第3話、逃げきれなかった、あの日

ハルカ、今の推定 肉体年齢10歳。

カワイイ少女にしか見えない男の子である。


この世界に来る前、日本での彼は 加賀永遠かが はるかという28歳になる男性だった。


最近ようやく髭が生えてきて男らしくなった。

若い頃は女顔で色々と苦労させられた。

散髪に行くと髭を剃られるのが嫌で敷居が高い。

女性のように髪の毛は長く伸ばしたまま後ろで縛っていた。


後になって髪の毛を伸ばしていたのを後悔する事になるのだが、その時の彼が気付くはずも無い。



その日も彼は パチンコ台の前に座り、順当に球数を増やしている。

適当に遊び、時間を気にする素振りを見せ、諦めたように席を立ってカードを取り出して清算カウンターへ歩いていく。

最近は合理化されカードに出玉が記録されるので重いドル箱を運ぶ必要が無くなった。便利だし目立たなくて良いのだが、勝負に勝った客の優越感も無くなった。


本来、自由気ままな彼の時間に制限など無い。

時間を気にする演技は普通の客を装っているだけなのだ。

ハルカが遊んでいた台は必ずしも出玉の良いラッキーな台ではない。

しかし最終的には一万円から二万円ほどの利益を生み出していた。


それは、ハルカがその台に微妙な魔法を掛けてコントロールしていたからである。

見過ごせないほど大量に勝てば 不振に思われてマークされるが、少し運が良い程度に抑えているので誰もイカサマには気が付かない。

彼が勝った後は 他の人が負けるので数字の上でも気が付くものは居なかった。


さらに念の入った事に、彼は玉の全てを景品に交換して決して換金することはしなかった。

そうする事で多少勝ってもプロと見る者はいない。

景品との交換は遊びに来た良い客と見なされ好意的に対応される。

店としては大量に安く仕入れる景品との交換は喜ばしい事で、お金に代える金額よりも多く商品を渡してくれる。

最近では 女性客を呼ぶ為に景品も多種多様で 生活の大部分をカバー出来るほど充実していた。


自分の車に戻ると 周囲に誰も居ないのを確認して すぐさま品物を亜空間倉庫に放り込んでいた。勿論、防犯カメラにも映らないようにだ。

こんな働きを毎日のようにコツコツ行っている為、彼の亜空間倉庫には既に膨大な生活物資が蓄えられている。


死ぬまで引き篭もっていても良い位である。



ハルカは 自分が必要とした時に手元に無いと不満を持つワガママな面が有り、食べたいときに食べられるように亜空間倉庫には ピザや おにぎり、果ては多種多様な弁当など、とにかく大量に大人買いして溜め込んでいた。

そう、彼、加賀永遠はるかは、日本に居るときから既に魔法を使いこなしていた。

勿論、現金の心配も全く無い。

既に今月は競馬で50万ほどの収入を得ている。



社会一般の型に当てはめれば 彼は無職のプータローで、不労所得者という悪意に満ちた呼び方をされる。

しかし、彼がその気になれば人類から悪魔と呼ばれても不思議ではないほど核兵器並みの・・・・ いや、それ以上の強大な魔法を連発できる真の強者の1人なのだ。


では、何故そのような力の持ち主がセコイ生き方をしているかと言うと、誰にも気付かれず魔法を使うことこそが 最も有効に安全に力を生かせる方法だからである。

例えば アイテムボックスがあれば、あれこれ色々と金儲けが出来ると妄想するだろう。


だが、現実には 極めて使いづらい。

無理をして大儲けなどしようものなら悪目立ちして大変な事になる。


彼が持っている亜空間倉庫を使って運送業をしたとしよう。

大量の荷物を早く安全に安いコストで運ぶことは可能だ。理屈では。

現実にはどうやって運んだのか・・・・・・・・・・を知られてはいけないと言う最大のコストがかかる。

せっかく楽に大量に物を運んだとしても、それが不自然に見えないように偽装するだけで何倍も苦労する。


勿論 言うまでも無く 犯罪となる行為は最も目立つ為に厳禁である。

日本の警察をナメてはいけないのだ。


リアルな世の中では 本当に実力が有る異能な人々は決して表舞台には出ない。

せいぜいテレビに出るような鼻で笑える程度の力しか無い超能力者が 見世物として珍重され、人々に安心を与える役目を果たしている。


ハルカも 地球の運命を左右するほどの強い能力の持ち主とは何度か出会い、街中でニアミスしている。

相手は魔法使いでは無かったが、お互いに力を感じるがゆえに双方が不干渉となり あえて関わる事は無い。下手に争いになればシャレにならないからである。


はるかな昔、力有る者たちの争いは豊かな土地を広大な砂漠に変え、大地を切り裂き、大陸を次元の彼方に吹き飛ばす恐ろしいものだった。

そんな人類に施されたのは異能を封じる封印の呪いであり、子々孫々まで受け継がれる凶悪なものだ。


だが、中には何かのキッカケで封印が外れる者も居た。

その1人がハルカであった。



彼は賃貸マンションの駐車場に帰ってきた。自宅と言ってもベッドとパソコン、他に少しの小物が置いてあるだけで 本当に寝るだけの部屋である。

殆どの私物は亜空間倉庫に入れっぱなしなので何の不自由も無い。数年ごとに引っ越して住所を変える彼にとっては合理的なライフスタイルである。


この日、彼は朝から妙にイライラしていた。

帰ってきて部屋に向かって歩き出したとき、それが危険を感知する何らかの能力だった事を思い知らされる。



・・・・・・・・むぅ


「魔方陣・・だよな。あれ」


珍しく独り言が出てしまうほど、目の前の光景は異常なものだった。幾重にも複雑な術式がほどこされた直径3メートルはあろう大きさの輪が 薄いエメラルドグリーンの光で形作られている。

あくまで自然体を崩さず、ハルカは周りの人々をうかがった。案の定、誰一人 あの光景に気が付いている者は居ない。


あれほど複雑な魔法陣で有る以上 尋常な使用目的ではない。十中八九召喚するための魔方陣であり、おそらく誰かを異世界に連れ去る為のものだろう。理屈ではなく、魔法を使う者の直感として彼にはそれが理解できた。

召喚と言う名の 誘拐に巻き込まれて 他の世界に行くなんて御免こうむると、ハルカは遠回りでマンションの入り口を目指した。


変わった人生ではあるが、彼は今の生活が気に入っていたのだ。



(まさか・・)


遠回りして別の入り口から入ろうとした彼は立ち止まった。前方に先ほどと同じ魔法陣が輝いていたのだ。

ここに到って現実逃避しても始まらない。魔方陣の標的はハルカ自身のようだ。

魔法陣を躱しハルカは自室をめざして走った。


夜であるなら散歩の振りをしながらマンションの周りに魔法防御の結界を張り巡らせる事も可能だが、まだ昼前の時間であり、うろうろすれば ただの不審者になってしまう。とりあえず部屋だけでも結界を張り、防御して災難をスルーする算段を立てた。


エレベーターに乗るときも、廊下を曲がるときも細心の注意をはらって警戒してきた。やっと自室のドアを開け玄関に入り安心した途端、恐れていた浮遊感に包まれる。

振り向くと玄関ドアに魔法陣が輝いていた。



きたねぇぇぇぇぇ・・


ハルカの叫びは声になって残る事は無かった。


この日、加賀かが 永遠はるか28歳は失踪扱いとなる。




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