第36話 言霊と言質

 ひたすらハニービーを叩いてはテイムを繰り返す日々。

 六日目に念願の200匹テイムを完了して、スキルにハニービーの支配が追加された。


 シェラカップに似た容器に蜜を集めてとお願いして、一日蜜を集めては帰って来るハニー達を眺めてのんびりする。

 夕方になりハニー達を巣に戻して、明日またおいでと命じて蜜の溜まった容器を回収。


 ・・・なんて事でしょう。乳酸菌飲料の容器数本分だが蜂蜜じゃない!

 水の如くさらさらで甘い匂いがする。

 ちょいと舐めると甘くて良い香りが鼻に抜ける。

 此れって花蜜と呼ばれるやつだ、蜂蜜は巣の中で水分が蒸発して熟成された物だった筈。


 何方にしろ蜜を集めることが出来るので、翌日には薬師ギルドへ行き大きなフラスコとビーカーの様な容器に、蒸留水を入れる瓶を買ってきた。

 ハニービーに一日蜜を集めてもらったが、使役して何の報酬も与えていないし、彼等を使えば幼虫たちの餌を集める蜂が少なくなる。


 《ハニーの1、巣の方は大丈夫なの》


 《大丈夫とは?》


 《蜜や花粉を巣に運ばないと、幼虫たちの食べる物が無くなるんじゃないの》


 《大きな巣で仲間はたくさん居るので大丈夫です》


 《ちょっとぉー!!! 何してくれてるの!》


 ビックリしたー、突然現れて叫んているのは見覚えが有る。


 《あれっ、ティナだったっけ》


 《ティナだったっけじゃないわよ! 何故、虫たちまで使役しているのよ!》


 《ん、ティナが言ったじゃないか『人族以外の生き物を支配し使役する能力です』って。テイマーの能力が1なら、虫くらいが一番簡単にテイム出来ると思っただけですよ》


 《虫をテイムされると困るのよ!》


 《でも最初にポイズンスパイダーをテイムした時に、蜘蛛ちゃんは貴方に会って俺に従えと命じられたって言っていましたよ》


 《私だって忙しいの! それに、私の前には魂として現れるので虫とは思わなかったのよ!》


 やっぱり、アマデウスもティナもポンコツ神だわ。


 《あのね、巻き添えで召喚されて、最低限の能力だけ授けてポイですよ。今更文句を言われる筋合いは無いです!》


 《アマデウス様に知られたら、私が困るのよ!》


 《俺だって、駄目と言われても困りますよ。それともテイマーの能力を取り上げる気ですか? 俺に死ねと言われるのですか!》


 《それが出来るのなら、取り上げているわ!》


 出来ないから俺に文句を言いに来たのか、正直だねぇ~。

 なら、テイマーとしての能力剥奪なんてのはないな。

 魔法を貰えなかったのに、テイマーの能力まで失ったら悲惨な人生確定だが、強制的に剥奪出来ないのなら俺の方が有利だ。


 《ねぇ~、虫をテイムするのを止めて貰えない》


 《そんな事を言われても困るんですけど。美味しい蜜と、生きていく手段が見つかったところなのに。それに俺一人が、虫を使役しても問題ないでしょう》


 《貴方が強すぎることになれば、アマデウス様に気づかれちゃうの!》


 《俺が虫を使って、王国でも乗っ取るとお考えですか》


 《やっぱり判っているのね》


 《そりゃーね。人族相手ならほぼ無敵ですから。即効性はないけど、野獣相手でもかな》


 《それが困るのよ。と言うか、虫を使って野獣を倒す方法を知っているの?》


 《毒虫が居るし、小さな奴に耳や鼻傷口から侵入させれば良いだけです。生きている人や獣に食いつく虫なんて、幾らでもいますから。命令によって動く虫や毒虫を防ぐのは無理でしょう。毛むくじゃらの野獣でも、寝ている隙に毛の中に潜り込んで、なんて命令したら・・・》


 《そうよ・・・そんな事がアマデウス様に知られたら、私はどんな事になるか》


 アマデウスのポンコツ神が、野獣討伐の為にせっせと召喚していたのは間抜けの所業って事になる。

 それと、ティナのお願いを断って奴に知られたら、馬鹿神の事だ何をしでかすか判らない。

 交換条件を出して手を打つのが吉だろう。


 《虫をテイムするのを止めても良いですよ。ただし条件が有ります》


 《どんな?》


 《一度テイムした獣を解放しても、同じ種なら何時でも弱らせる事なく再テイム出来ることと、能力を即座に受け取れることです》


 《それで虫たちを使役する事を止めて貰えるの》


 《但し、現在受け取った能力は使わせて貰いますよ》


 《それは・・・》


 《身を守る為と、趣味と実益以外に使いませんよ》


 《それを信じろと?》


 《言霊って知っていますか?》


 《ことだま?》


 《言葉の中に宿る霊力、力ですかね。ティナはテイマー神、神様の言葉には力が有ります。俺に言った言葉がそれだと思います》


 《私が貴方に?》


 《貴方は俺にテイマーの事を伝えたときに『人族以外の生き物を支配し使役する能力です』と言ったんですよ。俺はその言葉を信じて、ポイズンスパイダーやキラービーをテイムしました》


