第11話 返り討ち

 オリーブよりも一足早くサウナから出た私は、バケツで汗を流し、氷かと思うほど冷たい水風呂に肩まで浸かった。


「ふぅー……」


 無心になり、全身の温度が下がっていくのをじっくりと待つ。

 そして、ここだと思うタイミングで上がり、近くに置いてあった椅子に座った。


「はぁ……」


 …………。

 ……………………。





 しばしの無心を堪能した後、ゆっくりと目を開き、満天の星空を見つめる。

 ……日本でよく聞いた『整う』というのは、こういうことを言うんだな……。

 凄く気分が良い。


 そんな余韻を楽しみつつ、私は先程の決断について考えていた。


 ──未来の勇者・ダフネ様の囲い込み。


 この決断は、私の将来を大きく左右することになるだろう。

 なにせ、私とバチバチに敵対し合う仲になるのだ。

 ……だが逆に、このままの未来を歩めば、私と敵対するという事も分かっている。

 だからこそ、今の段階で私から勇者に接近するというのは、そこそこ良い手ではないだろうか。


 ……推しと暮らしたいという願望からではない。

 いや、マジで、本当に、決して。

 …………多分。


 というか、推しは眺めるものだ。

 触れるものではない。

 それを理解しているため、ダフネ様を連れ帰った後も、身の回りの世話は使用人に任せ、剣術はオリーブに教えさせるつもりだ。

 私は、何もしない。

 最低限の指示だけを出し、推しが育っていく様子をただ眺めることに徹する。


 今の段階で、ダフネ様に好印象を持たれれば、まず間違いなく敵対ルートは避けられるだろう。

 ……ダフネ様に見限られない限りは。

 でも、恩を仇で返すような性格でもないはず。

 ならば、恩を売って、売って、売りまくればいいだけの話。

 ……その上で、私は私の野望を叶えるだけだ。

 前世の記憶が手に入る前から持ち続けている、たった一つの野望を。

 これを叶えるために、私は生きていると言っても過言ではない。


 その過程で、ダフネ様と敵対することもあるかもしれない。

 ……作中では、ダフネ様の地雷の上でタップダンスしてたからな。

 だが、作中で出ていた地雷は、すべて把握している。

 そのほとんどを避けながら、私は野望のために突き進めばいいだけの話だ。

 ……絶対に避けられない地雷も、もちろんあるのだが。


 ……さて、と。


「風呂場にまで来るとは、無礼な奴らだ。誰の指示だ?」


 そう問いかけると、柱の陰から覆面をした男たちが現れた。

 人数は……四人か。

 まあ、覚悟はしていたが。


「おいおい、だんまりかよ。折角の湯の場なんだ。ゆっくり話そうじゃないか」

「……そんな義理も道理もない」

「冷たいこと言うなって」

「……ならば、貴殿の返り血で温めさせてもらおう!!」


 ……小説みたいな言い回しだな。

 しかも、小悪党の。

 四人の男が跳びかかっているのを見ながら、私は呑気にそんな事を考えていた。


「お命、頂戴いたす」

「やだ」


 まずは一人目。

 真っ先に来た男を、思いきり平手で殴る。

 そして、それと同時に、無詠唱で炎魔法を炸裂させた。


 ──ボンッ!!


「ぐおっ!?」

「ほら、どうした? 来いよ」


 軽い口調で語りかけながら、一歩踏み出す。

 相手も今の一撃で警戒したのか、私に合わせて一歩後ろに下がった。


「近づいたら離れるなんて、本当に冷たいやつらだな」

「……貴様、影武者か?」

「違うし、もしそうだとしても頷かないだろ」

「……どちらにせよ、只者ではないようだな」

「カーディナリス家の長男ですから」

「だから、殺しに来た」


 でしょーね。


「なら、さっさと殺しに来いよ。怖いのか?」

「……抜かせ!!」

「馬鹿、やめろ!!」


 あーあ、仲間のストップも無視して来やがった。

 こういう相手には、こうだ!!


 ──バンッ!!


「脳天を貫く一撃。少々、衝撃が強すぎたかな?」


 雷魔法に射抜かれたそいつは、そのまま音を立てて倒れた。

 水場だから威力は調整したつもりだが、まさか死んではいないだろうな?

 ……まあ、そんなにやわな相手じゃないか。


「あと二人か。どうやって始末されたい?」

「くそっ、楽な相手と踏んでいたのに……!!」

「楽だったよ、さっきまでなら。私がリラックスしている貴重なシーンだったというのに、残念だったな。こんな千載一遇のチャンス、二度と訪れないぞ?」

「ふんっ。だが、所詮は貴族のボンボン。二人同時は厳しかろう」

「まあね」


 手加減が難しそうだし。


「ならば、苦しんで死ぬ前に、さっさと」

「あ、協力でもする気か? なら、こっちもそうさせてもらおうか」


 そう言いながら、ボールを投げるようなモーションで雷魔法を放つ。

 狙った先は、相手の心臓。

 雷は、寸分違わずに直撃し、相手は一瞬で倒れた。

 そして──


「ご無事でしたか、エリヌス様!?」

「ああ。楽勝だったぞ」


 ──もう一人の方は、オリーブに背後から殴られ、一瞬で気絶させられた。


「申し訳ございません。わたくしがついていながら……」

「よい。この程度の相手、私一人で処理できる」

「ですが……」

「大体、風呂場だぞ? ここは、身分関係なく身を休める場だ。私を守るのは、ここ以外の時だけで十分だ」

「そういう訳にもいきません。わたくしは、エリヌス様の護衛ですから」

「……そうか。……まあ、そうは言っても、せっかくの風呂の時間なんだ!! もう少しゆっくりしよう!! 今ので汗もかいただろうし、水風呂に入ってこい。気持ちいいぞ?」

「……はい。ありがとうございます。ですが、この者どもは……」

「後で雇い主を吐かせるが、それまではここで眠っておいてもらおう。私も湯で休みたい。起きてきたら、その度に魔法を使う。私も、魔法の練習に最適だ」

「そう、ですか……」


 だいぶ落ち込んでいる様子のオリーブを見ながら、私は湯に浸かった。

 ……気にしなくていいのにな。

 オリーブだって人間だ、休みたいときに休めばいいのに。

 そんな事を考えながら、しょんぼりと水風呂に入っているオリーブを湯気ごしに見つめた。

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