第49話 冒険者の試練
マジックポーチから中瓶を2本取り出し、奥様の前に置き隣りに空瓶を1本置く。
布で漉してあるので、不純物無しの綺麗な黄金色に驚いている。
「内容量が判りませんので、空瓶から測って下さい。代金は商業ギルドに振り込んで貰えれば宜しいです」
「ありがとう。王都での饗しに砂糖はね」
ふとミーナを見ると、ミーちゃんに自分のミルクを飲ませていて、メイドが代わりのミルクを置くところだったが、あまり嬉しそうではない。
「ミーナはミルクが嫌いなのか?」
俺に問われるとミルクを見て、不服そうに「美味しくない」と答える。
メイドに頼み、一口分をもらい軽く含んで味見をしたが、味は濃厚だが青臭さが鼻につく。
ミルクに蜂蜜を入れても青臭さは抜けないだろうから、花の香りと甘さを加える為に、飲み残しに花蜜を入れてみた。
軽く振って混ぜ合わせてから口に含むと、僅かに青臭さは残るが花の香りと軽い甘さで飲みやすい。
メイドにカップ半分のミルクをもらい、花蜜を加えてスプーンで味見。
「飲んでごらん、甘くて良い匂いがするよ」
半信半疑の顔でカップを受け取り匂いを嗅ぎ「花の匂いがする」と言って口に含む。
花の香りと甘さに、一息に飲んでお代わりとカップを差し出す。
「それは?」
「花の蜜です。大きな花を茎から抜いて花の蜜を集めた物です。小さい頃に、花を摘んで甘い蜜を吸った事はありませんか」
「初めて聞きましたが、それを大量に」
俺の手元を見て尋ねてくる。
お茶の為に買った湯沸かしだが、花蜜用に注ぎ口の細い物を新たに買って使っている。
ペットボトル一本分は入ると思われる容量なので、興味が湧いた様だ。
「シンヤ、もっと」
お代わりのミルクを飲み干し、ケップと軽い声を漏らしながらカップを差し出す。
「飲み過ぎ、また今度ね」
「少し味見をさせてもらっても?」
ティーカップにスプーン数杯分を注いでメイドに渡す。
メイドから受け取ったカップの香りを嗅ぎ、スプーンに付いた蜜の味を確かめている。
蜂蜜と違い軽い甘さと香りに驚いているが、目が据わっていて恐いぞ。
「此れを譲って貰う事は?」
「駄目です。自分用に集めた物で、広めると厄介事になりそうですから」
そんな話をしている間に、糞親父がカップを手に取り香りを確かめ味見をしている。
「此れを、王家に献上すれば・・・」
「こういう人が騒ぎ出すでしょうからね」
糞親父を睨みながら答えると、奥様も父親を見て眉をひそめている。
「それに、これは本来香り付け用なのです。お茶に蜂蜜を加えて甘さを出し、数滴を落として香りを楽しむのですよ。ミルクの青臭さを消す為に花蜜のみを使いましたが、そんな使い方をすればあっと言う間に無くなりますからね」
半分本当で半分嘘を堂々と教える。
もっと持っていると言えばおねだりされるし、糞親父なら寄越せと言いかねない。
「此れだけの花蜜を集めるのにどれ程の手間が掛かると思います」
ハニービーのあの大きさでも一匹が集めてくるのは10滴にも満たない量だし、数百匹どころか数千匹のハニービーが居てこそ集める事が可能な貴重品だ。
用は済んだしお暇しようとしたが、ミーナがミーちゃんを抱いて離さないので、お別れまでに三日も掛かってしまった。
元ギルマスの賞金と奴が持っていたマジックバッグと中の物は、代官を通したので奥様が責任を持って受け取り俺に渡すと約束してくれた。
その際に、ミーナが貴族学院に入学する前に王都の店に住居を移すので、エルザート領ホルムの家には居なくなると教えられて、王都の住所とカードを渡された。
爵位の無い友人達に渡す物で、屋敷と店の者に示せば奥様に連絡を取れるし、嘗ての様な乱暴な扱いは受けないと確約してくれた。
最後に、蜂蜜を売るのなら何時でも相場で買い上げるので来て欲しいと言われて、カードの意味を理解した。
なる程ね、蜂蜜の安定供給源になって欲しいって事かと思ったが、冒険者ギルドに大量に売れば面倒そうなので、確実な売り先を確保しておくのも良いかもと納得。
何れ王都にも行くことになるだろうし、春になれば花蜜を貰いにママの所へ行く予定なので、それ以後の話だ。
今は謝礼の金貨500枚50,000,000ダーラが振り込まれたら、魔法が付与された服を作るのが先だ。
あの時にファイヤーボールを喰らっていたら、大火傷か下手をすればあの世行きだったのだから早く手に入れたい。
* * * * * * *
カンタスの町を出てザンドラに向かい、街道を逸れて草原に入るとフーちゃん達と合流してのんびりと歩く。
ザンドラが近くなった頃、フーちゃんが血の匂いがすると言った。
匂うのなら風上からの匂いだろうとそちらに向かうと、人族の声とゴブリンの叫びが聞こえると教えてくれた。
