ナンデ
試食会の範囲は少しずつ広げていった。職員や家族、そしてその知人へと――。
幸いなことに、そのいずれも大盛況で終えられた。
苦労がなかったわけではない。食堂車でお弁当を配膳するだけなのだが、私も含め職員の誰も給仕係の経験がなかっため、当初は色々と難があった。雑な配膳、雑な対応、オーダー忘れに、配膳忘れ――さすがにこれでは専門市民には受け入れられない。餅は餅屋と、ブライトン公爵家の使用人に教えを請うことで、最終的にはなんとか様になった。
給仕係の訓練は、地位や性別を問わず好評であったと付け加えておきたい。ルナの講義のおかげで、一般市民出身の職員も礼儀作法への抵抗が薄れていたようだ。練度が上がるにつれ、専門市民との差はなくなり、むしろ、私が悪目立ちするようになってしまったぐらいである。
そして、意外だったのは、専門市民出身の職員が目の色を変えて参加したことであった。なぜか、別部門の大佐までもがしれっと混ざっているぐらいに。火星市民はほぼ全員が公務員であるが、住み込みの使用人は数少ない民間の職業である。非常に狭き門である上に、社会的信用がべらぼうに高い。特にブライトン公爵家の使用人から直々に訓練を受けるというのは、それだけで大きな意味があるらしい。彼らにとって、ある意味、棚ぼたの役得で憧れのスーパースターにダンスレッスンを受けたようなものだったようだ。
私はてっきり『アテクシが給仕なんて、馬鹿になさってますの!? キィイイイイ』なんて反応が返ってくるのではないかと思っていたが、その懸念は見事に裏切られた。見識の狭さに恥じ入るばかりである。事実上の貴族社会とはいえ、民主主義が必要に迫られて封建制に変化した社会である。それはすべてにおいて退化を意味するわけではなかったのだ。
まあいずれにせよ、旅行は非日常を楽しむものだ。私たち自身もそれを楽しめたなら、大成功なのである。
そして、数ヶ月後――。
「列車で楽しむ!ランチミニツアー! 本日、テスト営業スタートです! それでは皆さん、よろしくお願いいたします」
朝礼で私がそう宣言すると、オフィスは拍手に包まれた。
このミニツアーは、食堂車二両と指揮車二両の四両編成で、地上区間をゆっくり往復して食事を楽しむものである。火星エリシウム王国の国民全員を対象に、誰でも資源割当量の範囲で自由に利用できるようにした。
乗務員訓練も兼ねているので運賃は実質無料。乗車に必要な資源割当量は、ディストピア……ゲフン……市民食一食分のみである。つまり、国民全員が無理なく平等に利用できる。
鉄道がなかったこの国の人々に、鉄道の良さを知ってもらう良い機会にもなるだろう。
ただまあ、さすがに最初は人も集まらないだろうし、先着順の当日受付で良いだろうと思ったのだが……。
「姉さん! あわっ、ヒカリ少尉! 大変です! 大変です! 早く来て」
あのルナが取り乱している。
私が表に出ると、まだ受付前だというのに既に長蛇の列ができていた。中央から続くなだらかな通路には、どこまでも人が溢れかえっており、もはや最後尾が見えない。
「あちゃー……、噂が回るのが早すぎる」
そう、私は忘れていたのだ。火星エリシウム王国は、人口五千人、直径四キロメートルの小さな都市だということを。そして、噂は亜光子より早く広がるということを。
「それだけじゃないんです!」
私は腕を引っ張られながら、列の先頭へと向かう。
列の先頭には、明らかに異質な一団が陣取っている。その中心にいるのは金ピカ装飾の軍服風衣装の人物。あれは確か――。
「国王陛下!?」
「いかにも。予は火星エリシウム王国の国王、プラネタジネート五世である」
へ、陛下ァアアア!? ナンデェ!?
えっと、こういうときってどうするんだっけ!? 私、地球のトップにも会ったことないんですけど!?
何でアポなしで突然来ちゃうのよ!? そりゃ陛下も国民に含まれるでしょうけど!!!
こ、これって、アレですか!? いわゆる、私、何かやらかしちゃいました!?ってやつですか!?
つづく
※一巻の終わり
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