第7話、御代はいただきました
ハルカはこの世界に来た時から魔力の流れを感じとっていた。
それは自分を拘束するデバフのような掴み処のない不愉快なものだ。
今回、聖樹の近くまで来たことで不快なそれが何か判明した。
聖樹は自らを害する存在を拒絶し 常時継続的に魔法を放出していたのだ。
まるで、そうしなければ聖樹を害する存在が集まるとでも言っているかのようだ。
ひょっとすると幹を傷つけると甘い樹液でも出るのかもしれない。
要するに聖樹は国を守っているのではなく、単に自分を守っているのだろう。
「敵意を持った存在を寄せ付けない」という木の特性を知った人間が聖樹などと呼んで都合良く木を
ハルカは自分を召喚したこの世界に対して敵意を持っていた。
それは広い意味で聖樹への敵意と受け取られ有害な者と受け取られた。
本来なら聖樹に近づくほどに魔力は強くなりハルカは完璧に拒絶されるはずである。
弱体化していた事でハルカが聖樹に接近できたのは色々な意味で幸運であった。
敵対者が不快な程度に耐えられてい時点で国としては危機的な状態なのだ。
今では聖樹の力は消えそうなほど弱くなっている。
これでは精々ゴブリンを退けるのがやっとではなかろうか。
などと他人事として考えながらハルカは王族と共に歩いていた。
やがて目的地である聖樹の根元に行くと怪しい姿をした男達が集まっている。
素人のハルカから見ても怪しい姿だ。
にも関わらず護衛の近衛も そして曲者のレレスィすら何ら警戒して無い。
明らかに不自然な話である。
推測されるのは強力な認識阻害あるいは 隠蔽魔法。
それ以外なら魔道具が使われている可能性もある。
それをハルカが初見で不審者と捉えたのは特殊な「鑑定の魔法?」が働いたからだ。
ハルカは日本に居たときゲームやアニメ、マンガやラノベに出てくる魔法に絶大な関心を持っていた。
その種類もさることながら発想の自由さに敬意さえ持っている。
そして、出来る限りその魔法を実現させようとした。
傍から見れば立派な厨二病として見られていた事だろう。
しかし、彼はリアルで魔法使いである。
エンタメの想像力を存分に使い、かなりの数の妄想魔法を現実のものとしていた。
中にはスキルとして登場する能力すら 魔法として使えるように置き換えていた。
その内の一つが鑑定?の魔法である。
本来はスキルとして表現されていた能力を強引に魔法として創造した明らかに別物である。ハルカ本人は鑑定だと思っていた。
そしてクレームを付ける存在もいなかった。
それが聖樹の根元まで来た時に突然発動した。
危険を感じるとオートで発動するセッティングがされていたからだ。
若い頃のハルカがいかに危ない目に遭っていたかを物語る。
【ついにハルカは、自分が召喚された本当の原因を知った】
その根源に恨みと憎しみを込めた魔法を打ち込む。
根元に建てられていた魔道具と思われる杖は全て一瞬で破壊された。
そして
「来た・・」
「うにゃっ!」
「おっ、おい、何だ・・あれ」「ひいぃぃっ‼」
その気持ち悪さで王妃と王女は悲鳴を上げる。
聖樹の根元、杖の立てられていた地面がゴソゴソと蠢き、地中から沢山の魔物がウネウネと這い出して来た。
地表に出た魔物はその場でのたうち明らかに苦しんでいるように見える。
地表に立てられていた杖は聖樹の魔法から魔物を守る為の機能と魔物の存在を隠蔽する機能を併せ持つ優れた魔道具だった。
それが全て破壊されたため魔物は不快感に耐えられず這い出てきた。
尤も聖樹の力が万全なら即座に排除されたことだろう。
魔物の見た目はミミズと芋虫を合わせたような姿で 針のようなものが体の先端に付いている。針は地中を効率よく進むためと樹木から魔力を奪い取る二つの意味を持つ器官である。森を枯らすタイプの魔物だった。
