迷い



――ヒカリ・サガ個人日誌 

――火星歴 一四一年二〇月一七ソル

――本日から火星歴で記載する。外交機密扱いで記載。私たちは、ブライトン少尉から聞いた火星情勢について、ルナ准尉と話し合った。





 私達はブライトン少尉を見送った後、二人で話し合った。


「ルナ、どう思う?」

「……おでこを貸してください」


 ルナはコツンと、額を私の額に重ねた。既にお互いの接続を許可しているので、すぐに相互接続が確立する。


 スッとルナの感情が流れ込んでくる。彼女は何かを警戒しているようだった。胸の辺りがザワザワとする。ルナから感じるのはいつもネガティブな感情ばかりだ。いつの日か、彼女のポジティブな感情に浸りたい。


〈すみませんね、ネガティブで〉


――えっ!? あ、そうか、思考を


〈はい、全部読んでますよ〉


 可愛い妹に脳を弄られるの最高かよ。


〈変なことを考えないでください。だいたい、姉さんは警戒心が薄すぎます〉


――念話と違って全部ダダ漏れなのね。


〈当然です〉


――で、なんで、これで会話してるの?


〈盗聴されている可能性を考えると、これが一番安全です。一応盗聴器がないことは確認しましたが、音が漏れないとも限りません。センシティブな話をするときはこうしましょう〉


 あと、ヒカリ姉さんの穏やかな感情に触れていると心が安まりますからね。え、待って、これ私の思考じゃない。深いレベルでリンクしているのでこうなるんですよ。思考に割り込むのやめて! 訳分かんなくなるよぉ。



 脳内でのじゃれ合いもこれぐらいにして……。



――ところで、ブライトン少尉のこと、どう思う?


〈ブライトン少尉を信じて良いのか分かりません。私達を利用して何らかの目的を果たそうとしている可能性があります。警戒するべきかと〉


――でも、さすがに二年もの間ガチのディストピア飯はしんどい……よね。


〈同感ですが、問題意識を伝えるために、私達にわざと食べさせたのでしょう〉


――……まあ、それは少なからずあるだろうね。


 いくら歓迎されていないからとはいえ、曲がりなりにも外交官の身分の人間に対して、いきなりあの食事はあり得ない。何かの意図があるのは確実だ。


〈姉さん……私達にできることは何もありません。下手すると内政干渉になってしまいます。素直に専門市民用の食事を手に入れることが無難でしょう。私達には専門市民の最下級相当の資源割当量があります〉


――でも、それをすると、ブライトン少尉には軽蔑されそうだよねぇ。


〈特別仲良くする必要はあるんでしょうか?〉


 ちょっぴりジェラシーを感じる。ルナってば独占欲も強いんだから。うるさいですね。


〈『この星を愛している』なんてことを言う人にまともな人はいません。ヒカリ姉さんでさえ言わないのに〉


――あはは、絶対本人に言っちゃダメだよ。


〈はい。だからこうして直接思考を交換してるんです〉



 最悪の場合、殺虫剤を振りかけられたのも、私達を取り込むための演出かもしれない。単に憂国心に駆られた世間知らずのお嬢様のようにも感じるが、実は能ある鷹は何とやらかもしれない。


 まあ、それは根拠のない陰謀論に過ぎない。


 それにしても、初めて訪れる異国の地で、最初に優しくしてきた人物に身ぐるみ剥がされる、というのは旅行記モノの定番ストーリーである。それに、上流家庭出身のルナだからこそ、同じ上流階級のブライトン少尉に何か臭うものがあるのかもしれない。


――警戒はしないとだけどね。


 でも、もう既に火を付けられちゃった感はあるんだよね。


〈……分かってます。姉さんは食文化の復興に興味があるんですよね。フードレプリケーターの改良に挑戦したいって〉


――うん。技術者としては、そういうソフトウェアのほうが専門だからね。


 ……でもまあ、リアルディストピア飯文化は、それはそれで貴重だから大切にしたい気もするが。


〈ならば、こうしてはどうでしょう? アストロ・レールウェイの食堂車のメニュー開発です。それなら、あくまでも職務の範囲内ですし、地球側にもメリットがあります。何より客寄せにも使えるでしょう〉


――確かに、それなら、内政干渉とは取られないか


〈……危ない橋ですけどね〉


――ありがとう。その方向で考えてみる。



 さすが優秀な我が妹。私なら何も考えずに勢いで巻き込まれちゃうところだったよ。頭が良くて、思慮深くて、私のことをちゃんと考えてくれて。ありがとう、感謝してる。


〈あ……ううぅ……〉 


 私の姉バカ思考に耐えきれなくなったのか、ルナは声にならない呻き声を上げ、顔を真っ赤にして接続を切ってしまった。


 その後、しばらくの間、悶えるようにベッドに転げ回るルナであった。我が妹が可愛い過ぎてつらい。

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