6 悪役令嬢は、王子と過ごす

 ヴィヨン様の婚約者にはなれたものの、わたくしではヴィヨン様を幸せにはできないと気付かされてしまいました。

 やっぱり、ヴィヨン様を幸せにできるのは、ヒロインであるブーケだけなのです。

 この国の貴族について習った時に確認しましたが、やはり、7年前、ポワゾン公爵の生まれたばかりの娘が死亡したことになっています。

 その死んだはずの娘がブーケであり、きっと、今頃は、市井の片隅で庶民として暮らしているのでしょう。




 私がなすべきことは、ブーケとヴィヨン様をハッピーエンドに導くこと。

 ああ、もう、私がブーケになりたかったのに!

 そんなことを言っても、今更ですわね。

 愚痴は、もう封印いたしましょう。

 神か悪魔かわかりませんが、精神衛生上、神様と呼ぶことにしましょうか。神様は、私がヴィヨン様をハッピーエンドに導けるかどうかのゲームをさせているのです。きっとそうです。

 参加料は、私の魂。勝っても負けてもそれは変わらない。

 そう考えて、割り切りましょう。いずれにしても、私は当分はヴィヨン様のお傍にいられるのです。

 とにかく、最初のイベントは、10歳の時、市井でブーケにばったり会うという“過去の出会い”イベントです。

 これは、ヴィヨン様と私がお忍びで街を見に行った時にブーケとぶつかるというものです。

 これ自体は、双方忘れていて、学園で再会し、ある程度仲良くなった時点で、ようやく“あの時の…”となるというもの。

 仲良くなった後に、かつて偶然出会ったことを思い出すという、運命を感じさせる出来事として描かれています。

 これが起きるのが10歳の時ですから、あと2年くらいはゲームイベントは何もありません。そもそも今は、ゲーム開始の6年も前ですからね、当たり前と言えば当たり前です。

 そうなると、今私にできることは、ヴィヨン様ときちんと会話できるようになることでしょうか。

 今のように、一緒にいるだけでろくに会話もない状態というのは、いただけません。ゲームでも、少なくとも日常会話は友好的でした。




 とはいえ、私の方から王子様に会いたいなんて言えるわけもなく、月に一度あるお茶会という名の交流を利用するしかありません。

 この3か月の間に二度、お茶会がありましたが、間が1か月も空くため、3歩進んで2歩下がる的な状態です。

 もう少しなんとかしなければ。



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 今日は、私がお城に上がる日です。

 お父様やコリーと一緒に馬車に乗ってお城まで行き、そこから私だけがヴィヨン様のところでお話をすることになります。

 ヴィヨン様のところと言っても私室というわけではなく、おそらくはヴィヨン様の来客のための応接室のようなものでしょう。

 ヴィヨン様は、今はまだ第2王子という肩書きですから、あまり豪華ではありませんが、それでも専用の応接室を与えられています。さすが王家です。

 立場上、ヴィヨン様と私が2人きりになるということはもちろんなく、ヴィヨン様専属の侍女がついています。私の方でも、コリーが付いてきてくれています。

 2人は、必要がない時は、続きの間に控えているので、本当の意味で2人きりにはなりませんが、部屋の中で2人、ということはあるのです。

 私が顔合わせで参った時も、侍女は続きの間で控えていました。

 子供同士のことゆえ、何かあると思ったわけではなく、単にそういう体制になっているというだけです。




 ヴィヨン様は、私とお話される時は、私にお茶を淹れるように仰います。


 「君、今日もお茶を淹れてくれるだろうか」


 「かしこまりました」


 茶葉は、今のところ毎回違うものが用意されていますが、幸いメジャーどころの茶葉ばかりなので、淑女教育の一環として習った知識で淹れることができます。

 もしかしたら、淑女教育の成果を確認したいとお思いなのかもしれません。

 顔合わせの時は、音を立ててお茶をお飲みになったヴィヨン様ですが、今はマナーも完璧です。というより、どうしてあの時音を立てたのかわからないくらい完璧ですので、もしかしたらあの時はヴィヨン様も緊張なさっていらしたのかもしれません。


 「君は、本当に何をやらせても完璧だな」


 「恐れ入ります、殿下」


 褒められました! ヴィヨン様に! もう、踊り出したいくらいウキウキですが、公爵令嬢としてそんなはしたないことはできません。全力でおすましして答えます。表情筋、頑張りすぎて、明日は筋肉痛かもしれません。


 「君は嫌じゃないのか?

  まだ8歳だというのに、婚約などと」


 ヴィヨン様が、私を気遣うお言葉をくださいました!

 嫌だなどと! できれば、本当にあなたと結婚したいくらいですのに! …9年後、私はブーケにその座を明け渡すことになるのですけれど。

 そんなことを言うわけにはいきませんから、ここは建前で答えなければなりません。


 「殿下をお支えするのが、婚約者たる私の役目、貴族の娘としての本懐と存じます。

  将来、王国を背負ってお立ちになる殿下をお支えするには、様々な意味で力が必要となります。

  今は、その力を涵養かんようするために色々と学ぶ時期と心得ております」


 なんだか四角四面な回答ですが、本音を言うなら、“ヴィヨン様と一緒にいるためなら苦労じゃないです”って感じです。

 本当に、淑女でいるというのは肩の凝ることですね。


 「殊勝なんだな。

  私は、まだ第2王子でしかない。

  立太子する保証などないよ」


 保証、あるんです。近い将来、あなたは王太子になるの確定してますから!


 「保証など必要ございません。

  殿下をおいて、王太子となられるべきお方はいらっしゃいません」


 「…それは、君の父君がそう仰っているということかい?」


 あれ? ヴィヨン様、テンション下がった?


 「いえ…そういうわけではありませんが…」


 未来を知っています、なんて言ったらイタい子認定されてしまいますね。

 え~っと、ここは……そう!


 「正妃様のお子様でいらっしゃる殿下が継がれるのが正統です。でなければ国が荒れます」


 ヴィヨン様がよっぽどダメダメならチェンジもあるでしょうけれど、なにしろ優秀ですからね。

 第1王子もそれなりに優秀な成績だったけれど、ヴィヨン様はもっと優秀だったという文が、何度も出てきたはずです。


 私としては満点の答えのつもりだったのですが、ヴィヨン様は貼り付けたような笑顔で首肯されました。


 「そうだね、そのとおりだ。

  そして、国内でも有数の大貴族であるドヴォーグ公爵家から正妃を迎えることで、ますます安定するというわけだね」


 「そうなりますよう、努力いたします」


 「ああ、よろしく頼む」


 あら? 本気で目が笑っていません。私、何か失敗したでしょうか。

 ああ、私があまりにも型どおりの優等生的な答え方をしたから、お気に召さないのですね。必要悪ではありますから、受け入れざるを得ませんし。

 いずれブーケに明け渡すのは決まっていますのに、ヴィヨン様の心からの笑顔が見たいと思ってしまうのは、悲しいことですね。

 覚悟は、決めましたのに。




 こうして、社交辞令のぶつけ合いのような時間を過ごした後、私はお父様と共に帰路に就いたのでした。

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