第2話、お約束ではなく、トラウマだった

盲目となった盗賊達。

彼らは見えない恐怖から闇雲に剣を振り回したため 数名が仲間の剣によって同士討ちとなっていた。

運良く?森の中に逃げた者意外は 騎士に斬られ死体となって転がっていく。

魔物が徘徊する山間部だ、盗賊が逃げたとしても目が見えないのであれば その後の行く末は知れているだろう。


戦いは騎士達の勝利で呆気なく終わった。



ところが、助けられた騎士達は助けたハルカに礼をするでもなく各々 散り散りに草原や森の中に走り去ってしまった。その動きはGが走って逃げて行くような素早さである。

歓待される とまでは思わなくとも、ここまで意味不明な行動をされると 取り残されたハルカ達は途方に暮れてしまう。


このまま立ち去るのが最良の選択だろうと結論を出したとき、馬車の陰から1人の老人が姿を見せた。

地球の礼服とは違うがキリッとした服を着こなし、身のこなしもスジが1本通ったプロのものである。


「危ないところを助けて頂き有難うございました。私は従者を務めているセバスという者です」


「私は・・・・ルカ」


ハルカは何か不吉な予感を受け 名前をもじって答えた。

そしてセバスの後にチャンが付かないのか聞くのも遠慮した。


「魔術師の方とお見受けします。宜しければ御力を貸していただけませんでしょうか?」


「・・・・?」


「実は、少し前から皆が強い腹痛を患っておりまして。

先ほどの戦いで騎士達が力を出せなかったのは その為でございます」


どうやら騎士達は腹痛の上にゲリピー状態でトイレを我慢していたとのこと。

戦いの最中に脱糞しては末代までの恥、なのであった。

死んでしまっては恥も無いとは思うが 、譲る事のできない人としてのプライドとのギリギリの戦いだったのだろう。

戦いが終わった後 一斉に騎士達が姿を隠したのはそういう事らしい。



ハルカに望まれているは魔法での治療だった。

しばし考えを巡らしたハルカは、亜空間倉庫の口を開き、先ほど手に入れた果実を取り出した。

セバスはそれを見て 表情こそ変えないが驚いていた。

ごく自然に何の詠唱も動作も必要とせず 見たことも無い魔法を使いこなす子供。

ハルカは未だ この世界に於ける自分の価値を認識していなかった。


「これ・・知ってる?」


「はい。少し前に休憩した場所で見かけました。

皆が喜んで食べていましたので 少しなら取り置いたものが荷物の中にございます」


「・・なら、お腹が痛いのはいずれ治る。

この実にはほんの少し毒が有って・・食べると食あたりになる」


言い終わると実をまた亜空間にもどし、別のものを取り出した。

それは日本が誇る ラッパのマークの匂いがきつい、あの、お腹の薬である。


セバスは取り出された入れ物を見て再び驚愕していた。

ムラの無い色付きガラスのビンに材質不明プラスチックの蓋がしてあるなど、この世界では作れない代物だからだ。

ハルカはポケットからティシュを取り出すと一枚抜き出してひろげ、薬の錠剤を多めに包むとセバスに差し出した。


「これは魔法の妙薬( ウソです )・・お腹が治る。匂いは臭いけど良く効く(これホント)。皆に飲ませると良い。信用出来ないなら誰かに先に飲んでもらえばいい」


セバスは薬とハルカの言葉を真実だと確信した。

なにしろ、クスリを包んでいるティシュ自体が見た事も無い貴重品なのである。

日本人が日々使い捨てにしている物が手作業では到底作れない代物なのだと気が付いていないハルカである。


「こ、このような物を いただいても宜しいのですか?。

大変に貴重な者のように思えますが」


「まだ残っているから平気。使って。 セバス・・は大丈夫?」


「はい、私は給仕に専念して居りましたので食べておりません。 

・・なるほど、思い返せば確かにそうです。姫様はいたく気に入られたようで果実を沢山お召し上がりになりました。どおりで一番酷い状態です。

侍女も女性ですので甘いものに目が無く、こちらも伏せております」


どうやら、セバス以外の人間は全員使い物にならない状態らしい。良く今まで無事だったものだ。


「じゃあ早く・・薬を飲ませて・・」


「それが・・なにぶん姫様の馬車は男子禁制でございまして。

まして、今は・・なおの事 立ち入るべきではありません」


「では、侍女の人を先に治す・・のがいい?」


それではと、セバスと使用人用の馬車に向かう。

馬車のドアを開けると、強烈な臭いがあふれ出てくる。

鼻の敏感なネコのノロは急いで逃げ出してしまった。


侍女は何かに座ったまま気を失っていた。

酷い脂汗を流して苦しそうな顔をしている。

とりあえず、セバスには下がっててもらい 風の魔法で空気を入れ替えた。


侍女が座っていたのは スカートに隠れて分かり難いが簡易式の携帯用トイレ。

俗に言うところのオマルであろう。勿論プラスチック製ではない。

苦しみながら用を足していたが、激痛に耐えられなくて気を失ったようだ。

状況は分かった。しかし子供の力では彼女を動かす事は出来ない。


かと言って男性のセバスに手を借りる訳にはいかない。

若い女性がこのような姿を知人に見られ介抱されたと知ったら 後々恥じて自殺してしまうかも知れない。


しょうがないので、そのまま解毒の魔法をかける。

