第3話 だったら……キスぐらい
「ほら、行くぞ。タクシー、すぐそこだから」
「離せよ。一真、何で、わかったって言えないんだよ」
「言えるわけないだろ!俺にとっては、どっちも大事なんだから」
「何で、そうやって逃げんだよ」
「逃げてるわけじゃない。どっちも選べないんだ。ほら、行くぞ」
拓生に嘘をついて、俺は肩を貸す。
本心なんか死んでも言えない。
言ったら、何もかもが壊れちゃうだろ。
「だったら、キスぐらいなら大丈夫だろ?それぐらいなら、一真の奥さんだって。挨拶だって言えば許してくれるだろ?」
「無理だ。俺は、そんなつもりない。あっ、タクシー停まってる。ラッキーだったな!」
俺達が着くとタクシーのドアが開く。
「ほら、拓生。タクシー乗れよ!俺は、歩いて帰れるから……。運転手さん、一人で。場所が……」
拓生の家の住所をスマホで調べた瞬間だった。
「だったら、俺と……」
一瞬、何が起きたかわからなかった。
「拓生。やめろよ」
頭の中は、真っ白で。
触れられた唇がジンジンジンジン痛み出す。
「あっ、すみませんが、……までお願いします」
冷静を装って、運転手に話す。
「キス魔だねーー。俺も同級生にいるからわかるわ。兄ちゃんも大変だな!ちゃんと送るからな」
「よろしくお願いします」
拓生は、何もなかったように眠っている。
俺は、シートベルトをつけてあげて車から降りる。
「じゃあ、気をつけてな!兄ちゃん」
「はい。よろしくお願いします」
タクシーの運転手が変な目で見るタイプじゃなくて心底安心した。
「ふざけんなよ」
吐き捨てるように言ってから、歩き出す。
【セックスレスとか真理子を抱けとかキスしてきたりとか……。本当にいい加減にしろよ】
何度も何度も心の中でつぶやく。
何で幸せでいてくれないんだよ。
何でレスとかになってるんだよ。
何で……。
何でが降り積もっていく。
結婚式で君が幸せそうに笑っていたから、俺はようやく諦めたのに……。
なのに、何で……?
幸せじゃないのかよ。
何でこんな事になってるんだよ。
「あーー、あーー」
家の近くで頭をグシャグシャに掻いて歩いていた。
「おいおい!酔っぱらいの君。何を悩んでるんだ?」
その声に振り向くと妻が居た。
「あれ?今日は、泊まりだったんじゃなかったっけ?
「そうだったんだけどねーー。何かさ、泊まる気持ちがなくなっちゃったんだよねーー。そっちは?」
「こっちも色々あったよ」
「そう!じゃあ、飲みながら話そうか」
「いいよ。チーズ買ってあるし、ワインでも開ける?」
「いいね。そうしよう」
嬉しそうに笑う妻を見ているだけで、幸せな気持ちになる。
俺と妻は、似た者同士だから……。
互いの痛みも悲しみもよく理解出来る。
だから、俺達は結婚したんだ。
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