第5話、マラカ と レレスィ

ハルカは現状を理解するまでに少しばかり呆けてしまった。


「あら、目が覚めたのね」


「・・!?」


「体は大丈夫?おかしい所無いかしらぁ」


目を覚ました自分を見て気遣う見知らぬ女性、さらに見知らぬ広い部屋。

そして、ベッドの上の足元には子猫が丸くなって寝ていた。



少し時間をおいて自分が見知らぬ場所に居る理由に思い当たる。

身勝手で理不尽な召喚で呼び出されたのだ。

現実を思い出し怒りよりも先にため息が出てしまう。


自分の手を見れば瑞々しいツヤツヤの肌をした小さな子供の手だ。

違和感は有るものの驚く事はない。

死を覚悟で肉体を魔力に変換して消耗させた記憶がある。

意図せず人類の夢である若返りを実現してしまったが肉体は若返っても寿命が延びた補償は何処にも無い。

今の体が年老いる前にバッタリ死ぬかも知れない。



焦っていたとは言え自分の判断が可笑しくも有り、

まぁいいか、と思う (本来の)適当な性格も取り戻していた。

しかし、現実は彼を安穏なままにはしてくれなかった。



「君って、そんなカワイイ顔をしてるのにぃ 男の子なんだね。驚いちゃった」

てへっ♡


「えっ?・・」


「付いてたわよ、下にカワイイのが。ごちそうさま」きゃっ


精神年齢二十八歳のハルカが思考を真っ白にしてフリーズしてしまうほど衝撃的な発言だった。


(何なんだ?この女は・・)


見た目は西洋系とも北欧系ともとれる美女。

20歳前後の年齢にみえるが実際はもっと若いかも知れない。

メイド服らしきものを着ていて実に良く似合っている。

秋葉原のエセメイドではこんな本格的な雰囲気は出せないだろう。

だがしかし中身は日本で言うところのショタ女である。

必殺の魔法を使えるハルカが身の危険を感じるほどの曲者なのだった。

寝ている間に何かされたかも知れない。


さり気なく自分の体を確認すると一応下着は付けていた。ただしカボチャパンツ・・

しかもフリルが一部に付いている完全に女性用の下着だった。

追加の衝撃を受けてハルカの精神力はガリガリとかじり取られていく。


静かにうつむくハルカの目が剣呑に開かれ僅かな時間で気持ちを切り替えていく。

現状では世界そのものがアウエーな場所である。

戦場と言っても良い。

ハルカに感傷に浸っている余裕は無かった。


「・・だれ?」


「私?。

私はねー、マラカ王女様の侍女で レレスィと申しますよぉ。異界の大魔道師様♡」


「マラカ・王女?・・」


「そうですわ。私がサラスティア第一王女、マラカ・レムレス・サラスティアよ」


いきなり声を掛けて来たのは、今のハルカと同じような年齢と思われる少女。

子供なのに 後ろにはオッサンな騎士を2人も従えていた。

王女というのは本当のようだ。

そう言われれば・・・

華美なところが無くて気が付かなかったが、ハルカが今居る部屋は王城の中なのかも知れない。


「ほらほらー王女殿下の御前ですからぁ、貴方も名乗るべきですよぉ」


レレスィの間延びした言葉には緊張感は無いがプレッシャーは息苦しいほどだ。

その威圧感には答えるしか許さない強い意志がある。

そんな訳でしぶしぶだが名乗る事にした。


「・・・・・・・・・・・・・ハルカ」


王女相手に失礼極まりない自己紹介である。

会話の内容も分かるし、言うべき言葉も頭に浮かぶ。

しかし、口は全く望み通りに動いてはくれない。

言葉を覚えたばかりの赤ん坊状態なので非常に歯がゆい。


まして自分を別世界から誘拐してきた者たちであり敬意など有るわけがない。

もっと言えば敵なのだ。

どうしても最低限な単語で終わってしまう。


「むぅ・・・・・・では、ハルカ。単刀直入に聞くわ。

ロスティア様を・・どうしたのか答えなさい」


「ロスティア・・?」


「そうよ、我が国の筆頭魔術師でわたくしの御婆さまよ。どこにやったの!?」


「お・・婆様・・?」


「あれほど 変な儀式なんて止めてって言ったのに。

知らせを受けて駆けつけたら高位の魔術師達は皆 死んでたわ。

居たのは変な子供とネコだけ。

そして 御婆様は装備を残して、消えてしまったみたいに何処にも居なかったのよ」


「こども・・ネコ?・・・・・あっ」


ここに至って ようやくハルカは呼び出された後のことを全て思い出した。

とすると、ロスティアというのは最後に生きていた婆さんの事だろう。

少しだけ驚いた。王女の婆さんということは王様の母親でもある。

あの婆さんが皇太后なのだ。


「何なのよ、皆が命まで使って呼び出したのが貴方なの?。

何処が伝説の勇者なのよ、てんで普通じゃない。ただの子供だわ。

しかも、私のお婆ちゃままで居なくなるし・・こんな、こんな事の為になんて!」


それを言いたいのはハルカなのである。

口が回るなら、そっくりそのまま言い返していただろう。

いや、それ以前に 相手が子供でなければ一撃で消し飛ばすか、地獄の苦しみでのた打ち回る魔法を掛けていただろう。


「マラカや!、いくら王女といえど それ以上言ってはなりませぬ。

サラスティア王家にドロを塗る気ですか!」


「「「「「えっ?」」」」」


いきなり聞いた事の無い声で叱咤され、その場に居た全員が驚いた。

しかも、王女相手に上から目線な言葉遣いである。

騎士達は静かに戦闘態勢に入っていた。


(あー、そうだった)


