第28話 氷の皇子は婚約破棄する
オリーヴィアの出自と現在までの事情を聞かされた貴族達は絶句していた。
「さてカーリン、貴様は自分のしたことが何か分かっているな?」
その中でも特に蒼白になっているのは、オリーヴィアが毒を盛ったと見せかけるために自作自演をしたカーリン・ブーアメスターであった。
「ただでさえ名誉の毀損は刑罰に値する。ましてや相手がアインホルン王国の王女に対するもの、不敬では済まされんぞ」
「わ……、私、私は、知らなかったのです! オリーヴィア――オリーヴィア様が王女殿下であるなど!」
「そうだろうな。俺さえも知らなかった」
「それでは仕方がないではありませんか!」
「仕方がない? 何がだ? 貴様は相手が貴族でないのであれば公衆の面前で恥をかかせ
帝国内において、名誉毀損の対象は限定されていないため、貴族が庶民の名誉を毀損した場合、法律上は罰せられることになっている。しかしそれは無論建前であって、実際には“貴族だから”という理由で罰せられることはない。
「“オリーヴィアが王女殿下だとは知らなかったからオリーヴィアに毒を盛られたということにした”……オリーヴィアは庶子であるから、その面に泥を塗ってもよいと。貴族の風上にも置けんな」
「ちが……、違うのです、殿下、それは誤解……」
「どこに誤解があったというのだ」
「そもそも、名誉を毀損されたのは私のほうです! こんな……、こんな王の間で、尋問を行い、どこの誰とも分からぬ者達からの噂話で私の話を嘘だなどと指摘するなんて!」
「貴様は一から十まで説明せねば理解できぬほど
パンパン、とヴィルフリートはもう一度書簡を叩く。第三者に当たる者達から聴取した事実を記録した羊皮紙だ。
「署名の意味をなんだと思っている。記憶のとおり話したことに間違いなく、虚偽の事実はないのだと述べているのだぞ。しかもその中にお前を恨み嘘を述べる動機のある者は一人もいない。むしろお前の味方の筆頭は肝心なことについて知らぬ存ぜぬを通している。ここまで言ってなお理解しないか?」
カーリンが理解したのか、それとも往生際悪く認めようとしないだけなのか、ヴィルフリートには分からなかった。逆上したように頬を赤く染め唇を噛んでいる、その様子から読み取れるほど、ヴィルフリートはカーリンのことを知らなかった。
「カーリン・ブーアメスター、貴様には刑罰に値する行為が認められ、さらにその行為は我がフェーニクス帝国とアインホルン王国との関係を脅かしかねないほど
横領の疑いをかけられたブーアメスター侯爵はもちろん、もはやフロレンツもカーリンを庇おうとはしなかった。
「貴様の処遇は改めて審議のうえ
命じられた衛兵が2人、カーリンの手を取ろうとする。
カーリンはそれを振り払い「……自分で歩きますわ」と睨み返す。そして出て行きざまオリーヴィアを恨むように見る。そのどちらの目もヴィルフリートの知るカーリンのものではなかった。
「……さて、話が逸れておりましたが、アインホルン王国との和平交渉に関する話に移りましょうか」
だとして、婚約者の身分から解放された今となってはどうでもいいことだ。
“氷の皇子”と呼ばれる横顔で、ヴィルフリートは淡々と、コルネリウスも交えてその議題を審議し始めた。
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