アンケート
味の調整は、アンケートを採るしかない。味の濃さや味噌や醤油の味がどの程度受け入れられるかは未知数だからだ。
ブライトン少尉はお茶会で専門市民出身の職員に、私達は職員食堂で一般市民出身の職員にアンケートを採ることにした。
「試食アンケートにご協力ください!」
しかし、反応は冷ややかである。一般市民の職員は私達を警戒しているようだ。私達は専門市民のような立ち振る舞いの上に、異星人で、しかも人工生命体である。警戒されるのは当然だが、敵視までされるのは心外である。
ところが、数日後、天変地異が起きた。
きっかけは、先日の女性少尉だった。彼女はルナに近寄り、思い切った様子で話しかけてきた。
「っ、ルナ少尉……あ、あの……レッドフォード大尉に話を聞いたんだけど、私にも地球流の食べ方を教えてくれない?」
すると、男性少尉もそれに続く。
「ルナ少尉! 俺にも!」
いつしか、ルナの周りに人だかりができていた。レッドフォード大尉から噂が広がったのだろう。
こうして、ルナが試食品を使って地球流のカトラリーの扱いをレクチャーする事になったのであった。
「では、私をよく見ていてくださいね。ナイフはこのように――」
ルナの気遣いがこのように評価されるのは姉として鼻が高かった。まあ、ルナは浄化済みモード(?)なら、変に自画自賛もしないし、人当たりも良い。相手のペースに合わせて実演してみせるのが上手いから、分かりやすい。人気になるのは当然だろう。私はちゃらんぽらんだから、こういう時に信用されないのである。とりあえず、私は後方姉貴面でアシスタントに回ることにした。
こうして分かったことがある。彼らは何となくそれを上流階級の食べ方だと理解している。しかし、ルナがそれを地球流と呼んだことで心を開いたようだった。彼らは上流階級のことは気に入らなくても、地球には興味がある。地球に行くためには、地球流の食べ方をマスターしなければならない。そのうえ、由緒正しいのは地球の方なのだ。
ブライトン少尉の視点を先に知ったことで、私達には勝手な固定観念が生じていた。しかし、立場や市民階級がどうであろうと、私達はお互いの星に憧れる仲間なのだ。私は何のためにここに来たのか。私は見失っていた。
ルナの講義が一段落したところで、私はこんな質問をしてみた。
「地球について質問ありますか?」
ルナが彼らの心を開いてくれたおかげで、反応は悪くない。
「……地球の夕焼けって本当にオレンジなの?」
「そうなんですよ! セト内海に沈むオレンジ色の夕陽と、沢山の小島のシルエット。とっても綺麗ですよ」
「じゃあ、昼間の空は何色なんだ?」
「青色です。これは私が撮った写真です」
私は個人端末で、地球の写真を何枚か見せる。
「本当に火星と逆なんだ……」
「この目で見てみたい!」
わらわらと人が集まってきた。
「私達も火星に憧れてここに来たんです。でも、ここに来るまで青い夕焼けのことは全然知りませんでした。この綺麗な景色をぜひ地球の仲間に見て欲しいです」
そう言うと、大尉が鼻高々に応じる。
「そりゃ、俺たちの星が一番だからな」
「じゃあ地球に行かなくていいじゃん」
「そりゃ地球の景色は見てみたいけど、住みたいのは火星だろ?」
そっか……。いくら階層社会でも、生まれた星には愛着がある。そんな当たり前のことに私は気づいていなかった。私は心のどこかで、地球の方が優れていると考えていたのかもしれない。
「私は火星のことがもっと知りたいです。火星の好きな風景とか、好きな料理とか、色々教えてください」
こうして、ルナが試食品を使って地球流のテーブルマナーを教え、試食品のアンケートに答えてもらう会が定着した。
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