いち早く気が付いたのはハルカだった。

おもむろに 足元でノビをしてくつろいでいるネコを指差して・・


「ロスティア・・これ」


「えっ!?何言ってるの・・この子」


「マラカよ、分からぬか?。わしがお前の婆のロスティアにゃ」


王女は意味が分からないのか固まっている。

まぁ、ネコがいきなり喋って、あまつさえ 身内だと名乗って直ぐに納得したらおかしなものである。


「・・・・・・・?」


「人語を解する獣、やはり魔物か!。ロスティア様の名を騙るとは。

姫さま、お下がり下さい」


相手がネコだからか護衛は強気だった。



「待ちなさい。・・・・・にわかに信じられません。御婆様だと証明できますか」


「よかろう。

マラカのへその横には三つの黒子ほくろが有るじゃろう。

ヘソと黒子の並びがカワイイのじゃよ」


「えっ?えぇぇっ!」


「5歳までオムツが取れなくてのぅ、大層 心配したものじゃ」


「きゃあああぁっ!。お婆様、言わないで、分かりましたからぁ」


別に大した事でも無いと思うが、少女にとっては大問題のようだ。

秘密の暴露であっさり認めてしまった。



「もぅっ、それで・・何でそんな姿なんですか?。父上も母上も泣きますわよ」


「ふん、この程度で取り乱すようでは国王など務まらんわ。

わしがこの姿になったのはハルカの魔法のお陰じゃよ」


「やはり、この者 王家に仇名す痴れ者。捕まえろ、断頭台に送ってやる」


シャーン


部屋の中で剣を抜いたオッサンな騎士。物語のようなカッコ良さは無い。


(さっきから、このオッサンうざっ。)

このオッサン騎士は腹に一物ありそうで信用出来ないタイプだ。

ハルカはこの手の人間を何人も見て来た・・・目が腐っている。

子供には我慢したが相手が大人なら魔法を使うに容赦しない。

鬱憤が溜まっていたハルカは標的を見つけた。



「チョウネンテン」 ぼそっ


繊細な魔力操作が必要な魔法なので 意識を集中するために術の名前をつぶやく。

ちなみにスペルの詠唱ではない。


「うっ・・・。 くっ・・うっく・・、ぐぎゃぁあああ」


殺気を向けていた騎士は 苦しみの絶叫を上げてその場にのた打ち回る。

ハルカ得意の『腸ねん転』の魔法である。

「チョウネンテン」何も知らずに単語の音だけ聞けば大阪の漫才のギャグネタのような響きだが、その実体は日本の高度な医術をもってしても手術しないと苦しみぬいて死ぬ。凶悪な死の魔法だった。



「きゃあっ‼、何ですの?」


突然の事にオロオロしている王女様。

大人ぶっていてもこの辺は歳相応のようだ。


「あらあら、イタズラっ子ですねぇ。

はぁ・・・その程度で戦闘不能ですか・・それでお嬢様を守れるのですか?

男のくせに情けない。世話を焼かせないで欲しいのですぅ。ほらっ、ハイヒール」


「くっ、  はぁ・・・」ガクッ


痛みから解放されてイキッていた騎士は気を失った。

侍女のレレスィは何一つ動ぜず無詠唱で回復魔法を行使してのけた。

心をバキバキに折る毒舌までそえて。

只者ではない。


(ショタのくせに、油断なら無い相手)としてハルカは警戒した。



「ハルカよ許しておくれ。


皆も勘違いするでない。この姿になったのは悪意からでは無いぞ。

儀式で全ての力を使い果たした死ぬ寸前のわしを魔法で蘇らせてくれたのじゃ。

あの時すでに老いて自ら歩く事も出来ん不自由な体であった。

今は子供の頃のように軽く自由に動き回れる。

この素晴らしさは年老いた者になら分かるであろう。

この姿に成った事で後悔は一切してない事だけは言っておく」


「でも、でも・・ネコの姿とはあまりに」


「わからぬか・・死ぬほど衰えた命じゃ、蘇った姿がネズミや虫であっても不思議ではないのじゃ。ハルカが魔力で命を補ってくれたからこそ この姿にまでになれた。まことに素晴らしき魔法じゃった」


ネコの話を聞いた全員が キラキラした目でハルカを見るようになった。

居心地悪い事この上ない。


ハルカにとっては復讐するための魔法であった。

昔から物語にあるように魔法使いの呪いと言えば人を動物に変えることである。

心は人のままなのに獣として見られ食べ物も獣の食べ物になる。

身分が高い者ほど耐え難い屈辱の日々が続く恐ろしい呪いなのだ。

日本でも何人かはこの魔法で消息不明にされていた。



よもや、この上ない感謝を向けられるとは想像すら出来なかったハルカである。




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