「何故、存在に気が付かなかったのか?」と思うほどの数が次から次へと湧き出てくる。
腹の中の回虫が一気に出てきたように見えて最悪の光景である。
それを見ているハルカの目は氷のように冷たい。
「クソが・・・」
シュッゴゴゴゴゴッッッッッッッ☆
頭上に用意されていた光の矢が一斉に全ての魔物を攻撃し貫いていった。
結果として
聖樹の根元はまるで生ゴミの捨て場所のように魔物の臓物でデロデロになっている。
「ど、どういう事なのにゃ。ハルカ、教えてくれぬか」
「あの杖は魔物の気配を消し。魔法を通さない為の・魔道ぐっ。うぅ・・レレスィ・・」
「分かってるわぁ。御代は先に貰ったからぁちゃんと代弁してあげますよー」
言葉が思うように使えないハルカは唯一 状況を理解できそうな
何故レレスィに頼んだかと言えば、一応は顔見知りで少しは信用出来た事。
安易な人選だがハルカにとっては近衛騎士ですら信用することが出来ない。
尚且つ伝えたい事を素早く理解してもらえるのは彼女だけ。
そしていざと言う時に護衛として使えるのが彼女だけだった。
ネコになったロスティアも候補ではあったが最後の護衛役ができない。
要するに時間が無かったので消去法でレレスィが採用となった
その護衛と解説の対価として
一応擁護しておくと・・・
ハルカにとっては美しい女性とのキスは恥かしくはあるが苦ではない。
体は子供だが精神は大人であり 決して
それどころか、ひと頃は豊富な資金で遊び回り「夜の帝王」だった時も有るほどだ。
ショタ女のレレスィはファーストキスを貰ったと大喜びなのだが知らぬが仏である。
この時点で既に国王達を囲っていた結界は解除され 自由になっているが、全員 今の出来事にショックを受けて一歩も動かなかった。
唯一 レレスィが 事の説明をするべくテクテクと前のほうに出てくる。
「まずは ハルカちゃんの名誉の為に申しますとぉ、先ほどの結界は 皆様を守る為に作られたものなんですよぉ」
「守る為・・じゃと」
「あちらをご覧下さい。庭師が変じて他国の工作員になってますよぉ」
庭師だった者達はハルカの魔法によって気を失っていた。
ただし、その姿は先ほどまでとは違い明らかに武装をしている。
彼らは他国からの破壊工作員。
しかも聖樹に対して害意を持たないように特殊な訓練を積んだ特務員である。
本来の庭師を殺し その姿を写して入れ替わり潜入していた。
聖樹を守る為の魔道具を別物とすり替えたのも彼らだ。
近衛騎士は蒼褪めた顔で呆然としている。
彼らは何度もこの場所に来ていたのだからそうなるのも当然だろう。
工作員が聖樹を殺すための謀略を実行している事に誰も気付けなかった。
敵ながら優秀な者達である。
「して、先ほど出てきた魔物は何なのです」
「ハルカちゃんが言うには、木の根に寄生して魔力を吸い尽くす魔物だそうです。
勿論そんな魔物が聖樹に近づけるはずが有りません。恐らく 聖樹の力が働かないような魔道具を設置した後で魔物の卵を運び入れたと思われますの」
「むうぅっ、レレスィ。貴方、知ってて後ろから楽しく見てたのね」
侍女のレレスィだけがハルカから聞いていた事に王女マラカは憤慨する。
友達を取られた時の子供らしい嫉妬だ。
レレスィも直前に聞いていたのだから的外れな非難とも言える。
「話は後にしよう。まずは急ぎ騎士隊と魔法部隊を呼べ。
次いでそこの大罪人共を連行しろ。
どんな手を使ってでも真相を吐かせるのだ。
それと、この場を徹底的に調べるぞ。
まだ魔物が居るかも知れん、厳戒態勢で事に当たる」
庭師が入れ替わっていた事で 国王には事態の大筋が見えていた。
計画が失敗したと知った主犯がどう動くのか、高い確率でこの期に乗じて攻撃を仕掛けて来るだろう。
だが、聖樹は蘇る。そうなれば負けは無い。後は時間との戦いである。
王は次々と的確な指示を出し、次に来るであろう事態に備えていた。
