口頭試問
私はVルナのおかげで、なんとか全問の回答欄を埋めることができた。最後の駆け込みは、「題意より明らか Q.E.D」レベルのことしか書けなかったのだが……。
つかの間の休憩時間が終わると、口頭試問が始まった。試験官はカエルム船長とシエラ副長だ。
既にコンピューターによる採点は終わっているようで、二人は私の答案を見ながらいくつか質問をしてきた。とはいえ、この試験ではそこまで高度なことは求められていないようで、シエラ副長からも亜光子の詳しい質問はなかった。
シエラ副長の姿を見た瞬間、てっきり素粒子物理学のレベルで亜光子を語れと言われるかと思ったので、その点では肩透かしを食らったような気分である。ヒッグス粒子とかクオークとかの相互作用云々かんぬんは私にもVルナにも分からんからね。多分リアルのルナも。
いや、もう不合格が確定していて、形式的な口頭試問だけが行われている、という可能性は否定できないが……。
「今回の試験は、火星滞在任務の志願を兼ねているため、動機も聞いておきたい」
……私はルナの表向きの志願理由を知っているので、それを答えれば合格点は貰えるのだろう。しかし――。
「今回の火星派遣任務に志願する理由は、火星にいる、地球に憧れる人々の想いを知りたいからです」
「最初、君は、火星と地球の関係の発展に寄与するなら、この身を捧げる覚悟と言っていたね?」
「はい。でも、あれは私自身に無理やり言い聞かせていたことでした。私の覚悟ではありません。もちろん、志願理由として、未来のため、発展のため……と言えたら良いのですが、私にはそんな未来のことは分かりません。もしかしたら、二つの世界が衝突することで、争いが起きるかもしれない。それでも、火星や地球に行きたい人がいる限り公共交通機関が存在するべきです。それがアストロ・レールウェイの使命だと思っています」
「では、その中での君の果たす役割は?」
「文化を育てることです」
カエルム船長は、虚を突かれたような表情を浮かべた後、興味深げに身を乗り出す。
「ほう」
「私の専門は技術文化史だからこそ言えることがありますが、文化に根ざさない技術は人々に受け入れられません。後年に似たような物が大ヒットし『あれは早すぎた技術だった』と回顧されれば御の字です。技術の普及において、文化を育てることは欠かせないのです。そして、文化を育てるためには、まず人々と同じ時間を過ごすことが大切です」
私はこの数週間の出来事を思い巡らす。思い浮かぶのは、ルナ、サリー少尉、クレイ中尉、エド少佐……そして目の前の二人。
「今、私の周りには火星に行きたくてアストロ・レールウェイに入った人が沢山います。私もルナ准尉、そしてクルーの仲間もそうです。特にルナ准尉とはお互いに衝突してばかりですが、同じ時を過ごして分かり合えることが沢山ありました。個人的には当初はこの任務に乗り気ではありませんでしたが、それでも火星滞在任務に志願したくなったのは、私自身、アストロ・レールウェイ、そしてエスプロリスト号の人々の文化に触発されたからです。その一方で、地球と火星の間には、最接近時でも約七分という時間の壁があります。まずは、その壁の向こう側で、火星の人々と同じ時間を過ごして、彼らの想いを知りたいです」
「その先に君は何を見ている?」
「私は、できることなら、この手で新しい文化の種を撒き、その花が咲く瞬間を最前線で見届けたいです。アストロ・レールウェイの開業によって、地球と火星の文化が再び一つに結ばれる。その時に起きる文化的変化、それが技術発展に与える影響、それを想像するとワクワクするんです。そして――」
「そして?」
「そのあと、私は乗客として、ゆっくり火星コンジット巡りの旅ができたらいいなと楽しみにしています」
最後の一言を聞いて、船長と副長が同時に脱力する。でも、これが私なのだ。これで不合格になるなら、仕方ない。
カエルム船長は端末に採点結果を入力したのち、シエラ副長に見せる。副長は意見に相違なしと頷いた。
船長は私に厳しい表情を向ける。
「では、結果を君に伝えよう――」
私は膝の上で拳を握り締め、次の言葉を待つ。
船長はニヤリと白い歯を見せた。
「――おめでとう、少尉。合格だ」
船長は私に手を差し伸べ、私は握手に応じる。
「火星でもがんばってね」
シエラ副長とハグを交わす。シエラ副長も温かい。私とは違って純粋な新人類だから、体温が少しだけ高いのだ。けれども、今はもうその違いに寂しさを感じることはない。
そうしていると、徐々に実感が湧いてきた。
やった! 私、合格できたんだ!
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