13 悪役令嬢は、平穏な学園生活を送る

 予定外の事態にかなり焦りましたが、どうやらヴィヨン様とブーケの出会いイベントは無事クリアできたようです。一時は背筋が凍りました

 私の方からブーケについて質問するのは、やぶ蛇になりそうですから、ここは静観しましょう。

 ブーケと縁を結んだのは、ヴィヨン様のみ。ほかの攻略対象が絡んでくる心配はありません。

 ハーレムルートは存在しないのですから。




 とりあえず、6月初旬の定期考査で、ブーケが首席を取るイベントまでは何も起こりませんから、様子見ですね。

 私も学園に慣れなければなりませんし。

 不思議と、と言えばいいのか、アメリケーヌには、悪役令嬢には珍しく取り巻きがいません。

 靴を隠したり、ペンを折ったりといった汚れ仕事まで、自分の手でやるのです。

 それがなぜかは明かされません。個人的には、スタッフがキャラを考えるのが面倒だったのではないかと思っています。

 ともかく、アメリケーヌは、学園では孤高を貫きます。

 決して友達がいないのではなく、孤高なのです。




 このゲーム、攻略対象5人の中で、ブーケと同じ学年なのはヴィヨン様とブラン、マネーズの3人だけ。

 今自治会長でいらっしゃるお兄様が2歳上、あと1歳下のランデーですが、マネーズは初日に関わらなかったので、もう出てきません。ブランは、定期考査で3位に入るキャラですから、登場はしますが、こちらも初日に会っていないから大丈夫でしょう。バラ園で助けたドジな少女が自分より成績が良かったということからブーケに興味を持つキャラですし。

 定期考査では、ブーケが首席、ヴィヨン様が2位、ブランが3位です。アメリケーヌも大体4~6位くらいで上位常連組なんですよね。

 ブーケが首席を取ったことで、ヴィヨン様とブランは、それぞれ自分に勝ったのが誰かと興味を持ち、お兄様は自治会に誘い、周囲は妬み、アメリケーヌは嫌がらせを始め…と、物語が動き始めます。

 つまり、今はプロローグの状態が続いているのです。

 わたくしにとって、今は、心の準備をしながら学園に慣れるための時間です。なのに、どうして私はヴィヨン様とお茶をしているのでしょう。


 「あの、殿下?」


 「2人きりの時は、なんと呼ぶことになっていたかな、アミィ?」


 これです。ヴィヨン様は、相変わらず2人きりの時は私をアミィと呼びます。

 少し変わったのは、他の目があるところでは“アメリケーヌ”と呼ぶようになったことでしょうか。

 まあ、婚約者ですし、呼び捨てられたからってどうなるわけでもありませんし、そもそもゲームではそう呼んでいましたから、全く問題ないのですが。

 私にも名前呼びを強要してくるのは、なんとかしていただきたいところです。

 しかも、2人きりの時に限らなくなっています。どうやらヴィヨン様の中では、侍女と密偵は“他人”とカウントしていないようで、コリーがいてもアミィと呼んできますし、ヴィヨン様と呼ばせるのです。コリーはお父様が雇っているのですから、お父様に筒抜けになるんですのよ? なんですか、その羞恥プレイ。




 学園内では、使用人は連れて歩かないので、ヴィヨン様とお会いする時は、基本、2人きりです。


 「ヴィヨン様、ここは学内ですのよ。

  いくら2人きりとは言いましても、少々気を抜きすぎではありませんか?」


 「こんなことしていられるのは今だけだからね。

  定期考査が終われば、僕は自治会の手伝いに駆り出されることになるだろう。

  そうなったら、放課後はアミィと一緒にいられる時間はないだろうし」


 なるほど。

 定期考査で4位までに入った者には、自治会から声が掛かることがあります。

 学業優秀な生徒を自治会に引き込んで、1年のうちから仕事を教え込み、次代を担わせるのです。生徒会長選挙のようなものは、王制の世界にはありませんから、要するに前任者からの委譲となるわけですね。

 もちろん人間性も問題になりますから、成績がいいだけでは声は掛かりません。ゲームでアメリケーヌに声が掛かっていないのは、そういう理由でしょう。一応、アメリケーヌは定期考査では毎回4~6位につけていましたからね。

 ともあれ、今しか一緒にいられない、と言われると弱いですね。私だってヴィヨン様と一緒にいたい気持ちはあるのです。というより、私の気持ちの方がよほど強いですから。


 「ヴィヨン様が自治会に行ってしまわれると寂しくなりますね。私はどういたしましょう。いっそ自治会にお邪魔いたしましょうか」


 本音も混じっていますが、これはゲームでもあったセリフです。ヴィヨン様と離れているのが面白くないアメリケーヌは、しばしば自治会に顔を出してはヴィヨン様やブーケの邪魔をして部屋を追い出されるのです。


 「そうだね。是非そうしてもらおう」


 え!? いえ、ここは「遊びじゃないんだから邪魔しに来られては困る」と言われるところでは? どう切り返したらいいのでしょう。


 「では、お茶とお菓子をお持ちしますね」


 そうそう、アメリケーヌは空気を読まずに、多忙を極める自治会室にクッキーとお茶を持ち込んで追い出されるエピソードもありました。


 「そうだね。アミィの淹れてくれたお茶を飲めば、疲れも吹き飛ぶだろう。ぜひ頼むよ」


 「ええ、お任せください」


 あれえ? なんだか対応がおかしいのでは…?

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