第二十三話 参謀が欲しい

「苦労を掛けるわね、クライスト提督」


 私はクライスト提督に並び、ドリンクを差し出す。


「何と練度の低い艦隊だ、と嘆きたい所ですが、私はこれに負けましたからな。あの反転迎撃と半包囲をやってのけたベルガー少佐の能力があらためて伺えると言う物です」


 ドリンクを受け取るとクライスト提督が苦笑しながらエアハルトの方を見る。


「あれは、事前にそれだけに備えて準備をしていたからこそですよ。自在に艦隊を動かそうなどと思えば私も失敗したでしょう」


「自分の指揮下の兵の力量を把握し、それに実行可能な範囲で作戦を立てる。それが能力だと言うのだ。実際に艦隊の指揮を執ったのはあれが初めてだそうだが、大したものだ」


 クライスト提督は自分より年少で階級も低いエアハルトの能力を全面的に認めているようだった。私としても大変にやりやすい。


「どう?使い物になりそう?」


「ハーゲンベック艦隊も私が鍛える前はこの程度でしたから、時間さえあればどのようにでも。ひとまず一ヵ月後にはそれなりに仕上がるでしょう」


 出来ればクライスト提督が率いていたあの精鋭をそのまま引っ張って来れればよかったんだけど、さすがにそこまでは難しかった。


「任務群司令や艦長でどうにもならないようなのがいたら私に報告してちょうだい。最悪とばすから」


「はい」


「後、状況によってはあなたに任務群を率いてもらう事もあると思うから、旗艦も選んでおいて。新鋭艦が欲しいなら用意するわ」


「ありがとうございます」


 陣形を整え直せ、再開は三〇分後だ、と叫ぶクライスト提督を残し、私はエアハルトを連れ、一旦艦長室へと引き下がった。


「エアハルト、クライスト提督の事、どう見た?」


「非常に優秀な方であろうと思われます。ただ率直に言わせて頂ければ、やはり慎重さよりも積極さに傾く傾向がかなり強いかと」


 防御67だものなあ……

 攻めてる時はいいけど守勢に回ったら割とすぐ溶けそうなイメージがある。


「実戦で危うい、と思う事があれば遠慮なく言って。私が止めるから」


「はい」


 それでも取り敢えず分艦隊の運営と訓練はエアハルトとクライスト提督に任せておけば問題は無いだろう。


 他にもこの先を考えれば第四艦隊全体の運営とか、公爵領そのもの財政とか、もっと言えば帝国全体の改革とか、やらなきゃいけない事は山ほどあるような気がするけど、今の時点からそんな大きな事まで具体的に考えても仕方ない。


 それよりももっと手近な問題があった。


「参謀、欲しいなあ……」


 エアハルトが淹れてくれた紅茶を飲みながら私は呟いた。

 ヒルトは紅茶の好みがうるさく、エアハルトが淹れた物しか飲まなかったらしいが、彼が淹れる紅茶は私の好みにもぴったりだった。


 エアハルトは軍事的には万能型の天才だが、それでも能力は実戦向きで、どちらかと言えば「戦略や政治も分かる軍人」だし、クライスト提督に関してはほぼ実戦特化だ。


 三国志ゲームで言えば趙雲と魏延以外に頼りになる臣下がいない状況である(趙雲はさておき魏延は酷い例えだ)。


 ここはぜひとも諸葛亮や龐統や徐庶や法正みたいなタイプの部下が一人欲しい……(完全にコ×エー脳である)


 と言う訳でマールバッハ星系に戻ってからも艦隊司令部などで人材を探してみたのだが、パッとする人間はいなかった。

 もちろんもっと身分の高い人間ならそれなりに人材はいるのだろうけど、そんな人間を簡単に連れて来るのはさすがに今の私の地位では無理だ。


 いずれティーネの元で頭角を現す事になる人材を先に見付けて引っ張ってくるか、とも思わないでも無かったけど、それをやると相対的にティーネ陣営が弱体化する事になるし、引っ張ってくる過程でティーネと軋轢を起こしても面白くない。


 誰か将来のティーネ陣営以外の人間でまだ埋もれてる優秀な参謀いないかな……


「エアハルト、誰か優秀な参謀型の人間、心当たり無い?私が引っ張って来れそうな立場の人間で」


「はあ……一人あるにはありますが」


「誰?」


「ヒルト様もご存じの人物ですよ。フロイト教官です」


「……あの人かあ」


 私はその名前をヒルトの記憶の中から掘り起こして呟いた。


 エウフェミア・フロイト。


 首都星系にある士官学校でヒルトが士官としての簡易教育を受けていた時の戦略理論の教官だった。

 本人は士官学校をかなり良い成績で出ていて、以前は統合参謀総監部戦略部にも所属していたと言うエリートだった。


 この星系の出身者らしく、後に内乱が起こった時はたまたまそこにいたと言う理由で門閥貴族側に召集されるが、ほとんど仕事はせず、最後は門閥貴族側の非人道的な作戦を倫理と戦略の両面で痛烈に批判し、ヒルトの怒りを買って処刑される事になる。


 教官時代もヒルトは彼女の話はロクに聞いていなかったから私も授業の内容はあまり覚えていないが、お付きとして側に控えていたエアハルトには何か響く物があったのだろうか。


「あの人、今は何してるの?」


「少し待ってください」


 エアハルトは端末で検索を始めた。


「士官学校教官の職を勤務態度の問題で解かれ、現在は予備役大尉としてこの星系に戻ってらっしゃるようですね……」


「何やってるのよあの人……」


 確かに教官時代も内乱時も真面目な勤務態度とは言い難い人だったけど。

 かなりの反骨精神の持ち主と言うか変わり者でもあった。


「それであの人の何が気にかかったのかしら、エアハルト」


「あの方が以前統合参謀総監部におられた時に作成された論文を機会があって拝見する事がありましたが、それがこの戦争についての広範かつかなり質の高い物でしたので。結局内容が急進的過ぎたので上には取り上げられなかったようでしたが」


「ふうん、あんたがそう言うんなら、会ってみようかな。今の住所は分かる?」


「予備役軍人ですので、データベースに登録されています。マールバッハに戻っておられるようですね」


「演習が終わったら行ってみるわよ」


「こちらからお訪ねになるのですね」


「あの人、私が呼び付けたりしたらそれだけでへそを曲げるタイプでしょう」


「確かに」


 エアハルトが笑って同意した。

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