セクション2: エアセクション
生存者
「小惑星接近中!」
シエラ副長の声に、ブリッジは緊迫する。警報音が鳴り響く中、前方に目視できる小惑星の姿に釘付けになった。
……近い。
私はブリッジ右前方の運用主任席――つまり、この列車の中で一番小惑星に近い位置にいる。恐怖で手の震えが止まらない。
「回避行動! 亜光子砲斉射」
カエルム船長の命令に、主任パイロットのクレイ中尉が悲痛な面持ちで答える。
「間に合いません!」
前方にショボいビームが発射されるが、小惑星の軌道を変えるには足りない。これは兵器ではなく、自衛用の実力装置に過ぎないからだ。正直、実力不足であるが。
次の瞬間、船体に大きな衝撃が走った。金属を擦る嫌な響き。私は、必死にコンソールにしがみ付く。
「ヒカリ少尉! 状況報告!」
船長の命令を受け、コンソールに視線を落とす。
運用主任用のコンソールパネルは、真っ赤な警告表示で埋まっていた。あざ笑うかのように止めどなく警告が増えていく。どれもこれも致命的な警告ばかりだ。どれから先に報告すれば良いのか。
「せっ、船体破損、一号車、二号車、三号車! 三号車は完全に減圧しています。あっ、でも、全員退避済みで無事です。あっ、亜光子フィールドエミッター損傷! フィールドが消失します」
報告に並行して、警告一つ一つに対処を入力していかなければならない。それは途方に暮れるような作業だった。そういえば、昔の航空機もそんな仕様だったと読んだことがあったな……。
自動音声が警告を発する。
『警告、人工重力停止』
次の瞬間、ふわりと身体が宙に浮かぶ。
「わわわわわ」
私にはもはや為す術がない。コンソールと私の距離は徐々に離れていく。藻掻いてみるが、抗えない。
船長は、僅かに悔しそうな表情を浮かべ、救難信号を発報した。
「メーデーメーデーメーデー! こちら九八七六列車、小惑星に衝突した。人工重力喪失――」
一方、副長もコンソールにしがみつきながら、懸命に事態に対処しようとしている。しかし、彼女はコンソールの表示を見て、目を丸くした。
「十五号車で火災! 亜光子キャパシタ、反応しません。このままでは十五号車は、爆縮! 編成全部が巻き込まれます!」
しまった! それは本来私が拾わなければならかった警告だ。
十五号車は、機関部の持ち場である。船長は直ちに、十五号車に対して通信を開く。
「ブリッジから機関部、全員十四号車に退避」
『こちら機関部! 既に全員退避完了』
「ヒカリ少尉! 十五号車、解結しろ!」
「わわわわわ」
私は藻掻きながら、空中を漂っている。コンソールにも天井にも床にも手が届かない。どうしろというのだ。
「何している、急げ! 切り離せ」
「亜光子が漏れ出しています!」
「少尉!」
「あわわわわわわわ」
すると、コンピューターの自動音声が非情な事実を告げた。
『警告、船体崩壊、総員退避せよ、総員退……』
次の瞬間、ブリッジは圧潰。冷たい宇宙の中で、私たちは静かに終わりを迎えたのだった。
……。
…………。
『訓練シミュレーション終了。生存者ゼロ』
コンピューターの非情な音声とともに、ホログラム映像が消失する。無機質な配管が張り巡らされた、ホログラムシミュレーターの壁が露わになった。
シミュレーター室にいるのは、ルナと私だけだった。そう、あれは、訓練用のホログラムシミュレーションだったのだ。そして、私はサリー少尉の代わりに運用主任の役を演じていたのである。
シミュレーションを傍観していたルナは、呆れ顔だ。
「……少尉、無重力訓練もしてないんですか?」
「やったけど、一度だけなんだよぉ」
「はあ」
ルナはこめかみに手を当てて、溜息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます