第10話 中二語録を中二語録と理解できる奴も中二病

 さて、何者かと誰何されれば川野紫音ですと名乗るのが礼儀だが、彼女が俺を超人と疑っている今、馬鹿正直に実状を明かすのは愚策というものだ。


 初対面の印象は今後の運命を左右すると言っても過言ではない。

 故にエスプリの利いた切り出しが正解と言えよう。


 こほんとそれっぽく咳払いし、俺は二オクターブほど下げた低音を発する。


「黒炎のカルマだ」


 弱点は食塩ということにしておこう。海に落ちたらいちころだね。


 右はオレンジ、左は黒のオッドアイショートカット魔法少女は、怖気でも走ったかのように身体をわななかせるとざざっと後退り、キッと仇敵でも打つような目で睨みつけてきた。


「黒炎のカルマ……待ち兼ねましたよ、あなたとの邂逅の日を!」


 ノリ……なのか? にしては鬼気迫る表情だ。


『黒炎のカルマ』さんは俺が即興で想像した俺の妄想世界における暴虐魔王なのだが、はて、同姓同名の魔王様に安寧の日々を壊されでもしたのだろうか。 


 魔法少女はカラーコンタクトか魔眼か今のところは判別がつかないオレンジの瞳をカッと見開き、反比例するようにノーマルカラーの目を閉じてなにやら口を動かしはじめる。


「我に生命を授けし尊き主よ。今ここに刹那の奇跡を起こすことをお許しください――」


 これはあれだな、詠唱だ。


 彼女がプリティな魔法少女に声を充てる声優だったのならば、「生詠唱きたぁぁ!」と歓喜の声を高々と蒼穹に轟かせることができたのだろうが、残念ながら彼女は声優でも中二病でもなく本物の魔法少女であるようなので、


 「マジかよ……」


 と、俺から漏れ出る声は歓声ではなく悲嘆である。


 妹曰く、学校倒壊の危機らしいからな。

 さては爆裂魔法でも起こすのか?


 突然学校が倒壊すれば明日の朝刊のトップを飾ること間違いなしだが、俺はこの街にそんな不名誉なレッテルを貼り付けたくない。


 俺はこの街がそこそこに、いや大いに好きなんだ。

 体裁的にも物理的にも、この町を傷つけるわけにはいかない。


 大好きな故郷のためだ。俺はプライドを捨てて暗黒語を発した。


「いいのか小娘。俺の特技は反転魔法だぞ?」


 反射覚悟で魔法を放つ阿呆は異界にも存在しないはずだ。黒炎のカルマさんだと勘違いされているのならば、そのアドバンテージを最大限生かすまでである。


 次の彼女のリアクション次第で、彼女が児戯に興じていただけのか、それとも本気で俺を敵的ななにかと勘違いしているのか明らかになるだろう。


「なっ⁉ まさかあの時も反転魔法で……」


 心当たりのない因縁を付けられた。

 あの時もなにも今が初見なんだが。


「ってなに弱気になってるんだわたし。インフェルノは最上位にして最強の魔法。いくら闇の皇帝といえど無傷とはいかないはずです!」


 威勢をなくしたかと思えば、急に意気込んだり、感情の起伏が激しい奴だな。


 しかし、少女の瞳に復讐の炎が滾っているように見えるのは気のせいだろうか。

 ……まさか本当に黒炎のカルマさんが異界を統べてるのか? 

 いやいやまさか。名前ダサすぎるし。


 詠唱は最後の一節に入ったようだった。


「火神アグニート様より授かりし神聖なる焔。今こそ諸悪を業火で炙りし時。焼き尽くしなさい! インフェル――」


 詠唱終了間際、屋上の扉が音を立てて勢いよく開いた。


「兄さん! 止めてください!」


 天の大音声が屋上に響き渡る。


 止めるったってどうすれば……なんて愚問はコンマ一秒経たずとして消滅し、俺はつい先ほど瞬間移動した時と同じ要領で瞳を閉じた。


 ――不発しろ!


「――ルノ!」


 空っ風が威勢のいい金切り声を山の彼方に運んでいく。


 瞼を開いて飛び込んだ景色に変化はない。

 視界の端で、天がへにゃっと膝から崩れ落ちた。


「よかったあ~」


 かくして学校倒壊の危機は免れたらしい。

 ……って言っても俺にはずっと不発にしか見えなかったんだけどな。


 ところが不発と認識していたのは俺だけではないらしい。


「また失敗……もうダメです」


 ははっとヒステリックな笑い声を上げて、魔法少女はぺたんと床に座り込んだ。

 落胆した表情を見るに、本人もまた不発に終わったという自覚があるのだろう。


 オレンジの瞳に手をかざしたかと思うと、瞳が立ち所に黒く変化する。やっぱカラコンじゃねぇかと思って間もなくコンタクトを外す動作がなかったことに気づいて、たぶん本当に魔眼かなんかなのだろうと俺は一人考察を立てた。


「ゴカイになりたい……あ、それじゃゴカイに申し訳ないか。……あは、あははは」


 どうやらかなり精神的に参っているらしい。

 このまま放っておくとリスカ趣味のメンヘラ魔法少女になりかねない。

 それはそれで一定数の需要がありそうな気がしないでもないがそれはさておき。


 触らぬ神に祟りなしというが、現状においては触らずとも祟られてしまいそうだ。

 見るに忍びない惨状に堪えかねて、俺は彼女に語りかけた。


「いいのかここで諦めちまって。止まるのは楽だが、歩き始めるのは難しいぞ」

「え?」



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