題意より明らか
「結果、どうでしたか!?」
私がホログラムシミュレーター室を出た瞬間、ルナが飛び掛かってきた。
あまりにも必死すぎるので、ちょっと魔が差して、少しからかってみたくなった。わざと、しょんぼりとした表情を作って見せる。
「……」
途端に、ルナは焦った表情で、私の個人端末を奪おうとする。
「結果は……? 結果はどうなんですか!?」
ああ、もう可愛いすぎかよ。
もう限界だ。私は顔面が崩壊する直前に、個人端末の画面を彼女に見せた。
「じゃーん! 合格ぅ!」
「……良かった……良かった……」
ルナは膝から力が抜けたのか、その場にペタリと崩れ落ちた。お小言の一つや二つ言われるものと思っていたので、かえって私があたふたとしてしまう。
「と、とにかく、ありがとうね」
ルナの身体に力が戻るのを待ってから、私達はラウンジ車に移動した。
ルナに採点結果を見せる。ルナはふむふむと点数を眺めていたが、徐々に驚愕の表情に変わる。
「理系科目が七割正解!? 『題意より明らか』とかいうふざけた解答を除けば、全問で部分点を稼げてます。どんな奇跡が……」
「ああ、それは、ルナのおかげかな」
「……私、この辺、何も教えていませんが」
「厳密には、Vルナかな」
「……何ですか、それ」
「説明しよう! Vルナとは――」
脳内に生み出した仮想のルナについて、そしてイモウト・コールシステムの発明概要を説明する。しかし、それを聞くルナの表情は徐々に曇って行った。あれれ? あれれれ?
説明を終えると、ルナはポツリと呟いた。
「……浮気者」
「えっ? 何が」
「それは私ではありません。そんなアイデアがあったなら、私のモデルから知識蒸留なりで転移学習させて、ちゃんと私の分身を作ってください」
彼女はむくれた表情でぶーぶーと文句を言い続ける。
「ごめんごめん、思いついたのが試験中だったんだよ。次からそうするから」
「絶対ですよ」
ようやく落ち着いたようだった。変なところに拘りがあるのは、私だけでなくルナもなのだ。
ラウンジ車でお茶をしながら、二人で合格を喜び合う。
「まあ、とにかく、合格おめでとうございます」
「ありがとう。ルナのおかげだね」
「それほどでも……あります」
「そうだ。約束通りお礼をしないとね。何がいい?」
すると、ルナは改まった表情で私に言った。
「……二つ、お話があります」
「うん」
「……」
彼女には珍しく、ガチガチに固まっている。
「うん?」
「一つ目……! ヒカリ……少尉への合格祝いとして……私は……私は! あなたの、い、妹になりたいです」
「!?」
今何と!? 私の妹に!?
「二つ目、ご褒美として、私の……! 本当の! お姉さんになって貰えませんか?」
ルナは勇気を振り絞るように、拳を握りしめて私にそう言った。
車内がザワっとする。
「えっ……マジで?」
これはまた、中々欲張りな。合格祝いと褒美の要求を兼ねる奴がどこにいる……。
そう茶化して誤魔化そうかと一瞬思ったけれど、ルナの真剣な眼差しの前では、それ以上何も言えなかった。
「はい。マジです」
「つまり、それはその……本当の姉と妹の関係として、登記までしたいってことなんだよね?」
「はい」
一応補足すると、赤の他人同士が本当の兄弟姉妹の関係になることは法的に可能である。現在の地球の法制度では、戸籍制度や世帯制度は廃れ、あくまでも個人を基本にした個人関係の登記制度となっている。そのため、血が繋がっていなくとも、実態として姉と妹の関係であるならば、その関係は登記可能である。それは個人履歴事項全部証明書に記載され、法的にも証明されるのである。
簡単にいえば、義兄弟姉妹の契りを法制化したようなものだが、法的には実の兄弟姉妹の関係とまったく同じである。それ故に、義兄弟姉妹の契りを交わしたとしても、実際に登記までする例はそれほどない。政府統計局のデータを見たことがあるが、確か年に一件あるかないかだったはずである。
