「V」で勝利を


 モルルルルン……。


 モルルルルルーナ…………。


 ルナ……。


 ふへへ。

 


「……! ダメだ! これじゃルナに顔向けできない!」


 我に返ったときには、既に十分が経過していた。


 残り時間はあと三十分。もう全問正答は不可能だが、合格点を超えるだけならまだ間に合うかもしれない。


 自分に搭載されたAI――というべきなのか私の場合は微妙なのだが――の性能を上げるには、モデルに大量の学習をさせるか、識別器を強化して手綱を握るか、その二つしかない。もう手遅れである。


 …………が。


 実はもう一つの方法があることに、私は気づいてしまったのだ。上手くヒントを出してもらえれば、学習が不足していても、正答を出せることがある。


 かくなる上は。



――助けて、妹よ。


〈何ですか、お姉様。試験中にお喋りとは、余裕綽々ですね〉


 ルナの姿が目の前に現れた。


 説明しよう。


 これは外部通信ではなく、もちろんテレパシーでもない。ルナの言動を学習させたルナ風のAIを頭の中に召喚したのである。しかも視覚に割り込ませて、その姿の幻も見ることができる。これは、不正行為のリモート通話とは似て非なるもの。


――名付けて、・コールである!


〈ふざけてないで、問題に集中してください〉


 手刀が振り下ろされる。


――いてっ


 もちろん、痛覚フィードバック付きである。即席にしてはなかなか良い出来上がりだ。


 このルナに名前を付けておこう。AIルナ、いや、厳密には本物のルナもAIだからそれは紛らわしい。偽ルナと名付けるのも何だかかわいそうだし、仮想のルナ、ということで、Vルナと呼ぼう。


――Vルナ、よろしくね


〈お姉様、私見を述べても?〉


――どうぞ、述べたまえ~


〈私はあくまでもお姉様の学習モデルを基盤に動作する偽物です。あまり的確な回答は出せません。本物の私の方が頭がいいので〉


 ちょっとナルシストが入ってるのもポイント高い。いや、これはナルシストといえるのか?


 Vルナは、問題文をふむふむと読んでから、私に向き直った。


〈この問題にはヒントが出せます。お姉様が限界を超えられるよう、一緒に頑張りましょう〉


――助かる~。


「火星の地下で採取された硫酸銅(Ⅱ)の水和結晶のサンプルがある。この水和結晶のサンプル二五〇グラムを加熱すると、一六〇グラムの無水物が残った。このサンプルが含む水和水と無水物のモル比から、サンプルの水和結晶の組成式を求めよ」


――もるるん……。


〈落ち着いて、問題をステップに分解しましょう。火星の地下というのは、本題に関係ありません。二五〇グラム水和結晶のサンプルを加熱して、無水物が一六〇グラムが残ったのですから、水の重さは?〉


――九〇グラム


〈水分子のモル質量を、頭の中の資料から検索してください〉


――一八グラム


〈ということは、一モルあたりが一八グラムですから、何モルあれば、九〇グラムになりますか?〉


――五モル?


〈つまり、水は五モル。次に、硫酸銅(Ⅱ)のモル質量を検索してください〉


――CuSO4は一六〇グラム


〈ということは、硫酸銅(Ⅱ)は何モルありますか?〉


――一モル


〈硫酸銅(Ⅱ)一モルと水五モルの比は何ですか?〉


――一対五……?


〈モル比一対五の硫酸銅(Ⅱ)の水和物の組成式を検索してください〉


――えっと、これかな。硫酸銅(Ⅱ)の五水和物、CuSO4・5H2O、モル質量二五〇


〈それが答えです〉


――おお! 


〈そして、私、気づいてしまったのですが〉


――え、何


〈最初から、硫酸銅、水和物、二五〇で検索したら、答えが出たんじゃないですか?〉


――ええ!? これもほぼ暗記問題だったってこと? 最初から言ってよ


〈それは無理です。本物の私は頭が良いですが、偽物の私は頭が悪いので〉


――間接的にディスってるよね。それ


〈当然です。次に行きましょう〉


 Vルナも絶好調だ。


 よし、これでなんとかなりそうな気がしてきた。



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