2 悪役令嬢は、状況を整理する

 なんということでしょう。

 わたくしは、体を起こして両手を見ました。

 まだ幼いようで、手が小さいです。

 顔の脇に垂れた綺麗な金髪が、私がアメリケーヌであることを嫌でも認識させてくれます。

 なにより、私の中には、4歳までこの世界で育ってきた記憶もちゃんとあるのです。

 私は、先日風邪をひき、寝込んでいたのです。熱に浮かされて夢を見た、にしては、前世の記憶は鮮明です。

 これまでのアメリケーヌの人格は、前世の人格に吸収されたのでしょうか。なにせ4歳ですから、人格と言っても大して育ってもいなかったでしょうし。

 元々私が生まれ変わるために作られた世界という話でしたし、この人格も体も、私のために用意されたものなのですね。私が誰かの魂を押しつぶしたとかでないのは、なによりでした。そんな業を背負わされたら、私は生きていけないかもしれません。


 そう、魂!

 私は、この世界での生を終えたら、魂を捧げるという約束で生まれ変わったのでした。

 ヴィヨン様とのハッピーエンドを実現するために。

 それなのになんですか、どうして私はアメリケーヌなんかに生まれ変わっているんです!

 アメリケーヌは、ヴィヨン様とブーケにとってはお邪魔キャラで、2人がハッピーエンドを迎える頃には修道院送りになっているじゃありませんか!

 ハッピーエンドを見るために生まれ変わったはずなのに、ハッピーエンドを邪魔する上に見ることもできないキャラに生まれ変わるなんて!

 消費者センターに訴えて──やりたいけど無理ですわね。

 もしかして、神様じゃなくて悪魔だったのではないでしょうか。

 考えてみれば、魂を欲しがる神様というのもおかしな話です。

 言葉巧みに魂をせしめる契約を結ぶ。まごうかたなき悪魔のやり口ではありませんか。

 なんということでしょう、28にもなって、こんなわかりやすい詐欺に引っかかるだなんて。

 そういえば、攻略に失敗したら、後悔しながら余生を生きろとか言われたような覚えがあります。絶望に打ちひしがれた私の魂をおいしくいただく気ですね!

 そうとわかれば、悪魔の思いどおりになどなってやる必要はありません。

 元々アメリケーヌはヴィヨン様の婚約者なのです。問題を起こさずに過ごせば、順当にヴィヨン様の妃になれるのですから。




 とりあえず、記憶が薄れるのを防ぐために、覚えている限りの攻略情報を書き留めておきましょう。イベントを前もって回避できれば私の勝ちです。勝負は10年も先なのですから、忘れてしまわないように。

 となると、紙とペンがいりますね。

 部屋にある机を見ると、ペンが入っていました。

 4歳児の部屋にどうしてあるのかというと、私が生まれた時に贈られたお守りだからです。高位貴族には、子供が生まれるとペンを贈る風習があるのです。

 なぜか、ノートもありました。まだ字も習っていないから書けるわけもないのにどうしてあるのかわかりませんが。ちょうどいいから、これを使いましょう。




 書こうとして、お腹が空いていることに気付きました。そういえば、私は風邪をひいて寝込んでいたのでしたね。

 お腹も空いていることですし、何か食べるものを持って来てもらいましょう。

 ベッド脇にコリー──私の専属メイドのコリアンダー──を呼ぶためのベルがあったはずです。

 コリーは、男爵家の娘で、我が家に行儀見習いに来ています。基本、私に忠実というか、盲目的に私に従うので、心配のいらない相手です。たしか、ゲームではアメリケーヌが勘当されるまで私の専属であり続けました。




 ベルを鳴らすと、コリーが入ってきました。

 私が4歳ということは、今、コリーは18歳。青い髪をひっつめてメイド服に身を包んでいます。

 数年後には、我が家の使用人の1人と結婚して、そのまま働き続けるんでしたね。子供に恵まれなかったせいで、私の専属メイドを続けることになったはずです。


 「お嬢様、お目覚めですか? お加減はいかがでしょうか」


 事務的な口調ながら、私を心配してくれている気配があります。やはり、この子は信用できそうです。


 「もう苦しくはないけれど、お腹が空いたわ」


 これまでどおりの言葉遣いが、すらすらと出ます。やはり、私はアメリケーヌなのです。


 「すぐにお持ちします」


 そう言って部屋を出たコリーは、本当にすぐワゴンを押して戻って来ました。どうやら、私がいつ目を覚ましてもいいように準備していたようです。さすがドヴォーグ公爵家の使用人達。有能です。

