第10話 サウナにて

「…………」


 つ、疲れたぁ……。

 柔らかいベッドに身を預け、大きなため息を吐く。


 パーティー自体は、結果から言えば大成功だった。

 バーティー自体・・は!!


 私も色々な人と話すことができた。

 元々、父のおかげでそれなりに顔は広かったのだが、今回の会食で初めて顔を合わせた貴族ともかなり親密になれた。

 特に、今後勇者のパトロンとなりそうな貴族とは、積極的に仲良くするように動いた。

 それから、国での影響力が大きい貴族。

 財政的な面でカーディナリス家に勝る貴族はほとんどいないが、古くからの名家ゆえに持つ影響力というものもある。

 そういった貴族と話す機会を得られたことはかなり大きい。


 オリーブもよかった。

 生来の物腰の柔らかさと優しさから、会う人会う人に気に入られてた。

 私自身、良い部下を持ったなと何度も褒められた。

 それに、オリーブにとって有利な人物──国家防衛などに関わっている者たちと話すこともできていた。

 最初の取次は私が行い、後はすべてオリーブに任せていた。

 それで十分なくらい、オリーブの社交能力は高いのだ。

 というか、この武器がこうで、あれはどうで……などと話していたせいで、私が口を挟む隙は一切なかった。

 でも、おかげでオリーブは様々な人に覚えてもらえた上に、色々な家から『我が家の護衛隊を見に来ないか』と誘われていた。

 色々と勉強になるだろうからと、私はすべて快諾した。

 ちなみに、『我が家にも指南に来ないか』という類の誘いもあった。

 私もオリーブも、もちろん断ったが。


 問題はダフネ様だ。

 作中ではもう少し歳が上になっていたこともあり、対外的には硬派な武人的なイメージを持たれていたのだが……。


 今のダフネ様は、推しの贔屓目を抜きに見れば、完全なクソガキだった。


 敬語は使わない、発言がド直球、気に入らない相手とは話すらしない。


 こんな調子だったから、間を取りなす苦労が絶えなかった。

 オリーブもフォローには回ってくれていたが、それでもカバーできないくらいにクソガキだった。

 それに、武人と見るや否や、すぐに駆け寄って、剣を教えてくれと頼み込みに行っていた。

 こういう貪欲さも将来の強さの理由なのだろうが、場をわきまえてほしかった……。

 まあ、子供だという事もあり──身長のおかげで実際よりもさらに年下に見られていた──ある程度見逃せてもらえていたし、見込みがあるとして、演習に誘われることもしばしばあった。

 ……でもダフネ様、私の影響力がなかったら確実に死んでたな。

 将来の敵の権威に守られるのは、どうなのだろうか……。

 悪役貴族の威を借る勇者……。


 まあ、推しが可愛かったので、ほとんどプラマイゼロだが。

 いや、むしろプラスまである。

 推しに引き合わせてくれたオリーブには、今度褒章を上げよう。


「よし」


 ベッドから起き上がり、鞄の中をあさる。

 今回取った宿には、最高級の温泉がついているのだ。

 しかも、サウナがあるらしい。

 日本にいた頃も気にはなっていたが、結局はいることは無かったな。

 疲労感が取れるらしいので、今の私にはうってつけだ。

 ……正直言って、今日一日でかなり疲れたからな。

 少しだけ期待していよう。





「ふぅー……」


 高温の蒸気を浴びながら、大きく息を吐く。


「オリーブ、お前もサウナは初めてか?」

「はい。本で読んだことはありましたが、実際に体験するのは」

「……随分と涼しい顔をしているな」

「鍛えてるので!!」


 そういう問題じゃないだろ、とは思うが、冒険者時代の鍛錬で熱耐性をつけた可能性もあるので、何も言わなかった。


「エリヌス様は、随分と汗をかかれておられますね」

「ああ。どうやら私は、長居できるタイプではないようだ」


 まだ入って五分ちょっとだが、もう全身汗だくだ。

 まあ、初めてだし、こんなものだろう。


「あと少ししたら、私は先に上がるぞ」

「あ、でしたら、わたくしも……」

「私に合わせなくていいぞ」

「……でしたら、もう少しだけいいですか?」

「当然だ。珍しいものだから、好きなだけ入っておけ」

「はい!!」


 …………。


「……なあ、オリーブ」

「なんですか?」

「ダフネのこと、どう思う?」

「どう、ですか?」

「ああ。剣の事でも、何でもいい」

「…………。……そうですね……。剣術に関しては、実際に目で見ていないのでわかりませんが、筋はあると思いますよ」

「と言うと?」

「最初、王国騎士団の訓練場の壁をよじ登っていたのを見つけたのですが」


 ダフネ様、そんなことしてたのかよ!?


「結構高いところまで登れてたんですよ。素手で、十四歳の、女の子が、ですよ?」

「それは……凄いな」

「ええ。壁の八割くらいは上っていましたよ」

「ほんとに凄いな!?」


 恐らく、壁はレンガ造りだろう。

 レンガの間を掴んでよじ登るって、並大抵じゃないぞ……。


「ええ。なので、かなり驚きましたよ」

「それは、私でも驚く」

「恐らく、筋力が常人以上にあるのでしょう。剣を振っている手には見えなかったので」

「……どういうことだ?」

「剣を振っている人は、手を見れば分かります。こんな風に、皮が厚くなるので」


 そう言って見せてくれたオリーブの手は、確かに私のと見比べると固く見えた。


「そういった鍛錬を積まずに、あれだけの行動ができるという事は、それだけ筋力が発達している証拠です」

「……じゃあ、剣を鍛えれば、強くなるか?」

「はい。間違いなく」


 そう断言するオリーブに、私はにやりと笑いかけた。


「良いこと考えた」

「なんですか?」


「オリーブ。あの娘を、我が家に連れて帰るぞ」


「はい。……って、えぇ!?」

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