第8話、毒見をさせていただきます

早くも 聖樹は回復の兆しを見せていた。


根から魔力を搾取していた魔物が駆除された事で本来の生命力を取り戻した事が一番の理由ではあるが、その殺された魔物の魔力を逆に吸収して糧とするあたり元々は逞しく強かな存在なのかもしれない。


元気を取り戻したのは聖樹だけではない。

今まで弱る聖樹を見て不安を募らせていた城の人々も同じだ。 聖樹回復の知らせに喜び、王命による厳戒態勢の発令を受け一転して緊張感をもって走り回っている。


今回の災厄が人為的なものと知り各地の領主にも伝令が走り注意喚起がされる。

国王ならびに要職にある者たちは会議室に集まり情報収集に全力をあげていた。


程なくキルマイルス帝国による侵攻の報が齎されると 一連の事件を帝国の策略と断定。王都並びに近隣に待機させていた全軍に出動命令が下される。

怒りに燃える騎士達の士気は高く、驚くほどの速さで迎撃の準備が進んでいく。



そのような戦時下で ハルカや王女など子供たちは「大人しくしていろ」とばかりに

蚊帳かやの外な扱いになっていたのは当然と言えよう。

王族のプライベートな部屋の一つにそんなハブられた者達が集まっていた。


「ハルカよ、良く聖樹の危機を救ってくれた。これで死んだ皆も報われるというものにゃ」


ロスティアは重々しく公式な礼を述べているが、語尾が「にゃ」でコミカルな感じになってしまう。


「終わった・・なら、帰してくれ」


ハルカにとっては聖樹の生死など どうでも良かった。


自分が召喚された根本の原因である謀略を叩き潰しはした。

だからと言って自分勝手で理不尽な召喚の被害者としてはおもしろくない。

腹の虫が収まらないという状態だ。

ふつふつと不完全燃焼状態で機嫌が悪い。


日本への帰還、それが ほぼ不可能なのを感じていても一言 言わずにはいられない。


「方法無いだろ。自分達・・都合だけ・・だ」


「そうじゃ、帰せる方法は伝わっておらん。

呼ばれる者の事を考えていなかったのも本当にゃ」


子供のハルカが諦めと悲しみを混ぜたような顔をしている。

その姿はロスティアにとってののしられ恨まれるよりも 辛い罪悪感を持たせていた。


「ハルカ、お婆様を悪く言わないで。

貴方の国がどんな所か知らないけど、この国だって良い所よ。

綺麗だし 食べ物だって美味しいわ。

ハルカは国賓なんですもの不自由はさせなくてよ」


「・・・」


人はやりきれない思いをしている時一番腹が立つのは、何も分からない奴がキレイ事を並べ立て正論のように言われる事だ。

いっそのこと目の前の王女をどこか他の国に飛ばしてやれば 一人になる気持ちも分かるかも知れない。が、今となってはそれもアホらしい徒労に思える。

当事者にしか分からない事は多いのだ。


侍女のレレスィが お茶とお菓子を運んできた。

お茶は何かの花を乾燥させて作った 香りを楽しむもの。

お菓子は生地に蜂蜜らしきものを塗って焼き上げたビスケットのようなもの。

城で出されるものだ、茶も菓子もこの世界の最高レベルの品であろう。


ハルカはそれを遠慮無くバリボリと食べた。

ハルカは 体が若返った為か味覚まで若返り、以前はあまり食べなかったお菓子にも手が出るようになった。


「美味しいでしょ。こんなの城に居なければ食べられないわよ」ふふん


マラカ王女は自慢げだ。

おそらく彼女が言う通り、庶民ではそうそう食べられないものなのだろう。

子供がする他愛も無い自慢なのだが、それにイラッとするあたり ハルカは精神的にも若返っているのかも知れない。


ハルカはこっそり亜空間倉庫を開き、パチンコの景品を取り出した。一個づつ包まれた一口チョコである。


「これ、・・あげる、食べてみ」


いきなり渡された王女は混乱した。


突然取り出したのは魔法使いの事だし、まぁいい。


しかし、渡された小さな四角い物は鮮やかな原色で飾られ 表面はツヤツヤで宝飾品のように美しい。


とても食べ物には見えなかった。


「・・・・これ、何?」


「お菓子・・こうして・・食べる」


どうして良いか分からない王女の為にもう一つ取り出し、包みを解いて食べてみせる。


「王女様に得体の知れない食べ物などいけません。毒見をさせていただきます」


レレスィは素早かった。何の前触れも無く、失礼にならない加減で 一瞬のうちに王女の手にあるチョコを掻っ攫っていた。

彼女の目が輝いていた、ような錯覚が見えた気がする。


「っ!・・・・・・・・・・・・」


レレスィはチョコを口に入れると 一瞬驚き、後は何も言わなくなった。

両手でホッペタを押さえて何かに耐えている。苦しそうだ・・・


「この世界の人にはチョコが毒なのか」と ハルカが内心焦りを感じたほどだ。


顔をうつむかせ真面目な声で一言


「小さくて・・分かりかねます。もっと沢山毒見をしたいので出していください」


「「「おい」」」


声だけなら大変シリアスだが、トロトロに溶けた満面の笑顔で言っているのでウソがバレバレである。


「もっとぉ、もっと食べたいですぅぅぅ」


「私がまだ食べていないのに何を言っているのですか。仕事しなさい」


追加で何個かテーブルの上に置くと姉妹で喧嘩でもしてるかのように賑やかに姫と侍女の取り合いが始まってしまった。


「の、のぅ、ハルカ。わしにもアレ食べさせてくれぬか?」


「えっ?」