「……これは大切なことだから、一時的な衝動で決めることじゃないよ? ちゃんと理由を聞かせて」
「……私、ヒカリ少尉とは、友達としては長続きしません。無理だと思います」
「え、そんなことないと思うけど」
「いえ、私は妬ましいんです。ヒカリ少尉のすべてを妬ましく感じます。私はこの気持ちをコントロールできません。友達にそんな感情を向けるのは間違っています。これ以上近づけば、あなたを傷つけてしまいます。そんなこと、許されません。ましてや、親友になど……」
うーん、そうかなぁ~。
「ヒカリ少尉は、お一人様エンジョイ勢ぽいですから、今のままなら、そのうち疎遠になっていく未来が見えます」
「……意外と気の合わない友達のほうが長続きすることもあるよ?」
「そんな友達、ヒカリ少尉にいるんですか?」
「……いいえ、いませんでした」
「でしょうね」
「何を~!?」
……まあ、実際そんなに親しい友達はいないんだよね、私。一人で黙々と遊ぶのが好きだし。お一人様エンジョイ勢というのは、割と当たっているかもしれない。
「……でも、気づいてしまったんです。どうしようもないダメ姉貴になら、ちょっとだけなら甘えて、妬んでも許されるんじゃないかと」
「ダメ姉貴……! それは、なんというか不名誉な……」
古今東西、小説やマンガの世界では、上級生を姉として慕うキャラクターが登場する。理由は、憧れだったり、尊敬だったり、思慕だったり色々だ。しかし、まさか、そのいずれにも該当しない、「どうしようもないダメ姉貴」という理由で、自分がその当事者になろうとは思っていなかった。しかも、友達は傷つけたくないけど、ダメ姉貴になら甘えていいって、どういうこっちゃ。
……けど、ルナにダメ姉貴扱いされるのは、案外嬉しかったりもする。私も妹が欲しかったし、実際にいたら、きっとダメ姉貴扱いされていたのだろう。
「……確かにルナはしっかり者で、生意気な妹枠かもねぇ」
私がそう呟くと、ルナは一瞬むくれた顔を見せる。
「生意気……! ……まあいいです。生意気な妹とダメ姉貴、私たちにはそういう親しさが一番合っていると思うんです。そうなったらいいなって、思いませんか?」
今日のルナはぐいぐい来る。ぐいぐい、ぐいぐい……。
「うん、正直それは思う」
じゃなかったら、イモウト・コールなんて発明?をするわけないからね。
「私は友達でいるよりも、妹でいることを選びたいんです」
……。
ちょっと待った。それはダメだ。
「……友達じゃなくなるのは、私は嫌だな」
「そうですか……。やっぱり妹なんて無理ですよね」
ルナは今にも泣き出しそうな表情だ。
「待って、無理とは言ってないよ? ルナの気持ちは分かった。だから、私の話もちゃんと聞いてね」
そう言って、私はルナの両肩をしっかりと掴んだ。
「……はい」
「まず、勘違いしないで欲しいんだけど、私は嬉しい。ずっと妹が欲しかったからね」
「えっ」
「昔、両親に妹が欲しいって泣き喚いてた時期があってね。でも、私の母は旧人類なんだけど、私がお腹の中で死にかけたときから次の子供は諦めたみたいなんだよね」
新人類と旧人類は隠し機能を有効化することで交配可能である。だが、旧人類の母親からは女性の旧人類しか生まれない。両親の外見を受け継ぐよう遺伝編集されてはいるが、実質的には母親のクローンのようなものなのだ。現在の地球では旧人類が少なく、遺伝的多様性に乏しい状況にあるため、私のように遺伝エラーが顕在化しやすいのである。つまり、妹も私と同様になるリスクが高かった。今なら両親の決断の理由は理解できる。
「――だから、私の望みはずっと叶わなかった。何となく、母も父もずっと負い目を感じてたみたいだから、このことは喜んでもらえると思う。だから基本的には前向きに考えてる」