ほんの少し 苦しい表情が和らいだ気がする。

思ったより重症な姿を見て ハルカは真剣に対処せざるおえなくなった。


毒は消したが状態が悪いのは変わり無い。

紙コップにペットボトルの水をそそぎ クスリを飲ませようとすると侍女が意識を取り戻し目の前のハルカに驚いていた。

年のころなら18歳くらいの優しそうな少女である。


「これ薬・・・信じて飲んで」


最初は薬の匂いに顔をしかめた彼女だったが、腹痛の苦しさには勝てず 一気に飲み込んでいた。

トイレットペーパーを切り取って渡すと驚いていたが 意味するところは理解したようで、器用にスカートの下で尻の始末をする。

オマルのフタを閉じ、自力で馬車のイスに横になった。


「ありがとう、お嬢さん。このご恩は忘れません」


ハルカは小さく頷くと馬車から出た。

侍女はこれで大丈夫だろうが、とても主人の世話をするのは無理だろう。

侍女を治して王女の世話をさせるという当てが外れてしまった。

彼女よりも多く食べたであろう お嬢様とやらを思うと大きなため息が出てくる。



「あぅぅ、いだいよぅ、ははうえぇぇ」


案の定、豪華な馬車のドアを開けると ハルカと同じような年頃の少女が泣き叫び 涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっている。

上等なドレスは身分の高さを表しているが、今の姿はオマルに座り込んで苦しんでいる単なる子供でしか無い。


「くっ、何者です・・こんな姿を笑いに来たのですか。それとも命を取りにきたか‼」


「違う。セバスに頼まれた。助ける」


ハルカは驚き、次に感心した。

少し前まで歳相応にグズっていたのに、他人の目を気にした途端に貴族の態度に変わるあたりは流石である。


「セバスがよこしたのなら・・許します。入って直ぐにドアを・・閉じなさい。

このような姿を見られたら、その者を・・手打ちにしなくてはなりません」


物騒な言葉を聞かされ、さらに他人の糞尿の匂いが満ちた空間に入れられて 心底ウンザリするハルカである。

ともあれ、先ほどの侍女と同じ手順で解毒の魔法をかけ、薬を何とか飲ませる事に成功した。

少し楽になった王女を見て、このまま終わるかと思っていた。

そんなハルカを衝撃の命令が襲う。


「大儀でした、少し楽になってきたわ。では、早く清めて私の介抱をなさい」


そう言うなり、スカートをめくり 尻を上に突き出してきた。

これにはハルカの顔が盛大に引きつった。

姫様はしもの世話もしろと言っているのだ。

しかも、この世界には尻をふく紙など無いのか小さな水おけが側に置いてある。


つまり、インドのトイレと同じように 素手でお尻をふき、水で手を洗う形式なのであろう。それをハルカに やれと申し付けているのだ。

しかし、日本生まれのハルカにそんな真似が出来るはずが無い。

何が悲しくて他人のウンチに素手で触らなければならないのか!。


片や、物心付いた時から侍女に世話をされるのが当然な生活を送っていたお嬢様。

何ら疑問も持たずにハルカに世話をさせようとしているだけで 全く悪意は無いのだ。

ハルカは一瞬で亜空間倉庫からあるものを取り出した。

今までの人生で最速の魔法発動である。

取り出したのは言うまでも無くトイレットペーパー。


仕事を終えたハルカが馬車のドアを開くと心配顔のセバスが待っていた。

座席には横たわって寝息をたてるお嬢様。

腹痛も和らいで少しだけ落ち着いたようだ。

セバスは心底安心した。


礼をすべく振り返ると 何処にもハルカ達の姿は無かった。

慌てたセバスが戻ってきた騎士達に尋ねるも 誰一人立ち去る姿を見かけたものは居ない。

手元には彼女の残した妙薬が確かに残っている。


騎士達はセバスから渡された薬の匂いに疑惑の念を持ちながらも続く腹痛に耐えかねてしぶしぶ薬を飲み込んだ。少しして全快し 薬の効能に驚いていた。

後に彼らは「黒い髪の妖精、ルカに助けられた」 と報告したのだった。


そのような報告がまともに受け入れられる世界なのである。




そんな慌てふためく一行から かなり離れた草原にハルカとノロはいた。

魔法で草を刈り、6畳間ほどの広さの場所に毛布を敷いて寝転んでいた。

ハルカが心身ともに疲れ果てていたからだ。

この出来事がトラウマとなり、ハルカは綺麗な馬車には近づかないと心に誓うのだった。


「ハルカ・・転移の魔法が使えるなら 何日も歩かなくても良かったと思うにゃ」


「今の・・この体では一回飛ぶと・・魔力が半分以上無くなる。色々と危険」


「じゃあ 何で急に逃げたの?。きっと馬車に乗せてくれたにゃ」


「バレたら・・きっと殺される」


ハルカは立ち上がって端の方に行くと モゾモゾとスカートを捲り上げ下着をずらして・・立小便を始めた。


「まぁ、確かに、あの状況でハルカが男と分かったら殺されるにゃ」


「こんな服を着せたノロのせい」


「いや・・ハルカってば、誰が見てもカワイイ女の子の顔だからね」


長い黒髪で美少女に見えるハルカは男の子だった。

別にその手の趣味が有る訳でもなく、男の娘でもない。


色々と不幸な事情が重なった結果であった。


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