再チャレンジ
私とルナはアンケート結果を受けて、試行錯誤を繰り返した。
少し手の込んだことをすると、エネルギー消費が増えてしまう。すり潰して寒天やゼラチンで固めてみたり、調理の仕方を変えてみたり。一進一退である。
味付けについては、まずはアンケートの結果から大まかに決める。醤油や味噌は単体ではやはり好みが別れるが、甘みや出汁を多めにすることで、概ね好評な結果となった。
例えば、醤油単体ではダメでも、照り焼きにすると受け入れられやすい。味噌も田楽味噌ならトップレベルの人気である。
味覚はルナと私の間でも少し違う。ハイブリッドの私は、旧人類の味覚器官からの入力値を変換して使用しているため、純粋な新人類に比べるとセンサー特性が異なる……ぶっちゃけ劣るのである。そこで、お互いの好みをすりあわせるために、接触接続を介して感覚を共有する。
普段はネガティブな感情渦巻く彼女であるが、食事をしている瞬間は、幸せな感情が私に流れ込む。姉バカと分かっているが、幸せ二倍である。正直、こうしていると何でも美味しいので、体重も少し増えてしまった。本末転倒である。
そしてもう一つの問題があった。
やはり私達はプロではないので、単品を改良することはできても、全体的なバランス感覚はない。シェフのアドバイスを仰ぎながら、バランスを整えて行く。
その中で、私達には一つのアイデアが生まれた。それは――。
ブライトン少尉を再び招く。
「まぁ! ずいぶんと印象が変わりましたのね」
前回よりも食いつきは良い。好発進だ。
「はい。このお弁当は、三行三列の九つのマスを使って地球と火星の旅を表現しました。左の列は地球、真ん中の列は宇宙、そして右の列は火星です」
「容器が半透明になりましたのね」
「はい。その理由は後ほどご説明します」
「どの順番で食べればよろしくて?」
「それでは、左上から参りましょう。左上は、深緑のヨモギの生麩と、色鮮やかな紅葉型の生麩です。緑豊かな地球の四季折々を表しています。味付けには、職員アンケートで意外と人気のあった田楽風の味噌を使用しました」
「もちもちした食感と、甘みの中に感じるほのかな香ばしさ。バランスが素晴らしいですわね。アンケートで人気なのも頷けますわ」
「続いて、左側中央。こちらは、シンプルな豆腐の冷や奴です。醤油はあえて入れていません。生姜をのせてお召し上がりください」
「素朴で優しい味わいですわ。これは何を表現されてますの?」
「家族愛です」
「家族愛……?」
「冷や奴をお弁当に入れるのは希なのですが、実はこの食材、パブリックドメインになった個人データバンクから偶然見つけたレシピなんです。かつてアレス計画で地球から火星に移住した家族に贈られたレシピのようです。できるだけ手を加えずに使用しました」
「……そう、それなら、本当に愛情の籠もった味わいですのね。何だか懐かしい気持ちになりますわ」
「左下は地球の夕焼けを表現しました。コンソメのジュレに、カマボコと、カボチャ、サツマイモのペーストの寒天を混ぜたものです」
カマボコの半円を夕陽に見立て、カボチャやサツマイモの寒天で海岸線や小島のシルエットを表現している。
「地球の夕焼けは、本当にオレンジ色ですのね」
「はい。ブライトン少尉にもぜひ実物をご覧頂きたいです」
「その日はきっと遠くはありませんわ」
火星アストロ・レールウェイの職員ウケが良いのは、やはり地球の夕陽の話題だ。火星とは真逆だからこそ、一度は見てみたい憧れ光景なのだろう。
「これは……何と表現すれば良いのでしょうか。あっさりしているのに、キノコやチーズに似た何か……口の中が幸せですわ」
「それは『旨味』でしょうか。コンソメスープには、旨味成分のグルタミン酸とイノシン酸が含まれ、塩や醤油の量を減らしても味わいを保てるんです」