 ワゴンの上には、お粥らしきものが入ったポットが載っているようです。コリーは、カップにお粥をよそうと、スプーンと一緒にベッド用のテーブルに並べてくれました。


 「熱いので、お気を付けください」


 カップに触れてみると、熱いというほどではないようです。多分、食べやすいよう、少しぬるめにしてくれているのでしょう。本当に有能だこと。

 スプーンで口に運ぶと、ややゆるめのお粥と鰹節の出汁の香りがします。

 このゲームは、キャラクターの名前などは洋風なくせに、王国語(標準語)は日本語だし、慣習などもほとんど日本に準じているのです。

 2日間ですっかり弱っていた胃は、カップ1杯のお粥で、いっぱいになってしまいました。


 「ありがとう、おいしかったわ」


 「食欲がおありのようで安心いたしました。

  旦那様と奥様は、後ほどいらっしゃると思いますので、それまで少しお休みください」


 私が目を覚ましたことは、お父様やお母様にも報告が行っている、ということよね。ただ、私の体力を考えて、少し寝ておいた方がいい、と。そうさせてもらいましょう。


 「じゃあ、そうするわ。お父様がいらしたら起こしてね」


 そう言うと、テーブルが片付けられ、コリーが布団を掛けてくれました。羽毛布団だったでしょうか、とても軽いです。

 やはり体力が相当削られていたのでしょう、目を閉じると、すぐに眠りに落ちてしまいました。




 一眠りして目を覚ました後、お父様とお母様がやってこられました。

 なにしろ2日も魘されていたそうなので、大層ご心配をおかけしてしまったようです。

 お2人とも、ゲームではもちろん、今生アメリケーヌとしての記憶でも見てきていますから、全く違和感なくお話できました。ゲームより10年前ということもあって、お若いなあとは思いましたが。

 お父様は、このドヴォーグ公爵家の当主です。

 お城では、特に役職はいただいていないはずですが、そこはやはり貴族が支配する国ですから、各部門にいらっしゃる方々に顔が利いて…日本で言うところの、かつての総理大臣が勇退後も影響を持っているような感じです。

 血筋的にも王家に近く、最近では、お父様のお母様──アメリケーヌのお婆様は、王家から降嫁されていて、お父様は陛下の従兄に当たられます。たしか、ゲームではその辺りも考慮されて、私とヴィヨン様が婚約していたはず。


 「気分はどうだ?」


 「はいお父様、もうすっかり良くなりました。

  ご心配おかけして申し訳ありません」


 4歳児らしくない物言いですが、公爵家ともなると幼い頃から礼儀を叩き込まれるのです。

 お父様から、しばらく養生するよう言われて、私はしばらく体力の回復に努めることになりました。




 お父様達が退出された後、私は、机の引き出しから先ほどのペンとノートを取り出しました。

 今のうちに、ゲームの攻略方法やイベントの情報などを書き留めておかないと。

 さすがに4歳では、まだ本格的な勉強はしていませんが、私は、中身は28歳ですから、字を書くのに困ることはありません、


 ヴィヨン様は、陛下の正妃様がお生みになった王子殿下で、いずれ王太子になります。もちろん、今はまだ幼いので、ただの第2王子です。1歳上の側室腹の第1王子がいらっしゃいますが、血統を重んじる我が国では、正妃腹が優先されます。

