第48話 品薄で高価な物
「あ~ぁ、折角優男と洒落込んでいたのにボロボロだぞ」
「おのでは、がならんずごろず」
「ちょっと訛っていて、何を言っているのか判んないよ」
折れた腕を気にせず後ろ手に縛り、足もしっかり縛ってから落ちたショートソードを拾い上げる。
「シンヤ、何事だ?」
「凄い火魔法だったけど大丈夫なの?」
「そいつを見張っていて。お尋ね者だけど、警備兵や冒険者ギルドには渡さないで」
俺が飛び出した窓から煙が吹き出している。
婆さんが心配なので、軽く助走をつけて壁を駆け上がると煙の中に突っ込む。
俺の殺気を浴びて失神しているだけの様だが、俺一人じゃ火を消せそうにないので、お姫様抱っこで部屋から避難する。
階段から恐々顔を覗かせるメイドに「火が出たので人を呼べ!」と怒鳴りつけ、そのまま玄関ホールへ行き婆さんを下ろして扉を全開にする。
「火が出た! 消火を手伝え!」
俺の怒鳴り声に「リンナさん家が火事だよ」皆を呼んで来な!
ベルガ達にそいつを連れて来てくれと頼み、火消しは街の者に任せる。
担いでこられたオーウェンをリンナ婆さんの隣りに転がし、肩の傷に一番安いポーションを振り掛けて血止めだけをしてやる。
「ごのばばじゃずまさねぇぞ」
「そう、冒険者ギルドにも町の警備兵にも渡さないよ。ザンドラの領主に渡して取り調べだな」
「あっ、あのう・・・リンナ様は大丈夫ですか?」
町の者達が消火活動でごった返すなか、メイドが心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫だよ。ちょっと気を失っているだけで、魔法攻撃を受けた訳じゃないからね。モーラン商会会長とミレーネ奥様は、ザンドラのホテルにいますよ」
そう伝えると、メイドは安堵したのか泣き出してしまった。
「シンヤ、此奴は何者だ?」
「ん、劫火のオーウェン、元ザンドラ冒険者ギルドのギルマスさ」
「うっそー。とっくに遠くへ逃げていると思ってたわ」
「でも全然雰囲気が違うよな」
「おお、上等な街着に靴だってピッカピカだぜ」
「それに髭を綺麗に刈り揃え、何処かの旦那様って感じだな」
「でも、目付きの悪さはギルマスそのままだよな」
「すっかり薄汚れてるけどな」
「よく判ったわね」
「いや、見た目じゃ判らなかったよ。洒落た格好に髪をなでつけ髭を整えていたからね。姿形は変わっていても、声は変わっていなかったので気付いたのさ」
「劫火のオーウェンか、なら猿轡をしておかなきゃな」
猿轡をして蹴り倒していると表が騒がしくなり、警備兵達が踏み込んで来た。
「火事はどうなった?」
「魔法使いがファイヤーボールを射ったと聞いたぞ!」
「お前達は何だ?」
目聡く俺達を見つけて声を掛けてくる男が責任者の様だ。
《ビーちゃん達来てくれるかな》
《はーい》
《いくいく》
《マスター今度はなに?》
《でも刺さずに頭の上で飛んでいてね》
《また駄目なの~》
「ご苦労様です。この縛り上げている男が火魔法を射った奴です」
「うむ、ご苦労だったな」
鷹揚に頷いて部下に引っ立てろと命じているので制止する。
「申し訳ありませんが、此の男は警備隊には引き渡せません」
「何故だ! お前達は賊を庇う気か!」
「此の家はエルザート領ホルムのモーラン商会会長の元奥様の家で、賊が此の家に潜み家人を脅していたのです。それを知ったモーラン会長とお嬢様達がザンドラまで来ていて、ザンドラを治めておられる御方と相談されているはずです。それに、此の男は奴隷狩りと身代金目的の誘拐や違法奴隷売買の首魁として、手配されています。この男の仲間は冒険者や街の破落戸に、警備兵までいたと疑われています。その為に直接ザンドラを治める御方に引き渡せと、モーラン会長から命じられています」
〈おい! キラービーだ〉
〈大群だぞ、逃げろ!〉
〈静かにしろ! 追い払ったりせずに、頭を下げて静かに家から出ろ!〉
お~、的確な指示が出来る奴がいるらしい。
「と言う事で、無理に引き渡せと言われるのなら武力を持って拒否します。それでも引き渡せと言われるのならば、貴方も此の男の仲間ではないのかと疑われて厳しい取り調べを受けることになるやも」
「それではどうしろと!」
「ザンドラのオランダル通り、ホラードホテルに宿泊しているモーラン商会会長に早馬を送り、賊を捕らえたので、御領主様の手勢と共に引き取りに来てくれと連絡して下さい」
「うっ、わっ判ったが・・・本当だろうな」
「現にリンナ様が火魔法を射ち込まれて被害に遭われているし、その賊を捕らえているんだぞ。さっさと早馬を送れ!」
「わっ、判った」
男が慌てて出て行くのを見て、ベルガ達が微妙な顔で俺を見ている。
「リンナ様お怪我は御座いませんか。賊は取り押さえましたし、警備隊の者がザンドラに居るお嬢様達に連絡の早馬を出しています」
