第11話 返り討ち
オリーブよりも一足早くサウナから出た私は、バケツで汗を流し、氷かと思うほど冷たい水風呂に肩まで浸かった。
「ふぅー……」
無心になり、全身の温度が下がっていくのをじっくりと待つ。
そして、ここだと思うタイミングで上がり、近くに置いてあった椅子に座った。
「はぁ……」
…………。
……………………。
◆
しばしの無心を堪能した後、ゆっくりと目を開き、満天の星空を見つめる。
……日本でよく聞いた『整う』というのは、こういうことを言うんだな……。
凄く気分が良い。
そんな余韻を楽しみつつ、私は先程の決断について考えていた。
──未来の勇者・ダフネ様の囲い込み。
この決断は、私の将来を大きく左右することになるだろう。
なにせ、私とバチバチに敵対し合う仲になるのだ。
……だが逆に、このままの未来を歩めば、私と敵対するという事も分かっている。
だからこそ、今の段階で私から勇者に接近するというのは、そこそこ良い手ではないだろうか。
……推しと暮らしたいという願望からではない。
いや、マジで、本当に、決して。
…………多分。
というか、推しは眺めるものだ。
触れるものではない。
それを理解しているため、ダフネ様を連れ帰った後も、身の回りの世話は使用人に任せ、剣術はオリーブに教えさせるつもりだ。
私は、何もしない。
最低限の指示だけを出し、推しが育っていく様子をただ眺めることに徹する。
今の段階で、ダフネ様に好印象を持たれれば、まず間違いなく敵対ルートは避けられるだろう。
……ダフネ様に見限られない限りは。
でも、恩を仇で返すような性格でもないはず。
ならば、恩を売って、売って、売りまくればいいだけの話。
……その上で、私は私の野望を叶えるだけだ。
前世の記憶が手に入る前から持ち続けている、たった一つの野望を。
これを叶えるために、私は生きていると言っても過言ではない。
その過程で、ダフネ様と敵対することもあるかもしれない。
……作中では、ダフネ様の地雷の上でタップダンスしてたからな。
だが、作中で出ていた地雷は、すべて把握している。
そのほとんどを避けながら、私は野望のために突き進めばいいだけの話だ。
……絶対に避けられない地雷も、もちろんあるのだが。
……さて、と。
「風呂場にまで来るとは、無礼な奴らだ。誰の指示だ?」
そう問いかけると、柱の陰から覆面をした男たちが現れた。
人数は……四人か。
まあ、覚悟はしていたが。
「おいおい、だんまりかよ。折角の湯の場なんだ。ゆっくり話そうじゃないか」
「……そんな義理も道理もない」
「冷たいこと言うなって」
「……ならば、貴殿の返り血で温めさせてもらおう!!」
……小説みたいな言い回しだな。
しかも、小悪党の。
四人の男が跳びかかっているのを見ながら、私は呑気にそんな事を考えていた。
「お命、頂戴いたす」
「やだ」
まずは一人目。
真っ先に来た男を、思いきり平手で殴る。
そして、それと同時に、無詠唱で炎魔法を炸裂させた。
──ボンッ!!
「ぐおっ!?」
「ほら、どうした? 来いよ」
軽い口調で語りかけながら、一歩踏み出す。
相手も今の一撃で警戒したのか、私に合わせて一歩後ろに下がった。
「近づいたら離れるなんて、本当に冷たいやつらだな」
「……貴様、影武者か?」
「違うし、もしそうだとしても頷かないだろ」
「……どちらにせよ、只者ではないようだな」
「カーディナリス家の長男ですから」
「だから、殺しに来た」
でしょーね。
「なら、さっさと殺しに来いよ。怖いのか?」
「……抜かせ!!」
「馬鹿、やめろ!!」
あーあ、仲間のストップも無視して来やがった。
こういう相手には、こうだ!!
──バンッ!!
「脳天を貫く一撃。少々、衝撃が強すぎたかな?」
雷魔法に射抜かれたそいつは、そのまま音を立てて倒れた。
水場だから威力は調整したつもりだが、まさか死んではいないだろうな?
……まあ、そんなにやわな相手じゃないか。
「あと二人か。どうやって始末されたい?」
「くそっ、楽な相手と踏んでいたのに……!!」
「楽だったよ、さっきまでなら。私がリラックスしている貴重なシーンだったというのに、残念だったな。こんな千載一遇のチャンス、二度と訪れないぞ?」
「ふんっ。だが、所詮は貴族のボンボン。二人同時は厳しかろう」
「まあね」
手加減が難しそうだし。
「ならば、苦しんで死ぬ前に、さっさと」
「あ、協力でもする気か? なら、こっちもそうさせてもらおうか」
そう言いながら、ボールを投げるようなモーションで雷魔法を放つ。
狙った先は、相手の心臓。
雷は、寸分違わずに直撃し、相手は一瞬で倒れた。
そして──
「ご無事でしたか、エリヌス様!?」
「ああ。楽勝だったぞ」
──もう一人の方は、オリーブに背後から殴られ、一瞬で気絶させられた。
「申し訳ございません。わたくしがついていながら……」
「よい。この程度の相手、私一人で処理できる」
「ですが……」
「大体、風呂場だぞ? ここは、身分関係なく身を休める場だ。私を守るのは、ここ以外の時だけで十分だ」
「そういう訳にもいきません。わたくしは、エリヌス様の護衛ですから」
「……そうか。……まあ、そうは言っても、せっかくの風呂の時間なんだ!! もう少しゆっくりしよう!! 今ので汗もかいただろうし、水風呂に入ってこい。気持ちいいぞ?」
「……はい。ありがとうございます。ですが、この者どもは……」
「後で雇い主を吐かせるが、それまではここで眠っておいてもらおう。私も湯で休みたい。起きてきたら、その度に魔法を使う。私も、魔法の練習に最適だ」
「そう、ですか……」
だいぶ落ち込んでいる様子のオリーブを見ながら、私は湯に浸かった。
……気にしなくていいのにな。
オリーブだって人間だ、休みたいときに休めばいいのに。
そんな事を考えながら、しょんぼりと水風呂に入っているオリーブを湯気ごしに見つめた。
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