「……はい」
「でもね、そのためには絶対に犠牲にしたくないものがある。何だか分かる?」
「……何でしょうか」
「ルナと友達だってことだよ」
「友達……」
ルナは目を丸くした。私がそんなことを言うとは思わなかったのだろう。
「私を『友達として傷つけたくない』と思ってくれていることは素直に嬉しい。でもね、これだけは絶対譲れない。ルナとの友達関係を犠牲にするぐらいなら、妹は要らないよ」
「……」
「ルナは頭が良いから、自分を客観視できるし、将来が見えちゃうんだろうね。多分それは高確率で当たるんだと思う。でもね、少なくとも今ルナのことを大切に思っている友達に対して、『友達でいられないから、友達よりも妹になりたい』なんてことは言ってはいけないと思うんだよ」
私は、穏やかかつ静かに怒りを表明した。
「……短慮でした。すみません」
「許す」
「……早」
涙を堪えながらも、ツッコミは忘れないルナである。
「ルナにとっても辛い決断だったんでしょう」
「はい……。できることなら、ずっと……友達でいたいです」
「うん。ありがとう。私は諦めないから、ルナにも諦めて欲しくない。友達でいることを」
「……分かりました。諦めません」
「友達としては今まで通り。友達でいられる限りずっとね」
「はい」
でも、そう答えるルナは、どこか残念そうだ。
「よし、喧嘩は、これで終わり」
「えっ」
「大切なことのためなら怒っていいんでしょ?」
「今の怒ってたんですか? なるほど……なるほど……」
よく分からないが、ルナの瞳の中で嫉妬の炎がメラメラと立ち上がったような気がした。冷静に怒れるスキルが羨ましいとか、そういういうやつだろうか。
「……それはさておき、友達関係と姉妹関係って両立できるよね。場面場面で立場を使い分ければ良いと思うんだよ」
「……?」
「ルナが本当に望むなら、私は友達にプラスで、ダメ姉貴になる。ルナが、友達に向けるのは違うな~って思うようなネガティヴな感情は、ダメな姉さんとして受け止めてあげるよ。友達兼姉妹、それでどうかな?」
ルナの顔がパッと明るくなる。
「はい、そうして貰えるなら嬉しいです」
「でも、ダメな姉さんだから、可愛い妹を溺愛しちゃうかもよ?」
「望むところです。溺愛しちゃってください!」
「後悔しない?」
「……場合によっては、します」
「するんだ」
「当然、織り込み済みです」
「……そっか」
「はい」
それだけ本気なら、私も本気で応えないとね。私はルナの両手を取った。
「今日からルナは私の自慢の妹です」
「ヒカリは私の自慢のお姉さんです」
そう握り返すルナの手は、熱く、手汗でじっとりとしていた。この時のルナの笑顔は一生忘れない。
もちろん、バッチリ録画もしてある。
だってお姉ちゃんだもん❤️
……けど、ここからが大変だ。育った環境も性格もまるで違う。本物の家族関係を築いていくのは険しい道のりだろう。私たちはお互いに距離の詰め方が下手っぴだ。ルナは最短距離を求めがちだし、私も自分の価値観をルナに押しつけてしまっているところがある。でもまあ、義兄弟の契りは意気投合した勢いで――という歴史上の逸話もあるぐらいだから、まあ、勢いも大切なのだろう。
ただ、登記は急ぐ話ではない。
「これから急がず焦らず一歩ずつ歩んで、登記は――」
すると、ルナは私の言葉を遮った。
「ところで、ヒカリ姉さん。マニアのヒカリ姉さんには嬉しい特典があります」
「特典!?」
「もし、今届出をすれば、通番第一号で、火星周回軌道上と記載された、レアな乗務日誌謄本が交付されます」
前言撤回。善は急げ。
「マジで!? すぐやる!」
「……このダメ姉」
ルナはジト目でそう言った。
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