血の匂いと言われてから4,5分は歩いているはずなので、ゴブリン如きにそんなに時間が掛かるのは新人かなと興味が湧いた。
暫くすると俺の耳にも聞こえはじめたが、囃し立てる声でなにか不快な感じだ。
立木や草叢を利用して声の方に忍び寄ると、10人前後の冒険者が輪になり窪地のゴブリンが外に出られなくしている。
〈おらっ、もっと腰を入れて殴れ!〉
〈負けたら承知しねぇぞ!〉
〈おのれも食われたくなければ性根を入れろ!〉
囃し立てる男とゴブリンが邪魔でよく見えないが、ゴブリンと闘っている者を取り囲んで笑い転げている。
そっと背後に忍び寄ったが、誰も周囲を警戒していない。
4匹のゴブリン対二人の若者で、ゴブリン3匹と二人が倒れている。
ゴブリンは外に逃げられないが、襲われないので輪の中の者に襲い掛かる様に仕向けられての闘いだ。
そして一人は縛られて転がされている。
気に入らない。
《フーちゃん達は立っている奴等を殺せ! ゴブリンと闘っている者は殺すな。ミーちゃんはゴブリンを殺れ!》
《はい、マスター》
縛られている奴の側の男を短槍で殴りつけると同時に〈ギャー〉と悲鳴が上がるが気にしない。
〈なっ、なんだ?〉
〈糞ッ、ウルフだ〉
〈ウオーッ〉
〈ぼけっとする・・・〉
〈ウワーァァ〉
騒ぎになったが、フォレストウルフ二頭の襲撃に対応が間に合わない。
その間に、ミーちゃんがゴブリンの足を切り裂き倒れたところで顔に爪痕を付けている。
未だ立っている二人は放置して、倒れている二人の状態を確認する。
一人は脈が無いのでポーションは不用、もう一人は額と足から血を流し腕が折れているが生きている。
中級の下で良かろうとポーションを頭と足の傷に振りかけ、残りを飲ませる。 立っている二人は何が起きたのか判らず、ぼーっとなっているので放置してフーちゃん達の方を見ると、固まって剣を振るっているのが四人。
《ミーちゃん、そいつ等の足を切り裂いてやりな。フーちゃん達は逃がさないで》
〈ウオーッッ、糞ッ足が〉
〈エッ〉
〈何だ此奴は?〉
あっと言う間に足を切り裂かれて四人とも倒れて藻掻いているが、剣を手放さないので腕をへし折ってやる。
《逃げない様に見張ってて》
ミーちゃんフーちゃんに命じてから、呆けている二人の前に行く。
血は流れているが浅手なので体力の限界の様だ。
ゴブリンに止めを刺し、水を飲ませて落ち着かせてから何があったのか聞いてみた。
「薬草を探している所を、リーダと弓持ちが矢を受けて倒れました。それを助けようとしたもう一人も背中に矢を受けたところで、現れた男達に襲われました」
「私達も剣を抜いたのですが数で適わず、その上アンリが捕らえられてはどうしようもなく、縛られて此処まで連れてこられました。そしてゴブリンの群れを見つけた奴等がゴブリンをこの窪地に追い立てて、俺達に棒を投げつけて闘えと言われました」
縛られて転がされているのは女か。
捕らえた者を直ぐに殺さず、嬲り殺しにして楽しむのなら奴隷狩りでは無いだろうが、どっちにしろ碌でもない奴等に代わりなしか。
二人に初級の中ポーションを与えて、大怪我をしていた者と転がされている女の世話を任せる。
フーちゃん達に噛み殺されている男達を見て回ったが、普通の冒険者の様だが普通ではなかったって事か。
振り返ると転がされている女の側にフーちゃん達がいるので、近づく事が出来ずに困っていた。
「其奴は俺の使役獣だから大丈夫だ」
《フーちゃん達はこっちへおいで》
のそりとフーちゃん達が俺の方へ歩き出すと後退る二人。
使役獣と言われても、フォレストウルフの巨体を目の前にすると恐いのだろうなと思うが、噛んだりしないからね。
重傷だった男と縛られて弱っている女性を座らせると、比較的元気な二人に命じて倒した男達の所持品を集めさせた。
手足を傷付けた四人の前で躊躇っているので、俺が変わって身体検査。
武器を取り上げて放り捨て、革袋1つにマジックポーチ三つを一纏めにする。
死んだ奴等の物を含めると、革袋が五つにマジックポーチが6個。
生きている四人は足から血を流しているので、ロープで縛り血止めだけはしてやる。
「自己紹介の必要は無いよな。マジックポーチの使用者登録を外して貰おうか」
「おのれの顔は知っているぞ。猫の子を連れた巫山戯た奴だと思っていたが、フォレストウルフまで従えていたのか」
「なぁ、ポーションを飲ませてくれ」
「ちょっと遊んでいただけなのに、なんでフォレストウルフに襲わせるんだ」
「だよな、冒険者としての力量を高める試練を与えただけだぜ」
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