 赤髪茶目で、メインヒーローとしては地味な色合いですが、細マッチョな体つきと、優しげな顔立ちの、文武両道な絵に描いたような王子様です。

 第1王子は、茶髪茶目と、更に地味な方だったと思います。ゲームにはほとんど登場しないので、今ひとつ印象が薄いのですが、

 王子はほかにも3人──1人まだ生まれていないから今は2人──いますが、いずれも名前くらいしか出てきません。

 アメリケーヌは、金髪青瞳のナイスバディの、これまた絵に描いたような公爵令嬢です。

 お約束のドリルも装備しています。正直、あの髪型はどうかと思いますが…。

 少々目つきがキツいですが、クールビューティーを体現したような見た目の完璧令嬢で、実はプレイヤーの間では人気も高かったんですよね。

 これで、成績も相当良かったのです。

 学園での成績は、1位がブーケで2位がヴィヨン様と不動、アメリケーヌは4~6位をウロウロしているという感じでした。

 ヴィヨン様が最初にブーケに興味を持ったのは、入学して最初の中間考査でブーケが1位を取ったことでした。


 そして、ブーケ。

 ガルーニ男爵家の庶子で、市井で育ち、母親が死んだのを機に男爵家に引き取られ、学園に入学してくることになります。

 ピンクブロンド──というか、もろにピンク──の髪と水色の瞳の、貧相な…じゃなくてスレンダーな体型の美少女です。

 アメリケーヌが、女の敵と言いたくなるほどの──前世の私も言っていました──理想を体現した体型なのに対して、ブーケは慎ましやかな胸と低めの背丈という、プレイヤーに希望を抱かせる体型がチャームポイントです。

 もちろん顔は整っていますが、綺麗系クールビューティーなアメリケーヌに対して、可愛い系小動物キャラです。

 そして、実は彼女は、ポワゾン公爵家の一人娘なのです。

 ポワゾン公爵──プロヴァンス・フォン・ポワゾン殿下は、陛下の同腹弟で、今から8年前に臣籍降下されました。

 ヴィヨン様と同い年の娘──ブーケがいましたが、娘は生まれたばかりの時に何者かに殺されました。どうも、政治絡みの暗殺だったようです。

 ですが、ゲーム終盤でわかることですが、実はブーケは侍女の2人が連れて脱出していたのです。

 片方の侍女は脱出した際に重傷を負っていたため、追っ手を引きつけ、その後死体で発見されました。

 この時、ブーケも死んだものと思われていましたが、死体は見つからなかったため、公爵殿下は、娘は賊に殺されたと発表した上で、捜索を続けていました。

 そして、ブーケが13歳の時にようやく探し当て、子飼いの臣下であるガルーニ男爵家の庶子として学園に入学させたのです。

 ヴィヨン様のハッピーエンドルートクライマックスイベントは、卒業式でのヴィヨン様によるアメリケーヌの断罪と婚約破棄、ブーケの公爵家復帰です。

 2人は卒業後直ちに結婚し、お城のバルコニーに並んで民に手を振るシーンでエンディングとなるのです。

 アメリケーヌは、勘当され、修道院に入れられたことがナレーションで語られるだけです。





 ゲームでは、私がブーケを演じてヴィヨン様とのハッピーエンドを目指したわけですが、アメリケーヌから、それはもうひどい嫌がらせを受けました。ゲームだから耐えられましたが、現実だったら心が折れていますね。

 それはもう、お局様もかくやというほどのネチネチとした嫌味の数々に始まり、靴を隠されたり、母の形見のペンを折られたり、頭から水を掛けられたりと、定番のものは、一通りやられました。

 定番だからといって、やられても平気というわけじゃないですからね!


 現実となった今、アメリケーヌはそんなことしたくありません。

 自分がされたくないことは他人にもするなって、よく言うじゃありませんか。

 黙っていれば、ヴィヨン様と結婚するのはアメリケーヌなのです。最悪、ブーケが側妃になるとしても、私の方が先にヴィヨン様と結ばれることになるのですから、わざわざその優位を崩す必要はありません。

 たとえブーケがポワゾン公爵家に復帰したとしても、同じ公爵令嬢同士、庶民上がりのブーケより私の方が有利です。

 成績はブーケに勝てないでしょうが、立ち居振る舞いは私に分があります。

 元々設定でも、アメリケーヌは淑女然とした令嬢なのです。なってみせましょう!

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