第31話 デート中でも酒は飲む


 とりあえず、みんなでランチを食べることになった四人。

 席の予約は勇者がしてくれていたようで、奥まったところにある半個室に通されて適当に料理を注文するや否や、アイルは威勢よく手を挙げた。


「あとエールをひとつ!」

「やっぱり昼間から飲むのか⁉」


 隣のユーリウスがツッコみを入れてくるが、対面の勇者は苦笑しながら片手をあげる。


「それじゃあ、オレも一杯もらおうかな。それに合わせて、料理も変更しようか」

「あの……わたくしはお酒、弱いので……」


 モジモジしながら、ユーリウスを上目遣いで見やるメルティ。

 すると、ユーリウスも嘆息しながら肩を竦めた。


「俺もやめておく」

「ま、弱いもんね?」

「酔いつぶれたお嫁さんの介抱をする可能性があるからだ――で、だ」


 ニヤニヤと絡んでくるアイルを珍しく軽くいなしたユーリウスは、視線を横に向ける。


 大人用の椅子に一生懸命座っている燕尾服の少年がシレッと「あ、ぼくもひとつ。大ジョッキで」とシレッと注文していた。誰かと訊くことなかれ。当然、フェルマン天空伯家に代々仕えるドラゴンのひとり、ヴルムである。


 そんな忠臣に、ユーリウスは思いっきり唾を飛ばした。


「ヴルムはなんで付いてきたんだ⁉」

「ぼくに乗って地上へ下りてきておいて今更なにを?」


 それはそう――とアイルは納得するものの、たしかにユーリウスと出掛けるとき、リントやヴルムはその辺でお留守番していることが多い。二人を気遣っているより、その間に日用品などの買い足しをしたり、荷物の番をしていたりと、従者らしい仕事をしているようだ。


 そんなヴルムが今日は堂々と食事会に参加しながら、上目遣いでアイルを見てくる。


「お嫁さま……テーブルが高くて、ぼくご飯こぼしちゃうかも……」

「それなら、私の膝にでも乗る?」

「うんっ!」


 執事っこのかわいさに押されて、自らの膝を叩くアイル。

 だけど、即座に移動するヴルムの首根っこを掴み上げたのはユーリウスだった。


「仮にも従者役がお嫁さまの膝に乗るなんて聞いたことないが⁉」

「まあ、いいんじゃない? 軽そうだし」


 案の定、アイルがヴルムを載せてみるも、不自然なまでに重さを感じない。どうやらちゃんと魔法で身体を浮かしているようである。ならば、わざわざアイルの膝に座る必要もないじゃん……と言いたくなるも、まぁかわいいから良しとするとして。


 そんなフェルマン家の微笑ましい(?)やり取りをしていると、料理の注文を終えたクルトがユーリウスに尋ねてくる。


「一応確認しておきたいんだけど、その子はフェルマン伯爵が所有するドラゴン、でいいんだよね?」

「俺の育ての親のようなものだが、表向きはそういうことにしている」

「そうか……いつか正式にお手合わせしてもらいたいものだ」


 二人の会話がピリピリしているのは置いておいて。

 視線を合わせたクルトとヴルムもかなりの怖さである。


 もちろん、アイルには心当たりがあった。以前、朝食対決のためにヴルムと港町に行ったときに、たまたま再会したときからクルトとヴルムの空気は最悪だったのだ。


 今日のヴルムも、勇者クルトを警戒して付いてきたというところなのだろう。


 ――といっても、ヴルムくんは方向を変えてきたみたいだけどね。


「そんな、ぼくこわーい」

「おまえ今日キャラどうした?」


 愛らしさを前面に強調した見た目五歳児が、勇者に対して『小童こわっぱ』と吐き捨てるなど、誰も思うまい。


 だけど、そんな本性を唯一知らないメルティ嬢はニコニコとヴルムを見つめていた。


「かわいい従者さんなんですね?」

「えへへ。ありがとう、きれいなお姉さん」


 と言いながら、ヴルムはさっそく来たエール大ジョッキを片手で飲み干すのだが。

 アイルも特にツッコみを入れることなく、届いたエールをゴクリ。


 ――久々の安酒だなー。


 本当は昨日冒険者ギルドで飲むはずだったのに、機会を逸してしまっていた。

 実際は冒険者ギルドのエールより上等な代物なのだろう。えぐみが少なく、喉越しも悪くない。だけどこう飲み比べてみると、天空城ではいつもいいお酒ばかり用意してもらっていたんだな、と実感してしまうアイルである。


 だけど気兼ねなく飲める酒というのも、またオツなもの。

 結局当初のコース料理をやめて、エールに合わせた大皿の料理の注文に変更されていたらしい。……というわけで、大皿で出てきたなんかの肉の香草焼きを食べてみるアイル。


 癖のある獣肉のようだが、スパイシーな香草の刺激がより旨味を引き立てている。しかも甘酸っぱいソースがまた癖のある味付けだ。


 そんな味覚に、アイルの記憶が刺激される。


「なんか昔食べたことあるような……あの、ゴンガガ村の……」

「ゴンガガ村のゴンザップおじさんお手製のゴンガワニの丸焼きだね」

「そう、それ!」


 クルトの助言で思い出したが、あのときはみんなで遭難しかけてしまい、ギリギリとのところで助けてくれた原住民が一行が勇者と知るや否や、村の珍味をご馳走してくれたのだ。


「懐かしいなー。たしかそのお礼に、余っていた服をあげた……であってる?」

「そうそう。さすがに服が葉っぱ一枚っていうのはテレーゼの美意識に反するからって」

「でも結局酔いつぶれて、最後葉っぱのドレス作って喜んでたような?」


 アイルとクルトが、そんな昔話に花を咲かせていると。

 ついていけないメルティ嬢が、どこか嬉しそうにユーリウスに身を乗り出す。


「二人、いい雰囲気ですね?」

「あぁ……そうだな……」


 そんな二人の様子にしっかり気が付いているアイルは、「今日もお酒が美味しいなー」とエールのお代わりを注文した。

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