カポーン


「こ、これは……!」


 私は目を疑った。


 木棚に大きな籠が並ぶ更衣場、巨大な鏡の洗面台、そして引き戸の向こうには大浴槽――間違いない。


「ジャパニーズ・クラシック・オンセン・スタイル……!?」


 アーカイブのマンガやアニメでしか見たことのない光景がそこにあった。



 しかし、ルナは面食らった様子である。


「な、何ですか、これは?」

「地球では大昔に廃れた公衆浴場のスタイルなんだよ。こっちの更衣スペースで脱いでから、あっちの大浴場に入るっていう」

「まぁ、ご存じでしたの」

「……えぇ、文献では。今の地球にも、あるにはあるみたいなんですが、私は行ったことがないんですよね~」


 そう言いながら、私は鼻歌交じりにジャケットを脱ぐ。


 ちなみに、今の地球では風呂付き客室か、貸し切り風呂が圧倒的多数派だ。こういう大浴場スタイルは、文化技術復興省の別部署が手がけるアワジ島の文化村的なハコモノが私の知る唯一の例だ。


 ルナが慌てて私を止める。


「姉様! 人前で、はしたないですよ!」

「えっ、こういうものですよね?」

「そうですわ」

「えぇ……そんな……」

「まあ、大浴場は、皆で入るスタイルだからねぇ。あ、そうだ、私の記憶を全部ダウンロードしたなら、『日本 温泉 大浴場 二十一世紀』あたりで検索するといいよ。入浴方法も書いてあるから」


「……ブライトン少尉も一緒ですか?」


 そう言うルナの声は不機嫌だ。


「……。今日のところは遠慮させていただきますわ。ただ、火星では資源が限られているため、公衆浴場が一般的ですの。お慣れになってくださいませ。わたくしは入口の外におりますわ」


 ……。 


 …………。



 カポーン。


「うひゃー!」


 本当に、カポーンって音が鳴るんだ! 


 カポーン。カポーン。カポーン。


 たーのーしーい!


 桶で遊ぶ私をよそに、ルナはそそくさとシャワーを終えると、恥ずかしそうに浴槽へ飛び込んでしまった。私もしばらくしてから後を追う。


 お湯は黄褐色に濁っている。どうやら含鉄泉らしい。しかも、少し舐めると、なかなかに塩っぱい。この感じ、地球でいえばアリマ温泉の「金泉」ぽい感じである。エリシウム平原には未だ地震活動があると聞いていたが、まさか温泉まであるとは驚きである。

 

 そして、壁にはオリュンポス山が描かれている。この徹底ぶりは、なかなか趣深い。


 ……ただ、どっちかというと、これは温泉というか大型銭湯だな。



「あぁ~よみがえるぅ~」

 

 私は湯に浸かり、大きく伸びをする。


 一方のルナはお湯に口元まで埋めながら、ブクブクとしている。


「ねえ、私しかいないんだから、恥ずかしがることないのに」

「……恥ずかしいものは恥ずかしいんです。いくら姉妹でも、この年で一緒にお風呂に入るなんてあり得ません」

「あはは、地球ではね」

「姉さんのほうが順応早すぎです」

「羨ましい?」

「はい」

「い~でしょ~」


 そう言いながら、私はルナを肘で小突く。


「むー……」


 次の瞬間、手刀が飛んでくる。


 即座に水鉄砲で応戦する私。ルナも負けじとお湯を私に掛ける。ザブンザブンと水面が波立つ。いつしか、ルナの顔にも無邪気な笑顔が漏れ始める。


 こうしていると幼い頃のことを思い出す。あの頃の私に自慢したい。今はこんなに可愛い妹がいるよ、と。


 ……だが、少々はしゃぎすぎた。


 風呂から上がる頃には、私たちはすっかり茹であがってしまっていた。


「そういえば、私達、熱に弱かったんだったね……」

「……ヒカリ姉さんは、まだマシじゃないですか。ハイブリッドなんですから」



 ノックの音が聞こえる。



「そろそろ、よろしくて? 入りますわよ。……きゃあ! どうなさいましたの?」


 それは驚くだろう。私とルナは、二人してぶっ倒れていたのだから。


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