第47話 洒落男

 ひとしきり感想を述べていたが、一角に野営用簡易ベッドを置くと呆れられた。


 「お前って、非常識な人間って言われないか?」

 「非常識どころか、本当に冒険者かと疑われるレベルだぞ」

 「それに高ランク冒険者並みに稼いでいる様ね」

 「ほんと、俺達とはレベルが違いすぎて笑うしかねえよ」


 ミーちゃん達のお食事が終わったので結界の中に入れ、落ち着いたところで説明をする。

 俺が大金を払う仕事の簡単さに、またまた呆れられた。


 「私達は市場でぶらぶらしていれば良いって」

 「それで、シンヤが出て来なければその馬車を止めて引き返させるだけって」

 「何をしに行くのよ?」

 「俺達が手伝えることは」


 「無いね。肝心な事を話さないのは、僅かでも漏れたら殺されるか逃げられるからだよ」


 「確かにお前は強いし、その猫とウルフがいれば大抵の奴には勝てるだろう。だが、何をするにも一人では限界があるぞ」


 「俺が一人で行く理由は、仲間がいれば足手まといになるし・・・言っても判らないだろうから実際に受けてみるか?」


 「受けるって何を?」


 「良いから、気合いを入れておかないと腰を抜かすぞ」


 7人の顔を見回してから、殺気、王の威圧を浴びせた。


 何とか腰を浮かせたのはベルガ一人だが、腰の剣に手を添えることも出来なかった。

 残りの6人はそれなりの腕が有る様だが、蒼白な顔に脂汗をして俺から目を逸らしている。

 フーちゃん二匹は、背中の毛を逆立てて唸り声を上げるが足が震えているし、ミーちゃんは頭を抱えて蹲っている。


 「動けるなら剣を抜いて斬りかかってきても良いよ」


 そう伝えたが、誰一人剣に手を伸ばそうとしない。

 王の威圧、オークキングと差しで勝負出来る者で無いと、おいそれとは動けないだろう。

 俺だって恐怖心が無いとは言え、ビーちゃんとミーちゃんの助けを借りて、後ろから襲ったのだからな。

 そこで殺気を消して、お茶の用意をする。


 「何て殺気だ」

 「ギルドで噂になっていたが、此れほどとは」

 「止めてよね。心臓に悪いわ」

 「ああ、今晩は魘されそうだぜ」

 「今夜一晩だけとは限らねぇぞ」

 「シンヤの殺気について彼此聞いたけど」

 「結構話を盛っていると思っていたよ」


 気付けの酒代わりに各自にお茶を配り、蜂蜜の瓶を置いてやる。


 メリンダが「ありがとう」と言って手を伸ばしたが、瓶を見て訝しげな顔になる。


 「此れは?」


 「お茶に入れると甘くなるよ」


 「おい! それって蜂蜜だよな」

 「うっそーぉぉ」

 「もうついて行けん、この仕事から降りたい気分だぜ」


 「それよりその仔はミーちゃんよね」


 「そうだよ」


 「えっ、新しい使役獣だとばかり思っていたぞ」

 「なんで小さくなってるんだ?」


 「ん、小さい方が連れ歩くのに軽くて良いし、可愛いだろう」


 「いやいや、そんな問題じゃないぞ」

 「どうして小さくなるの?」


 「えっ、テイマーは使役獣を小さくしたり元に戻したり出来るって聞いたから、試したらできたのさ」


 「もういい。頭が痛くなってきたから俺は寝るぞ」

 「だな、シンヤとは話が合いそうにないわ」

 「これ美味しいわねぇ」


 「ハーブティーはどうも苦手だから、金が手には入ったときに良い茶葉を買ったからね」


 「蜂蜜ってこんなに甘いのね」


 目を細めてお茶を楽しむメリンダと、頭を抱えて不貞寝する男達。


 * * * * * * *


 予定通り2日でカンタスに到着したが、朝市の時間帯に訪問する為に町の手前でもう一泊した。

 翌朝、冒険者や農夫達が周辺に散って行くのを見てからビーちゃん達を集めてから町に入り、聞いていた市場へ直行する。

 そこそこ大きな町で人口も多いのだろう、簡易テントや荷台に収穫物を載せて売り声を上げ、客と馬鹿話をしたりして賑やかだ。


 聞いていた広場は市場にもなっていて、西側に一際大きな2階建ての建物が建っていた。

 ベルガ達は3人と4人に別れて、他人を装って市場で品定めをしたり朝食を買って食べ始めたので、俺はビーちゃん達に待機を命じて目的の家に向かう。


 低い段差を上がり、瀟洒な扉のノッカーを気安く叩く。

 人の気配はするのだが扉を開けようとしない。

 2度3度とノッカーを叩き声を掛けると、漸く扉の後ろに人の気配がして、細めに開けられた扉の隙間から用件を聞かれた。


 「すいませんねぇ~。え~と、モーラン商会の旦那様から書状を届けてくれと頼まれまして」そう言いながら、ぶしつけに書状を突きつける。


 「旦那様から?」そう言いながら書状を見て僅かな銅貨を差し出す。


 礼を言いながら銅貨をもらい、書状を受け取ろうとするが渡さずに引っ込める。

 「リンナ様に直接お渡しして、返事をもらって来いって言われているんですよ。会えなければ書状は渡さなくても良いってね」