この辺は、まだまだ改善の余地が大きい。第一次データバンクに収録されているスープ類は、全般的に味付けが壊滅的で、コンソメスープにすら旨味が感じられない有様だ。インスタントスープを混ぜずに上澄みだけスキャンしたのかもしれない。現状では成分濃度を調整してジュレに使用しているが、本当はちゃんとしたコンソメスープを分子スキャンしたいところだ。
「中央下は、宇宙への旅立ちを味で表現しています。フキの炊いたん風の寒天です」
「タイタン……ですの? それは木星の衛星ではなくて?」
「ではなく、ある種の煮物を地球の古い言葉で『炊いたん』といいます。フキを再現するのはエネルギー消費が多いので、フキ風味の寒天を使用しております」
「甘くて、少しほろ苦くて、塩味が強いですわね。複雑な味わいですわ。これは……故郷との惜別の味ですわね」
「はい。個人的な想いも重ねてアレンジしました」
本当のフキの炊いたんは、そんなに塩味は強くない。そこは、ちょっとしたアレンジである。
「中央は、ランチョンミートを丸くくり抜いて作った肉団子のレッドアラート煮です。星形に切り抜いたプロセスチーズを添えました」
「レッドアラート? これは何を表現されていますの?」
「小惑星を表しています。私達は火星への道のりで小惑星帯で遭難しかけました。小惑星は火星と地球の間に立ち塞がる存在です。比喩的な意味でも、私達の間にある不理解を取り除くことで友好へのターニングポイントになって欲しいという願いを込めました」
「あら、ずいぶんと踏み込みますのね」
「……ええ。でも小惑星のインシデントは、私とルナが理解を深め合ったきっかけでした。印象深い出来事でしたので、触れないわけにはいきません」
「障壁は早く食べてしまわねばなりませんわね」
ブライトン少尉は、パクリと口に放り込む。
「ピリリと来ますわ。確かに
「ランチョンミートは市民食の中でも当たりメニューとして人気が高く、皆楽しみにしているそうです。アンケートでも一般市民、専門市民問わず人気のトップでした」
「分かりますわ。専門市民の間でも、実はハンバーグよりも人気ですのよ」
だったら、ハンバーグの代わりにランチョンミートを食べて、ハンバーグ生成のエネルギーを一般市民に回せばいいのにね。言わないけど。
「つづいて、中央上は、新たな世界への期待を表しています。大根おろしのゼリーをゆず大根風に爽やかに仕上げました」
「酸味がさっぱりとしていて、新鮮な味わいですわ」
「大根は生のほうが食感が良いのですが、レプリケータではどうしても生大根の食感を再現できませんでした。そこで、食味だけでも再現できないかと工夫しました」
「確かに生野菜は課題ですわね。皆が食に関心を示せばそのうち技術も進歩しますわ。けれども、これはこれで美味しゅうございますわ」
お次は、エネルギー面で最大の難関――米である。
「右上は、赤飯風おこわご飯です。火星のエリシウム平原の、クレーターでゴツゴツとした地表を表現しています」
なぜ赤飯風なのかというと、エネルギーの都合で小豆自体は省略しているからだ。
「まさか、この黒いのは鉄粉かしら」
「いいえ、さすがにそれは。少し砂鉄をイメージしていますが、ただの黒ごまです」
「ライスにしては、もっちりした食感ですのね」
「はい。普通の白米の代わりに蒸した餅米を使用しました。これはルナのアイデアなんです」
「そうなんですの?」
「はい、私の冴えたアイデアです。レプリケータの消費エネルギーを抑えるためには、リピートしたり解像度を落としたり、密度を上げることが重要です。普通の白米ではどうしても潰れた米粒や継ぎ目が食感を損なってしまいますが、餅米を使用すれば食感が損なわれません」
「確かに、言われてみれば、リピートの継ぎ目が見えますわね。でも言われなければ気づきませんでしたわ」