「では、あの書状に書かれていたことは本当なのね」
「少し違いますが、概ね本当です。私はミレーネ様より、リンナ様救出依頼を受けて此処へ伺った次第です」
手を取って立たせ、メイドに気付けの酒でも飲ませる様に頼む。
警備兵には俺の殺気を浴びて気を失ったのと、火魔法とを入れ替えて話したが判るまい。
「俺達はザンドラから迎えが来るまで、待たなけりゃならんのか?」
「悪いベルガ、此の家の主人に頼んで一部屋借りるから、迎えが来るまで此奴を見張っていてくれないか。追加料金に一人金貨一枚を支払うよ」
「若いのに太っ腹だな」
「私は良いわよ。シンヤの言った通り楽なお仕事だもの」
「違いない。事が起こって駆けつけてみれば、全て終わっている楽な仕事だものな」
ビーちゃん達を外に出したら、メイドに頼んでリンナ様にお目通りだ。
* * * * * * *
「あの書状は?」
「此の家へ怪しまれずに入り込む為に、ミレーネ様に書いてもらいました。リンナ様の容体悪化を知らせた書状を疑いながらも、ミーナも連れて此方に向かっていたのでザンドラで足止めしました。先程、警備隊の者に早馬を出して知らせる様に頼みましたので、数日後には到着されると思われます」
賊の遺体が運び出されて火事場の後片付けが終わると、改めてオーウェンの引き取りが来るまでの間、仲間とともに一室を借りる事を許された。
その代わり、不用心なので屋敷の警備を引き受けることにした。
オーウェンの無事な手足にナイフを突き立てた後、最低ランクのポーションで血止めした上で縛り上げて転がしておく。
最初は余裕の有ったオーウェンだが、警備兵にも冒険者ギルドにも引き渡されず、ザンドラの新しい代官に引き渡されると知った時から顔色が悪い。
ギルマス時代とは似ても似つかぬ見掛けに変えて、ザンドラから二日の距離に潜んでいる様な奴だ、逃がす訳にはいかない。
* * * * * * *
モーラン会長やミレーネ様が到着したのが三日後で、多数の騎士達を引き連れていた。
暫しお互いの無事を喜び談笑している間、俺は部屋の隅で静かにしていた。
「シンヤさん、ありがとう。貴方には二度も助けられたわね」
「少し家が壊れましたが、何とかなりました。それに、賊はミーナ嬢を攫った奴等の親玉ですので、少しは安全になるでしょう」
「奥様、賊の引き渡しを」
俺の事をジロジロと見ながら、オーウェンの引き渡しを要求する騎士達の指揮官。
借りている一室へ案内して、転がっているオーウェンとマジックバッグを引き渡してお役目終了の筈が、ミーナが大きくなっているミーちゃんを抱いて離さない。
まっ、7歳児にはミーちゃんが大きすぎてよろよろしているし、尻尾なんか箒と化している。
ベルガ達血飛沫の剣の皆には、依頼料の残金とは別に一人金貨5枚七人分の35枚を渡してお別れ。
「こんなに良いのか?」
「救出の依頼料は決めてなかったが、奥様は太っ腹だし奴の賞金は金貨100枚だからね。それとフーちゃん達の口止め料も含めてだね」
「お前には助けられたし稼がせてもらったんだ、安心してくれ」
「そうよ、それにギルマス捕獲の事を知られて、仲間が残っていたら厄介だもの言わないわよ」
「ああ、安心してくれ。それに二種3頭も従えていると言ってもそうそう信じてもらえないぞ」
ベルガ達を見送ると、家族の輪に招待されてお茶を振る舞われる。
正面に座るモーラン会長の仏頂面に、お茶が不味くなりそう。
てか砂糖は嫌なので蜂蜜を取り出してお茶に入れると、ミーナ以外の全員が目を丸くして見ている。
「そんなに珍しいのですか?」
「ええ、高価な上に最近は品薄なのよ」
牛乳瓶状のものは蜂蜜を取り出しにくいので、ジャムの容器の二回りほど大きな壺に入れている、蜂蜜を見つめながら教えてくれた。
「それよりも報酬の話をしましょう。金貨500枚で宜しいかしら」
「はい。それで十分です」
「ミレーネ、それは流石に・・・」
「ミーナの時に、金貨100枚で済まそうとするお父様が可笑しいのですよ。ミーナもお母様も私にとっては大切な宝です。お父様が万が一の時は、金貨100枚で済ませますわ」
糞親父が、苦虫をかみ潰した様な顔になり黙る。
やっぱり、この奥様は太っ腹な女傑だわ。
手持ちが無いので、ホルムに帰ったら商業ギルドの口座に振り込むと約束された。
「報酬の序でにお願いがあるのですが」
「危ない事は嫌ですよ」
「それよ。お茶に使っているのなら、もっと持っているでしょうから譲って貰えないかしら。報酬は現在の市場価格をお支払いします」
市場価格って事は、冒険者ギルドに売るより2割高って事だよな。
それに個人売買なら秘密に出来るので、どの程度の値打ちか確認出来るので譲ってもよいか。
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