見るとネコのロスティアがキラキラした目で食べたそうにしている。

その姿はカワイイが、ネコがチョコを食べている姿というのはシュールだ。


「ネコに・・チョコは毒。おまえは・・これ」


「なんにゃ?これ」


ハルカが取り出したのはスルメの切れ端。

日本では大人の男性だったハルカだ。

亜空間倉庫にはお菓子以上に膨大な量のお酒とつまみが蓄えられていた。


ネコならスルメが良かろうと出したが お菓子と違って見た目が悪い。

ロスティアは疑いの目でスルメを見詰めていた。


すると、それを見たレレスィが素早くスルメを掠め取り 口に入れようとした。

だが、その手はピタリと固まってしまう。


「く、くしゃい・・」


スルメや魚の乾物は慣れていないと「臭くて食べられない」と言う人もいるのだ。

彼女は そそくさとスルメを元の場所に戻していった。


臭いと聞いて恐る恐るスルメの匂いを嗅いだネコであったが、次の瞬間には猛然とスルメにかじりついていた。

正に一心不乱にスルメをカミカミしている。


見ていたマラカ姫も食べたそうにしていたが、ネコの食べ物だと言うと諦めたようだ。


「ふぅー。幸せにゃー。こんな美味しいもの食べた事無いにゃ」


「ホントですねぇー。各国のお菓子を食べ歩いた私も こんな美味しいお菓子食べた事ありません」


「レレスィ何時の間に各国のお菓子を・・。

でも、本当に美味しかった・・ハルカの国ではこんな凄いお菓子が有るのね・・帰りたいわけだわ」


変なところで理解者が出来てしまった。

別にチョコの為に帰りたい訳ではないのだが。


「でも、でもハルカはもう友達なんだから、帰ったりしないでよね」


そう言うと、王女は少し顔を赤くして退室してしまった。


「あらあら、お嬢様ったら。ふふ」


ニヤニヤと からかうネタを仕入れて楽しそうな侍女も退出していく。


「「・・・・・」」


残された1人と1匹は複雑な気分である。

同年代の友達が得難い王族という環境なので ハルカの存在を喜ぶマラカ王女の気持ちが痛いほど分かるロスティアなのだが、それは いずれ辛い別れを意味する。

祖母の気持ちと王族としての気持ちがせめぎ合うロスティアだった。


「用が済んだ・・なら、行く」


「やはり・・出て行くか・・」


「早い方が・・いい」


「お主がその気なら 王家など滅ぼせるのじゃろぅ。良く我慢してくれたのぅ・・ありがとう」


「恨み・・はまだある。でもこの世界が楽しければ、忘れられるかも・・しれない」


本音を言えば、何処かに帰る為の魔法が有るかも知れない。


召喚陣を見た限りでは 限りなくゼロに近い可能性なのは分かっている。

しかし、旅をする理由としては充分である。


そして、戦で騒がしい今の状況が最も脱出に適していた。

むしろ、チャンスは今しか無いと言えるほどに。


「分かったにゃ。王家が緊急時に城から脱出する為の転移陣が有るにゃ。

せめてもの償いに わしが案内するにゃ」


「良かった・・それがいい」


「その前に わしの部屋に来てくれにゃ。旅に使える便利な物が色々あるにゃ」


倉庫に色々入っているとは言え この世界では使えない物も多々あるだろう。

ロスティアの提案はありがたい申し出だった。


とは言え、王家の女性の持ち物である。

旅に役に立ちそうな物はお金だったり、簡単な魔道具だった。

ただし、ロスティアが所有していた魔法の杖はかなりの一品らしい。


一番欲しい男子の服は勿論 無かった。




ハルカたちは、こっそり地下に入り込み 隠し扉を開いて転移陣のある部屋に来た。


「で、何でレレスィが居るのじゃ。止めに来た分けではあるまい」


「油断なら無い・・」


「酷いですねー。姫さまにも内緒で見送りに来たのですよー。

行動が予想通りで少し驚きましたけどねー」


「そうか、まぁよい。

ハルカよ、陣の真ん中で魔力を下に向けて放出するのじゃ。行くぞ」


「行く?。・・ネコ・いらない」


ロスティアは ちゃっかりとハルカの肩の上に乗っていた。同行する気満々である。恨む相手から離れるのが目的でもあるのだ。それでは意味が無い。


「1人が・いい。おりろ」


「ハルカはこの世界の事を何も知るまい。わしが一緒なら良い案内になるぞ。

それにの・・この姿になって、本当のところ 身のおき場所が無いのじゃ。

この機会に世の中を見て回りたいにゃ。連れて行っておくれ」


「・・・・・・わかった・・でも、如何なっても知らないぞ」


色々面倒になってきたハルカは問題を先送りにした。

日本人の得意な世渡り術である。


「ロスティア様が不在なさるのですか?。また、大騒ぎになりますねー。

これはぁ、私からの餞別です。夜に魔物を寄せ付けなくする魔道具の杖です。

姫様の為に身を引いて下さるお礼です」


「ふふ、楽しみにゃ。と言うわけで 城から出る。皆には心配するなと伝えるにゃ」


「ええーっ。私に伝言させるのですか?。怒られます、言い訳できませんよぅ」


「王家のお守りはこれで終わりじゃ。

これからは生まれ変わった人生?を楽しむにゃ」


グダグタしてきた。


めんどうになったハルカは急いで転移陣に魔力を流す

足元が光り輝き1人と1匹は光に包まれて消えていった。


まだ見ぬ別世界へ




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