 ティナがお目々をまん丸にし、悲鳴を抑えるように口を押さえている。

 日本人を召喚して神様が迂闊な事を言えば、言霊にも力が増すってものだよ。

 それにティナは『アマデウス様の加護と、私が与えたテイマースキルの加護です』とも言っていたからな。

 テイマー神から直にスキルを貰うので当然ティナの加護が付くが、スキルにも加護を付けたのを判ってない。

 言霊って恐い。


 俺には3つの加護が付いていると気付いたのはつい最近のこと。

 神様の加護だって、1+1が2の訳がないが此れらの事は黙っていよう。


 《俺がティナと約束を交わす事は、神様との約束であり言霊の力が強く働くでしょう。俺だって神罰が恐いので、約束は守りますよ》・・・多分。


 《判ったわ、貴方の言葉と言霊を信じましょう》


 よし! 言質は取った。


 《それと一つ教えて欲しい事があるのですが》


 《何でしょう》


 《テイムした獣が大きすぎるとき、扱いに困るので小さく出来ないのですか》


 《そんな事はテイマーなら誰でも出来ますよ。従えた獣の背に手を乗せて、小さくなれと命じれば良いのです。後は元に戻れとか小さくなれと命じるだけで出来ます》


 《そんな事は一度も聞いてませんよ!》


 《そうですか?》


 糞ッ、ポンコツ神め、能力1なので教えるのも手抜きが酷い。

 そう思っていると、ティナの姿が唐突に消えた。

 やれやれ、威厳もへったくれもない神様だな。


 《ビーちゃん達、集まれー》


 《はーい、マスター》

 《なになに?》


 (テイム・解放)《皆有り難うね。巣にお帰り》


 《はい、マスター×50》の返事に支配は有効と確認出来た。


 ハニー達も呼び寄せて解放し、去りゆくハニービーの飛び去る方向を確認しておく。


 その夜ミーちゃんの背に手を乗せて(小さくなれ)と念じてみた。

 ゆっくりと全身が縮み始めたので、普通の猫より二回り小さくなったときに止めた。


 《マスター、何か変です》


 《御免ね、直ぐに元に戻すから》


 (元に戻れ!)・・・風船が膨らむように元に戻ったよ。

 (小さくなれ!)・・・先程と同じ様に徐々に小さくなり、さっきと同じ大きさで止まった。

 流石は神様実在の魔法世界だと感心したが、実験台に使われたミーちゃんが拗ねちゃった。


 * * * * * * *


 野営用結界をマジックポーチに入れると即行で街に戻り、寸胴を買いに走る。

 蓋付きの寸胴二つと目の細かいザルに広口の瓶を五つばかり買い、序でに上物の茶葉と茶器を探して奔走する。

 一日掛かりの買い物だったが、此れでハーブティーから解放される。


 野営用結界の中で湯を沸かして、買って来た茶葉を使ってお茶をいれ花蜜を垂らして一杯。

 茶の旨味と甘さに花の香りが混ざって何とも言えない美味しさ。

 此の地に召喚されてから初めての甘みが、五臓六腑に染み渡る。


 明日は絶対に蜂蜜を分けて貰うぞと決意を固める。

 その為にハニービーをせっせとテイムし、ハニービーの支配を手に入れたのだから。


 陽が昇ると、ハニービーの去った方へと進み、蜜を集めに飛び去る一匹を呼び止めて巣への案内を頼む。

 飛び去るハニービーの後を追ってジャンプを繰り返し、辿り着いたところは巨木の枝に抱かれる巨大な巣だが、先客がいた。


 案内してくれたハニービーを解放し、ミーちゃんと二人で遠くから見物する事にした。

 先客は9人だが、蜜を狙った三つ巴の闘いをしている。

 防衛側はハニービーの大集団で、毛皮のつなぎ服を着た冒険者と小型の熊が争っている。


 一番劣勢なのが冒険者達で、毛皮のつなぎ服を着れば蜂の攻撃には耐えられるだろうが、熊相手には動きが鈍いので勝ち目がない。

 だが冒険者達も熊も蜂に群がられて視界が悪く、お互いに致命傷を与えられないでいる。

 暫く見ていたが、幼稚園児のドタバタ劇を見ているようで恥ずかしくなりその場を離れた。


 彼等が消えるまで解体主任ご希望のチキチキバードかレッドチキンを探す事にした。

 周辺を見回したが見当たらないので、お声がけしてみる。


 《ビーちゃん達居るかなー》


 《マスター、お呼びですか~》

 《はーい。居るよ~♪》


 《こんな鳥を探しているんだけど知らない》


 マジックポーチから備蓄の鳥を取り出して見せる。


 《探して来ます》

 《俺が見つけます!》

 《お任せを~》


 身を守る為と、趣味と実益以外に使役はしませんよ、ティナ様♪


 居場所が判ればミーちゃんの出番だが、キラービーの後を追うのは気が進まないようだけど、お仕事なので諦めて貰う。

 しかし、チキチキバードやレッドチキン等は結構身体が大きいので、狩ることは出来ても運んでこられない。

 ミーちゃんが捕まえましたと報告して来たら、俺が引き取りに行くという簡単なお仕事。


 《マスター、大きな人族が、小さな人族と暴れてるよ》


 大きな人族ってオークの事だよな、小さな人族と暴れてるってのが気になるので偵察に向かった。

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