「餅米ならちょうど良いのです。自然とくっつくので」
「なるほど、料理とは工学ですのね」
実際、ルナのおかげで、ご飯の所要エネルギーが六分の一になり、他の具に回すことができた。お弁当には欠かせない主要技術となるだろう。
「右中央は、温泉固ゆで卵です。コロニーのドームをイメージしました」
半分に切ったゆで卵は、普通、黄身が見えるように切り口の方を表に向けるものだ。しかし、ドームのように見えるよう、あえて裏返している。そして白身の表面には、ドームの梁をイメージした簡単な彫刻を施した。さらに、底にサーモンのテリーヌを敷くことで、色味を補った。
「うっすらと、温泉の香りと塩味を感じますわね」
「実際にレプリケートした卵を温泉に浸けてデータ化しました。このコロニーでは温泉の熱も利用して人々の生活を支えていると聞きましたので、ぴったりな調理法ではないかと」
「まさにこの私達の生活の象徴ですわね。ただ、温泉に浸けるなんて調理法は存じませんでしたわ」
やはり、温泉卵も失われていたのか……。そりゃ、生卵をレプリケートして温泉で温めるなんて、時間とエネルギーの無駄だもんな。
「右下は何かしら」
「デザートの『火星の夕焼け羊羹』です。火星の青い夕焼けの美しさを表現しました」
羊羹の上に、青く透き通った寒天を固めたものである。
「まぁ!本当に美しいですわ。私がこの星で最も好きな光景ですのよ! でも、これがヨーカンですの? ヨーカンといえば、真っ黒で不気味な塊のイメージですわ」
「地球にはギャラクシー羊羹という伝統菓子があるのですが、それを火星風にアレンジしたものになります。普通の羊羹の上に青や白に着色した寒天を固めました。手作りではなかなか難しいのですが、レプリケータで濃度調整して太陽の輝きを表現しています。金粉は夕空に浮かぶ星々をイメージしています。この美しさが映えるように、お弁当箱も半透明の容器としました」
「食べてしまうのがもったいないですわ」
ブライトン少尉は、羊羹をしげしげと眺めている。技術には『映え』が大切だと、シエラ副長から教わった。まさにこういうことを言うのだろう。
「安心してください。火星の夕焼けの羊羹のデータは少尉にお渡ししますから」
私がそう言うと、ブライトン少尉は決意を決めたようにパクリと口に含む。
「……ん~! 上品な甘さですのね。ヨーカンといえば品のない甘さのイメージでしたわ」
「砂糖の量を調整して甘さ控えめにしています」
「わたくし、甘すぎるのは苦手ですの。これは気に入りましたわ」
「お気に召していただき良かったです」
こうして、ブライトン少尉は残すことなくすべてを平らげた。
「美味しゅうございました。感動しましたわ。これでエネルギー消費はどうなりましたの?」
「最初の試作品に比べると、手が込んでいる分増えてしまいましたが、何とか市民食一食分に収まりました」
「……信じられませんわ。これは革新的ですわよ 」
「でもぶっちゃけ技術的には、ディストピア飯とそんなに変わりませんよ。すり潰して固めたものが殆どですからね」
「いいえ、違いますわ。これは物語ですわ。左から読めばあなた方の物語、右から読めば私の未来の物語。これまで、私達にとって食は生きるための栄養を摂取するためのものでしたの。料理の見た目や、ましてや物語を楽しむものではございませんでしたわ。この宇宙駅弁が全てを変えてしまいました。本当にすべてを……」
そう、私たちのアイデアとは、松花堂弁当をマンガのコマに見立てて、物語として表現することだった。そして、物語は人の数だけ解釈がある。この弁当は、まさに宇宙なのである。
……なんてね。
「試食会が楽しみですわね」
ブライトン少尉は、ふふふと笑って、口元を拭った。
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