ぶりでしょう。

 そもそも、首席の座はブーケのものですのに。ああ、いえ、このままでは私とブーケが自治会で顔を合わせることになってしまうのでは? それはシナリオ的にまずいです。嫌がらせをする側とされる側がヴィヨン様の前で常に顔を合わせるなど、どう動いていいかわかりません。


 「殿下の仰せとあらば、今後も微力を尽くします。ですが、自治会は…」


 首席を取ってしまったことは、今更変えられません。しかも、ヴィヨン様に今後も首席でいるよう言われてしまった以上は、手を抜くこともできません。

 しかし、自治会だけは駄目です。私は、あくまでヴィヨン様に隠れて嫌がらせをし、ブーケがヴィヨン様に近付くのを止められない立ち位置にいなければなりません。

 目の前で近付かれたなら、その場で正面きって止めなければなりませんもの。

 そんなことをしたら、本当にシナリオが狂ってしまいます。

 私は、あくまで陰湿な嫌がらせに徹するのです。


 「ああ、妃教育が始まるからね。自治会に入る暇はないだろう。大丈夫、自治会向こうもそれはわかっているから」


 「そうですか」


 よかった。そういえば、学園に慣れるのを待って、私は王子妃となるべくお城に通って妃教育をうけることになっているんでした。

 妃教育──実のところは王妃となるための教育です。

 第1王子のレギューム殿下にはまだ婚約者もいらっしゃらないのに、第2王子妃となる私が妃教育を受けるのは、事実上、王太子になるのがヴィヨン様と決まっているからです。

 血統として、正妃腹であるヴィヨン様が優先されるのは、この国としては当然のことで、血筋的にも家格的にも抜きん出た私が次の王妃となるべく選ばれたわけです。

 もし、ブーケが──ポワゾン公爵令嬢が健在であれば、対抗馬たり得たでしょうが、死んだことになっていますからね。

 ゲームでも、ヴィヨン様がブーケを娶る上で最大の難関となるのが、“男爵令嬢を王妃にするのは、対貴族的にまずい”という部分です。だからこそ、側妃に収まるエンディングがあったわけですし。

 ブーケの出生の秘密を解くことがハッピーエンドの条件になっているのも、そのため。

 王弟の娘たる公爵令嬢という本当の立場を証明できないと、ハッピーエンドには至れません。

 この辺りは、攻略本にも細かいところが書かれていなかったのではないかと思うのです。

 なにしろ、書いてあるとおりにやっても、ハッピーエンドにはたどり着けなかったのですから。




 とりあえず、私が首席という予想外の事態ですが、ヴィヨン様はブーケに多少なりとも興味を持たれ、ブーケと共に自治会入りすることになりました。

 心配の種が恐ろしい勢いで増殖していますが、微調整でいけなくもないでしょう。

 目下の課題は、ブーケに対する嫌味をどうするかです。

 首席でこそなかったものの、ぽっと出の男爵家庶子が並み居る貴族や王子を押しのけて2位ですから、面白くないと感じている生徒は多いはず。

 元々、出自の関係もあって、ブーケは友人の1人もいないような状態でしたが、この考査の結果を受けて、一歩進んで孤立状態になりつつあります。

 この辺りは、シナリオどおりと言っていい展開なのですが。

 問題は、私の方が成績が良かったことなんですよね。

 基本的に、アメリケーヌの嫌味の内容というのは

  ・男爵家庶子の分際で首席とは生意気だ

  ・王子であるヴィヨン様に馴れ馴れしい

  ・貴族としての常識がない

の3点です。

 今の時点では、ブーケはまだヴィヨン様とは公には口をきいていませんし、首席じゃありませんし、貴族としての常識の有無を語れるほど私と接点もありませんし、嫌味を言うにもほとんど何も言えることがないのです。

 まさか「殿下よりいい成績なんて生意気よ!」などと言うわけにもいきません。

 巷では、実際そのように言われているようですが、なにしろ私は更にその上をいっているわけですから、ブーメランです。

 そろそろ嫌味を言わなければならないところですが、うまい言いようが思いつかず、先延ばしにしている毎日です。




 そうこうしつつ、もはや日課になりかけているブーケの様子見に、教室の前を通りがかった時のことです。


 「……!」

 「……!」


 ブーケが数人の令嬢に囲まれて何か言われているようです。

 さすがに何を言われているかまでは聞き取れませんが、雰囲気からして、友好的でないのは明らか。

 なんということでしょう。私がモタモタしていたから、ほかの令嬢がブーケに絡んでしまいました。このままでは、彼女達が断罪されてしまうかもしれません。

 いけません、嫌味も断罪も、私の役割なのです!




 私は、優雅さを失わないよう気を付けながら、ブーケを囲む令嬢達の後ろに立ち、


 「そこをおどきなさい!」


と一喝しました。

 さすがに私が誰かわからないような者はブーケくらいしかいなかったようで、モーゼに割られた海の如く、令嬢達はブーケの前から離れました。

 何を言うか、まだ考えがまとまっていませんのに、こうなればぶっつけ本番でやるしかありません。


 「あなたがガルーニ男爵家の娘で合っているかしら?」


 はしたなくならない程度に仁王立ちして、見下すように睨みます。


 「は、はい」


 ブーケは気圧されたのか、椅子から立ち上がることもできずにコクコクと頷きます。


 「そう。なかなか良い成績を取ったようね?

  けれど、まだまだだわ。

  私の代わりに自治会に入ったからって、勘違いしないでくださらない?

  私が忙しいから、穴埋めとしてあなたが選ばれたの。私の代わりがあなたに務まるとも思えないけれど、選ばれてしまったからには、殿下の足手まといになることは許さないわ。

  いいわね? 心しておきなさい」


 言うだけ言って、私は踵を返して立ち去りました。

 私の穴埋めもなにも、ブーケの成績はヴィヨン様より上なのですが、勢いでごまかせたようですね。

 これで、ようやく嫌味の第一弾が終わりました。

 次のイベントは、教科書を破る、だったかしら。

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