第8話 名前と靴
サレには名前が無く、とりあえず「君」と
呼んでいたが、仮にでも名前を付けたいと
ミーシェとリノンは思った。
二人はサレに名前を付けて呼んでもいいか尋ねた。
サレには“名前”の意味が分からず何とも答え
られなかった。
何度も「こっちがミーシェでこっちがリノンだよ。」と示された後、「ミーシェ」、「リノン」
と呼び合う所を見せてもらったのだが
サレにはなんの為のやり取りなのか分からなかった。
この時のサレには種類における固有名詞は理解
できても、人名という概念がすっと入って
こなかった。
音声を発せられるようになってから、サレは
「ナ……ナァナ……、ナァナ…ハァ………」
と呟く事が時々あった。
ミーシェとリノンはこれが名前に関するヒントかも
と思い、二人はサレのことを『ナーナ』と
呼ぶことにした。
しかしサレは最後まで自分が『ナーナ』と呼ばれて
いた自覚は持てなかったのだった。
そして名前と同時にミーシェはサレに靴を
プレゼントした。
病院の上履きで歩くことしかしていなかったが
この靴を履き、外で走る練習をすることも
できるようになった。
サレは生まれて初めて靴を履いた。
「ナーナの為に似合いそうな靴を探して探して、
たくさん探して選んだんだよ。足が痛まない
ように少し柔らかめなんだ。」
「特にこの靴紐が可愛いの。ほら、紐の先に
赤い刺繍がしてあって、これがとてもいいなって
きっとナーナに似合うわって。」
二人はとても嬉しそうに愛おしそうにサレの
足を心配し、この靴を履かせてくれた。
サレはただじっとその靴を見つめていた。
その靴を履くと、外を歩いても走っても
足の裏が痛くなることはなく守られていた。
注意深く周りを見ると、周りの人々も靴を
履いていた。
「クッ……ッ」
サレは靴と中々上手くは言えなかったが、
これが「靴」なのだとすぐに理解した。
“靴”と“名前”のプレゼントが同時だった為、
より印象の強い“靴”に興味と関心が集中してしまい
“名前”に余り意識がいかなかったのかもしれない。
サレは病院にいる間、しっかり食事を取り、
運動をしている内にすっかり元気で健康に
なっていった。
色んな言葉を教えてもらい、生活習慣を覚えて
いったのだった。
2ヶ月ほどで一方的ではあるが、随分意思疎通が
できるようになってきていた。
するとミーシェは病院からも警察からも
「そろそろ施設に預けるべきだろう。」
と言われた。
「そんな……まだ言葉もちゃんと話せないし、
集団生活に馴染めるかも分からないじゃない
ですか、この子は、ちゃんとこの子だけを
見てくれるところで暫く世話してあげないと
心配です。」
ミーシェは強く反発した。
「うちの家で預かることはできませんか?」
ミーシェはこうお願いしたが、許されなかった。
「孤児は国で手厚く保護すると決まっている。
個人の家に委託されるには相当厳しい審査と
手続きが必要になる。
君の家では………厳しいだろう…………」
上司は言いにくそうにそう告げた。
この国では両親の承諾の無い養子縁組は
審査が厳しく、相当にお金を積む必要があると
噂されていた。
それは……この国にとって孤児の存在が秘密裏に
重要視されていたからだった。
便利に使い捨てできる存在を必要としている
人物が国の中枢部にいたからだが、それは
庶民の知るところではなかった。
そして……これはミーシェには伝えられなかったが
サレはある所にその存在をマークされていた
のだった。
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