2-3
ユミバナの街に着いたボクたちは、早速宿を取った後に部屋でフェルに人語について教えてもらう事になった。教えてもらっている間に、テオには冒険者登録と冒険者に向けての講義会の予約をしてもらっているのだが・・・・
「・・・・なぜ、僕なんだ?」
ボクに教える事になったフェルは嫌そうな顔・・・・かは無表情で分からないが、エルフ特有の能力で嫌そうな雰囲気だという事は理解してしまう。どうやらフェルの中ではボクは未だに痴女という扱いから脱していないようだ。
そういう意味も含めて、テオではなく、フェルに教えてもらおうと決めたのだが、もしかしたら今度は自分が痴漢されてしまうと誤解させたのかもしれない。フェルの容姿も整っているからボクと同じ苦労をした可能性もある。
「ボクが。痴女ないよ?」
「・・・・それは分かった。でも、僕の理由が分からない」
確かにユミバナに来る間もボクと喋っていたのはテオがほとんどで、フェルからしたら無口な自分が選ばれた理由が分からないのだろう。正直、教えてくれるのがフェルに決まった時は少しだけホッとしたんだ。
「テオは、その、思春期みたいだから・・・」
両親からもらった、この容姿が嫌いではないけれど、人間の男たちから見るとボクの容姿や身体つきは相当良く見えるようで、いやらしい視線を向けられる事が多かった。それだけならまだ良かったんだけど、中にはボクを手籠めにしようと輩までいて、それ以来、男のそういう視線に嫌悪感を前にも増して感じるようになってしまった。
テオのは思春期特有の年頃な男なら仕方ないと頭ではわかっていても、どうしても身体が無意識に拒否してしまうのだ。不思議とフェルからはそういう視線も雰囲気も全く感じない。
「・・・・そうか。なら仕方ないな」
「ありがと」
「・・・・確かにゲームだとテオも余裕なくて、そんな目で見れる余裕もなかっただろうしな・・・」
「? なんのこと?」
「・・・・なんでもない。それよりも教えるからには厳しくいくぞ」
「望む所!!」
「・・・・・その前に」
フェルは表紙の真っ白な本を取り出すと、それをボクに渡してくる。中身を見てみるとエルフ語で書かれているようだったが、人語のふりがなが頭には付けられていた。ページごとによく使う言葉、使ってはいけない言葉、下ネタになってしまう単語や言葉、誤解を招く言葉、単語の意味と解説と、ボクが欲しいと。知りたいと思っていた事の大半が目次を見ただけで書かれていると分かった。
「こ、これは?」
「・・・・一人でいる時に勉強すると良い」
「く、くれるの?」
「・・・作ったのに、あげなかったら意味がない」
「あ、ありがと!!ありがと!!」
ボクと出会って、まだ一日しか経っていないのに、徹夜でこんな本まで作ってくれたフェルの優しさにボクは視界が涙で滲むのを感じた。人間に下心もなく、こんなに優しくされたのは生まれて初めてかもしれない。
「・・・それは勉強用だから、今は実際に話して覚えるぞ」
「うん!!」
「・・・・・・まずは絶対に知っておかなければならない言葉だ。口で何度も言って脳に叩き込め」
そんな言葉が人間の世にあるなんて、エルフとしてそこそこ長く生きているのに全く知らなかった。
本当に頼りになる相手に巡り合えたことにボクは心から感謝した。
「・・・じゃあ続けて言ってみろ」
「わかった」
「テオは可愛い」
「へ?」
「テオは世界一可愛い。はい」
無言で言うように促されるが、それのどこが絶対に覚えないといけない言葉なのか脳が理解できない。
言葉の意味は普通に分かるのだが、それって単純にテオを褒めてるだけの言葉にしか思えない
「あ、あの、それはテオを褒めてるだけの言葉じゃ?」
「・・・・違う。事実だ。テオは世界一可愛い。1,2、さんはい!!」
「て、テオは世界一可愛い・・・・」
「声が小さい!!」
「テオは世界一可愛い!」
「もっとハキハキと!!恥じらいなど捨ててしまえ!!」
「テオは世界一可愛い!!」
「まるで心が籠っていない!!貴様の魂は空っぽなのか!?テオは世界一可愛い!!」
「テオは世界一可愛い!!」
「お前ら、周りの迷惑だから止めろー!!てか、エルムさんを洗脳教育しようとしてんじゃねぇー!!」
予約をして帰ってきた俺を待っていたのは、美少年と美少女による俺が可愛いと聞き捨てならない言葉を連呼する奇行に走っている二人だった。傍目から見たら洗脳教育の場面にしか見えない。
どちらかといえば可愛いって当てはまる容姿はお前ら二人だろうとか、お前らに言われたら嫌味なだけだろっとか色々と言いたいことは山ほどあるが、とりあえず教える相手をフェル一人に任せたのは大きな間違いだったのは理解した。
