物品扱い
「おお! 大都会だ」
「……すごい」
ルナも驚きの声を漏らす。
ここからはコロニーの全体を一望することができる。ドームの内部はクレーターのすり鉢状の地形をそのま利用しており、ここがちょうどその縁の部分にあたるからだ。
コロニーの中央には高層ビル群が林立しており、物資を運ぶ大型ドローンがシステマチックに飛び交っている。その周囲は東西南北で四つの区画に分かれており、それぞれ、工業街、農地、住宅街、そして貯水池として計画的に利用されているようだった。
私達は生まれてこの方、生きている大都会を見たことがない。首都オカヤマの市街地でさえ、田園地帯に巨大なモノリスのようなビルが疎らに生えているだけの田舎である。国定史跡トーキョー・チヨダ遺跡のような廃墟だけは山ほどあるが、こんな風に生きた大都会を見るのは初めてだった。
お上りさん気分丸出しで、ブライトン少尉に尋ねる。
「火星アストロ・レールウェイ公団の本庁ビルは、あの辺ですか?」
私が高層ビル群を指さすと、ブライトン少尉は、静かに首を横に振った。そして、スッと別の方角を指差す。その先は、農地区画の隅っこ――まさにドームの内縁部に接している、古びた低層ビルであった。
「なるほど……親近感が湧きますね」
地球の本庁もあんな感じだから、何ともコメントしがたい。多分、何かの旧庁舎なのだろう。
荷物運搬用ドローンが先行し、私達は徒歩でそこへ向かった。
この庁舎には職員寮も併設されているようだ。庁舎の裏側にはアパートのように各部屋に個別の勝手口があり、庁舎の門限後も自室には外から自由に出入りできるようになっているらしい。私達は、そのうちの一室に案内された。
この部屋が私達が二人暮らしする居室であり、国際アストロ・レールウェイ協議会地球政府代表部としての在外公館を兼ねることになる。といっても大使不在で私達三等書記官のみが駐在するだけの何の権限もない謎公館であるが。
寝室はツインベッドの洋室で、ホテルで例えるならスーペリアツインといった広々とした部屋である。そして、寝室とは別に小さな応接間もある。
トイレはあるが、ミニキッチンや風呂はないようだ。ホテルに比べると調度品はどれもこれもくたびれているが、寮として考えると贅沢である。恐らく本来は佐官クラスの宿泊所なのだろう。
私達の荷物は先に届けられていた。もちろん粉吹きベトベトの状態である。開封された形跡がないことだけが不幸中の幸いだ。そもそもスーツケースの外側だけ殺虫消毒して何の意味があるというのだろう。嫌がらせかな。
ブライトン少尉は背中で部屋の扉を閉じ、溜息をついた。
「無礼をお詫びいたしますわ。彼らの検疫規約では、惑星外からの持ち込み物品は殺虫及び消毒しなければならないと定められておりますの」
いやいやいや……。今のは聞き捨てならない。この哀れな荷物達と同じように殺虫剤を振りかけられた私達は、つまるところ物品と同じ扱いということなのか。
「我々を物品扱いなさるというのが、貴国の公式なお立場なのですか?」
「……それについては、わたくしはお答えする立場にございません。少なくとも国王陛下は、あなた方を外交官として受け入れる以上、接受国の義務の範囲において、人間とみなして保護するよう勅命を下しておいでです」
それで、粉まみれでエタノール滴る外交官ねぇ……。
「……ここからは私個人の見解ですが、よろしくて?」
ブライトン少尉は声を潜める。
「はい」
「我が国も一枚岩ではございませんわ。現実問題として、あなた方を人間と考えるかどうかについて、統一見解はございませんの」
私が文化技術復興大臣に突きつけた二つ目の要求事項、それが私を正式な外交官として派遣することであった。
『――二つ目。私と同行者を正式な外交官として派遣してください。つまり、私達の身の安全を確保するため、ウィーン条約と同等の外交特権が保証されるよう火星政府に要求してください。可能ならば宿舎を在外公館扱いにできるとなお良いです』
私は大臣にそんな無茶振りをした。我ながら先見の明があったと思う。もしそうしなかったなら、私達はただの物品扱いだったのだ。その点については大臣に感謝しなければならないだろう。
外交官カードを切っても、外交官を名乗る物品扱いであるが。まあ、少なくともあのスーツケース同様、中身を開封されることは避けられそうだ。
「発言してもよろしいですか?」
と、ルナ。
「私はともかくとして、少なくとも姉は、生物学的にヒトですが?」
「それに関しても統一見解はございませんのよ。テクノロジーの一部にヒトの細胞を用いていることと、人間であることは別の話、という意見もございますわ」
ルナは表情を変えない。しかし、私には分かる。その凄まじい怒りのオーラが。怒ってくれてありがとうね、と私はルナの手を握ろうとするが、即座に振り払われた。ああ、そうでした。殺虫剤の粉末でダマダマまみれでした。
ブライトン少尉はさらに続ける。
「……お気持ちはお察しいたしますわ。我が国はこの厳しい環境を生き延びるために科学者が直接国の舵取りをしておりますの。なまじ詳しい故に、人工知能やサイバネティクスの分野に夢を見られないのですわ。その上、あなた方は四百年前の技術です。安易に人間同等と認めるのは彼らのプライドが許さないということもございましょう」
ルナが一人で火星に来なくて本当によかった、と私は思った。ルナは生意気な優等生だが、泥臭く図々しく生きるタイプではない。
「――この度のご無礼については、このわたくしが責任をもって対処いたしますわ。今回はわたくしに免じて、どうか矛をお納めになってくださいませ」
ブライトン少尉はそう言って頭を下げた。こうされてしまうと私は弱い。
「あ、頭を上げてください。分かりました。ただ、ちょっと、それにしても、このままではアレなので……」
我々はエタノールが乾いて粉がカピカピ星人である。
「そうですわね。では大浴場にご案内いたしますわ」
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