 俺の言葉に、手を伸ばしたままのメイドが何かを考えている。

 扉の裏で、息を潜めて佇む者の気配が濃厚でド素人かよと笑いそうになる。

 奥様の見立て通り、賊がいるのは間違い無いが人数が問題だ。

 目の焦点を合わさず、ぼんやりとメイドを見ていると何か指示を受けているのだろう、僅かに頷いた後扉が引かれて中へと招かれた。


 玄関ホールを珍しそうに見ながら中へ入るが、冒険者御用達の店で買ったよれた服なので疑われる確率は低いはずだ。

 いきなり抜き打ちに斬りかかられたら危ないので冷や汗が出そうだ。

 メイドの後に続いて歩き出すと、「待ちなよ兄さん!」と、緊張気味な声を掛けられた。


 「その腹に、何を入れている!」


 「えっ・・・ああ、此れね。ミーちゃんで~す」


 にへらと笑い、懐から体長20cm程に小さくしたミーちゃんを取り出して見せる。

 〈ふー〉っと吐息を吐き、行けとばかりに手を振る。

 ミーちゃんを肩に乗せ、メイドに続いて歩き出すが静かなものである。

 階段を上がり左に曲がって最初の部屋をノックする。


 聞いたとおりの場所で、メイドが中に入り俺がホルムの旦那様より書状を預かって来ており、直接返事をもらいたいと言っていると告げている。

 メイド以外に人の気配は四人ほどで、一人は扉の裏で息を潜めている。

 メイドに促されて室内に入ったが、ハンナと同年齢と思われる女性がソファーに座り、背後に綺麗に髪を整え髭の手入れも抜かりない男が立って居る。


 「リンナ様ですか? モーラン商会の旦那様から、書状を届けろと言われまして、お返事を貰えますか」


 肩に乗せたミーちゃんを撫でながら無作法に片手で書状を差し出す。


 「旦那様はどうした?」


 問い掛けて来た男の声で、頭の中に警報が鳴り響く。


 「ザンドラの街から小一時間の所で、馬車の車軸が折れて立ち往生してしまい・・・」ザンドラ?


 糞ッ、奴だ! 殺気を叩き付けると同時に、奴に向かってジャンプしてショートソードを叩き付けたが躱された。


 《ミーちゃん大きくなって婆さんと女以外の足を切り裂け! 殺しても良いぞ!》


 「そうか、お前はあの時の小僧か。中々の威圧だが、俺には通用しないぞ」


 「流石は元Aランクだな。洒落た格好をしているので判らなかったよ」


 「婆を殺せ!」


 奴が叫んだとき〈ギャーァァ〉って悲鳴が室内に響き渡った。


 〈何だ此奴は? えっ〉


 「そうか、お前は最低ランクのテイマーだったな。ファングキャットを従えたか。蜂はどうした?」


 「口より手を動かせよ、劫火のオーウェン」


 踏み込んで斬り付けるが、奴の長剣に軽く弾かれてしまう。

 元Aランクとの腕の差は如何ともしがたく、防戦一方になるが俊敏と剛力のお陰で奴の剣を弾き飛ばすことは出来る。

 窓を破ってビーちゃん達を呼びたいが、外は市場で人が多く刃物は投げられない。


 「どうした、婆さんを守っていては俺を殺せないぞ」


 確かにな、策は有るが一発勝負だ。


 《マスター、二人とも殺しました》


 《良し、俺の相手の後ろに回れ》


 ミーちゃんが後ろに回った気配に一瞬奴の意識が逸れたので、ショートソードを下手投げで投げつけると同時に、マジックポーチから短槍を取り出す。

 〈ウッ〉と声がしたが、同時に〈ギャン〉とミーちゃんの悲鳴も聞こえて、短槍を構えたときには、奴は窓に向かって突撃していた。


 アクション映画じゃあるまいし、ガラス窓を突き破って逃げるか。

 下を見ると肩を押さえて駆け出す奴が見える。


 《ビーちゃん、今走り出した奴の足を三回だけ刺して良いよ》


 《お任せを》

 《ずるい、俺が先だ》

 《マスター、中に入っても良いですか》


 《良いけど、誰も刺しちゃ駄目だよ》


 「兄貴、何事ですか!」


 飛び込んで来たのは玄関ホールにいた奴。


 《此奴の手足に一回ずつ刺しても良いよ》

 《ミーちゃん大丈夫かい?》


 《はい。お腹を蹴られて痛いです》


 《皆、毛玉は刺しちゃ駄目だよ》


 それだけ伝えて窓の外を見ると、ギルマスが肩を押さえ足を引き摺りながら尚も逃げようとしているが、ビーちゃん達に取り囲まれて逃げられない。

 それではと俺も窓から飛び降りると、頭上に火の玉が飛んできて轟音を立てる。

 糞ッ、劫火のオーウェン、二つ名の通りの威力だ。


 《其奴の口を刺してやって、一回だけだよ》


 《エイ、いっちばん~ん》


 飛び降りると頭を低くしながらオーウェンに近寄るが、片頬を押さえてあわあわ言っている。

 飛び交うキラービーの中に、憎々しげなオーウェンが横たわっているので慎重に近づき腕を叩き折る。


 《皆ありがとうね。後でお肉をご馳走するから上で待っててね》


 《はーい》の大合唱とともに、窓とオーウェンの周囲からビーちゃん達が上空に舞い上がって行く。

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