第11話 証明される記憶 後

「この事件、首謀者は村松さんあなただ。そして実行犯は茅野栄太。あなたと関係を持つ男だ」


 突きつけられた証拠に村松はしばらく黙っていた。しかしにやりとほくそ笑むと、そこから更に高笑いを上げた。


「それが何!?全部あなた達の推測でしょ?証拠なんて何もないじゃない!」


 声を荒げる村松とは対照的に、山本と林は冷静だった。


「そうこれだけでは証拠にならない。だけど思い出してください、清水の存在です」

「ああ?」

「我々はあなたに言った筈だ、彼の役割は時間稼ぎだって。この場合必要な時間は何だと思いますか?」

「何って…」

「国外逃亡ですよ。茅野栄太を海外に逃がす時間です。演出によって疑いも清水に向いている今なら自由に動ける」

「あなたが地元に帰るとまとめていた荷物も、本当は海外に出国する為のものだったんじゃないですか?引っ越すには荷物が少なすぎる、でも必要最低限と考えるなら十分な大きさだ」


 山本と林は村松に詰め寄った。余裕のあった表情がこわばり始めた。


「そ、それも全部当て推量じゃない」

「そうです。だから証拠を押さえる事にしました」

「何?」

「不正に出国するのは難しいようですな、主要な方法は大体把握されているんです。茅野栄太を指名手配し、ルートを徹底的に押さえさせました。でね、網に引っかかったんですよ」


 村松は額に大量の汗の粒が浮かんでいた。それが一つの塊になると伝って落ちた。余裕がなくなり顔色はどんどん悪くなった。


「自供も取りますけどね、ここ見てください。清水の診断書、限局性健忘って書かれてるでしょ?清水の記憶喪失は2つあったんですよ」

「清水には犯行時間の記憶がまったくありません。それはこの薬物が作用していたからです。あまり有名じゃない表には一切出ない違法な薬物です。記憶障害を引き起こす危険な薬だ。その薬物の反応が清水の検査から出ました」


 坂本医師の読み通り、危険で違法な薬物が清水に用いられていた。その成分を検出出来る所はまだ少なく、痕跡を残さないという点で犯人達には都合がよかった。


「そう簡単には手に入らないでしょう、しかし茅野には手に入れるルートがあったんじゃないですかね。彼が担当していたのは主に薬物に関する事柄でしたから」

「それとね、清水の持ち物がいくつか無くなっている。これらの捜索をしなければならない。あなたが持っているのか処分したのか、ああ、茅野の方かもしれませんね。探られて痛い腹はたっぷりありそうだ」


 逃し損ねた茅野が捕まって村松はポツポツと自供をし始めた。証拠品は村松と茅野が出国先で処分する予定だった。いつか証拠品は見つかる、だから念を入れて持ち出すつもりだった。


 村松の動機は秋月の堕落ぶりが原因だった。過去をつまみに酒を飲み、人の金を食らう秋月に嫌気が差していた。愛情で曇った目もいつかは晴れる、自分が稼いで秋月がそれを消費する生活に耐えられなくなっていた。


 それに加えて秋月は村松に暴力を働くようになっていた。酒量が増え、見境なく当たり散らす秋月を誰も止められなかった。秋月本人も、堕落していく自分に耐えられなくなっていたのだった。


 村松は心の安寧を他の男に求めた。どうせ秋月は酒を飲んで眠っている、村松に与えられた自由な時間は様々な男を使って埋められていた。そんな時に村松は茅野と出会った。


 床で茅野の事情を聞いた村松は、茅野は使えると判断した。悪事に手慣れた茅野を使えば、殺して逃げるだけの時間は稼げると踏んだ。


 そうして二人が思いついた作戦が、別の人物を囮に使った撹乱作戦だった。計画の殆どは村松が考え、清水を選んだのも村松だった。清水には恩人である村松の頼みを断る事は出来ないと考えていた。


 村松は最初清水との対話を試みた。しかし清水は協力を拒んだ、逆に清水は村松を諭した。自分が力になるから何か別の方法を考えようと。


 しかし茅野にとってそれは承服できない事だった。復讐が目的の茅野は秋月を殺害しなければならない。茅野は清水に薬物を投与して作戦を強行する事にした。


 思惑通り事は進みすべては順調だった。しかし清水が記憶を取り戻すのが想定より早かった。刑事が来た事でそれを察知した村松は、一切連絡を断つ予定であった茅野に連絡を取ってしまった。


 データは入念に消したが結局は復元されてしまう。それも村松と茅野を結びつける重要な手がかりになった。


 結局二人は、清水の記憶の回復と刑事達の捜査によって追い詰められていき、最後には自らの罪を認めて自白する事となった。血濡れの記憶喪失者から始まった怪事件は、ここに終わりを告げる事となった。




「今回の事件解決出来てよかったですね」


 林は山本にそう言った。


「まあそうだな。正直茅野の出国は本当にギリギリだった。清水が記憶を取り戻した時、それを隠されたら間に合わなかっただろうな」

「そして全てが闇の中、ぞっとしますね」

「しかしそうはならなかった。記憶を取り戻した清水にはちゃんと倫理観が根付いていた。恐らく村松との生活で培われた人間性だろうな」

「なんとも皮肉な話ですね」


 山本は林の言葉に頷いた。確かに皮肉な話だと思った。


 清水の人間性は、幼少期から続く虐待によって大きく歪んでいた。その地獄から這い出る為に賭けに出たが、その賭けにも負けそうだった。


 しかしそんな時に村松が現れた。村松は清水の事を否定せず、ただ受け入れて慈しんだ。村松が注いだ愛情が清水をまっすぐに立たせて、一人前の人間に育てた。


「俺はな、村松の言った言葉が忘れられないよ。あの時の清水を助けられなかった人達に何を言われてもなんとも思わないって言葉がよ。あれはきっと村松がずっと抱き続けてきた思いだったんじゃないかな」

「確かにそれは言い返せません。けれど…」

「分かってる、分かってるよ。それでも俺達は法を遵守し、人々を守らなきゃいけないってな」


 村松は自分の青臭さに辟易とした。林の方がよほど考え方がしっかりしていると思った。しかし自分は敢えてそれを伝えるような質ではないとも知っていた。


「おい、何か甘いもの食いたくないか?果物とかさ」

「ま!マジですか!?いいんですか!?」

「生クリーム抜きってパフェで出来るのか?」

「いやいやいや冗談やめてくださいよ。パフェってのは完成されているんです。何かを抜くなんてありえないっす。行きましょう行きましょう!俺が山本さんに教えてあげますよ!」


 山本ははしゃぐ林をよそに胃薬を用意した。生クリームがガツンと胃にくるだろうが、それでも全部食べきろうと心に決めた。


 甘いものが食べたくなる、そんな気分だった。

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