「フェル、何か言い訳はあるか?」
「・・・怒っているテオが可愛い」
「はぁ・・・・エルムさんも、そんな言葉を真に受けないでくださいよ」
「ご、ごめん」
両手を合わせて謝るエルムさんのほうがやっぱり可愛いなと思ったが、今は延々と俺の名前を連呼されていたことの方が恥ずかしい。このままの調子だとフェルに何を教えられたか分かったもんじゃないし、今日は予定を押してエルムさんの人語への勉強を優先して丸一日付きっ切りで教えることにした。
翌日、俺は二人と一緒に再び冒険者ギルドに向かい、予約票を受け付けの人に渡す。
「お願いします」
「かしこまりました。あちらにお掛けになって、しばらくお待ちください」
「はい」
酒場も兼ねているようで、言われたテーブルに座りながら待っている間。早めに来たこともあって時間に余裕もあるし、俺たちは腹ごなしする為に簡単な軽食を注文する。ただ、その間もぶしつけな視線をあちこちから感じた。
「ぐへへ、可愛い子がいるじゃねぇか」
「お前、ちょっと話しかけてみろよ・・・」
「えぇ・・・俺とじゃ釣り合わないって・・・」
あちらこちらから聞こえる声に、エルムさんは顔を顰める。
意外なことにフェルも顔を顰めており、周囲を警戒するような視線を飛ばす。
「・・・テオが狙われている」
「いや、明らかに俺じゃないだろ?」
「・・・・テオ以外に可愛い子いないよ?」
「それはそれでボクも結構傷つくんだけど?」
昨日の特訓の末、普通に喋られるようになったエルムさんは苦笑交じりにフェルに視線を向ける。
よく分からないが、少しの間にフェルはエルムさんから信頼を勝ち取ったようで、俺もウカウカしてられない。
「講義会に出られる冒険者の皆様、お待たせしました!!会場の準備が整いましたので奥の修練場にお集まりください!!」
講義会に出席した僕たちは、色々な技術や知識を教えられた。
テントの正しい張り型はもちろん。野営に向いている場所、不向きな場所、一日の食糧消費算出方法、短期の冒険で必要な物資、害虫よけの方法、長期の冒険で必要な物資、野営するときの注意点や他パーティーと組んだ時の報酬配分の相談方法、数えたら切りがないぐらいに親切丁寧に教えてくれる。
なんでも近年は魔王復活もあって、冒険者の死亡数が多いらしく、こういった講義にも熱を入れるようになったんだとか。講義を受けている間の宿泊費や食費なんかも冒険者ギルドと契約している宿を使えば無料で使える手配までしてくれている。
うちのゲームとは大違いだ。
僕の方のゲームだとチュートリアルでもお金とアイテムはガンガン減っていくし、中盤になると借金というシステムの説明の為に、ちょうど稼ぎ時の場所を見つけて、ようやく懐が温まってきた頃合いを見計らったように所持金を0にされた上で借金させられる。しかも借金したお金はスリに合って持ち逃げされるので、実質借金だけが残る。なによりも酷いのは、見つけた稼ぎ場所は借金イベントと同時に消失するというおまけ付きだ。
プレイヤーたちの間では心折設計ポイントその1、ゲーム投げポイント1として評判のチュートリアルだ
「・・・なんて優しい世界なんだ」
「え? そうなのか?」
こんなに丁寧に教えてくれる上に、明後日からは一週間掛けて近くの森と洞くつで実施講義もしてくれるらしい。
しかも講義に出た課題を全て完了させると依頼達成扱いで依頼料が出るとまで説明があった。
「・・・ここは楽園への入り口?」
「・・・・・お前、どんだけ辛い過去だったんだ?」
悲痛な顔をされてしまうが、つらい過去があったのはゲームの主人公だ。
決して僕ではな・・・いや、プレイヤーという意味では確かに僕か・・・
「? 辛い過去って、何の話?」
「あとで説明しても・・・いいか?」
「・・・・構わない」
遠慮がちに聞いてくるテオに僕は頷き、エルムは真剣な顔を作ってはいるが、興味津々と長い耳をピコピコ揺らしており、まったく隠せていない。過去に何してたとかいう時の説明の手間が省けるし、隊長が頑張って作ってくれた設定なので有効活用しない手はない。
こうして僕たちの一日目の講義は終了し、翌日には明後日の講義に備えてのアイテムや食材の買い出しに必要な物をエルムと相談しながら決めていった。ついでに、僕の過去を説明されて目を真っ赤に腫らしたエルムに抱きしめられそうになるという恐怖体験があったことも記しておく。
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