この日、国王は全軍に第一級の戦闘態勢を命じたのだった。
**********************
サラスティア王国と隣接するキルマイルス帝国の国境近くの森には秘密裏にキルマイルスの一軍が駐留していた。
問われれば演習であると言える微妙な位置取りでもある。
実際に近くの森では兵が魔物を狩り、実践訓練と食料調達を同時に行ってもいた。
そんな怪しい駐留軍に一騎の早馬が近づいて来る。
乗っているのはサラスティアの騎士。
「「とまれ!」」
「おっと、俺は敵じゃ無いぜ。
キルマイルス帝国第七諜報科所属の特務員だ。名前は名乗れん。身分証はこれだ」
何かの金属で出来たプレートには キルマイルス王家の後ろ盾を示す紋章が描かれている。しかし、一介の兵士がその真偽を見抜くことはできない。
衛兵は判断しかねて難しい顔をしている。
「火急の知らせがある。
そのプレートを持って将軍に知らせてくれ。話は通るはずだ」
兵の1人が走り、残りの者達は依然として男を強く警戒していた。
男はマラカ姫に付き添い、ハルカに突っかかって来た あの近衛騎士だ。
ある意味、ハルカを危険人物と感じ 何とか排除しようと動いた彼の判断は間違いでは無かったと言える。結果的には地獄の苦しみを受けたが、それは敵対するには相手の格が違いすぎたためだ。
少しして戻ってきた衛兵は態度を変え男を将軍の下まで案内をはじめた。
他国の騎士の姿で前線基地とも言える駐留地を歩くのは目立つ事この上ない。
遠慮の無い警戒の目が向けられる。しかし、男にとってその程度苦にはならない。
むしろ、これから報告する内容のほうが遥かに針の
「ふむ、わしが帝国第三軍を任されているクラクニスである。
貴様の名は名乗らずとも良い、プレートの価値は良く知っている。その意味もな。
・・・無駄な時間は好かんであろう。早速、報告を聞こう」
「では、簡潔に報告いたします。
諜報科が依頼として受けた聖樹弱体化および、その排除する旨の命令を遂行。
弱体化は8割がた成功。しかしながら、召喚された魔術師によって計画が露見。
聖樹排除計画は失敗し、従事していた者達は捕らえられ自害いたしました」
「ふっ、そんなものだろうとは思っていた。
まぁ良い、あれを弱らせたのなら上出来とみるべきだろうからのぅ」
「・・・・」
「これより、第三軍はこれよりサラスティアに侵攻する。貴様もそんな見苦しい鎧は捨てて我々に同行せよ。影の働きばかりでは騎士として不本意であろう」
「はっ。了解であります」
男は複雑な面持ちで本陣を後にした。
せめて任務を貫いて死んだ者たちへの思いやりの有る一言が欲しかった。
それが諜報課の役目とは理解していても、死んでいった者達は報われない。
その頃 将軍の天幕内部では・・・
「ハッハー。やっと攻め込めるのかー。こんな所で待ってた甲斐があったな」
「王子・・遊びではありませぬぞ。
それに、少しだけこちらに運が有る程度です。油断為りますまい」
「ひゃはは。我が国 最強の第三軍が完全な状態で、あちらは頼みの聖樹がヘロヘロなんだろ。まして将軍がいてボクが来てる。負けるはずが無いじゃないか」
「・・・・」
どうやら将軍は バカ王子の箔づけの為の参戦でお守り役をさせられていたようだ。
「サラスティアの王女はまだ子供なんだろ。
勝ったら僕の戦利品はそれでいいや。ヒヒヒ、楽しみだなぁ」
「・・・・」
キルマイルス帝国随一と誉れ高い将軍は未来に不吉なものを感じていた。
(この度の戦いは勝つであろう。だが、我が国の行く末は長くないやも知れぬな)
人は時として未来を予見するような印を見せられる。
将軍クラクニスはそのサインを見逃してしまった。
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