第9話 推しが尊い
……正直なところ、ほんの少しだけ察していた。
というか、ほぼ確信に近かった。
見覚えのある顔、僕っ娘、華奢な体つき、私との年齢差。
──この子は、後の勇者であり、私の、エリヌス様のライバル、ダフネ様だ。
一瞬で『そうだ』と言い切れなかったのは、彼女の顔にまだ幼さが残っているせいだろう。
あと、想像よりも背が小さかった。
とはいえ、オタクである私が推しを見抜けなかったとは、一生の不覚だ……。
「……失礼しました、ダフネ殿。初対面という事で、許してもらえませんか?」
「あ、ああ……。許してやるが……」
ん? なんか、若干私に引いてね?
「え、エリヌス様、どうなさったのですか……?」
「何がだ?」
「い、いえ。一庶民相手に、そんな丁寧な言葉など……」
……ああ、そういうことか。
ダフネ様は、まだ勇者でもなんでもない、ただの一般人なんだ。
そんな相手に敬語を使うなど、貴族においても、カーディナリス家においても、初めての事例だろう。
だが、たとえまだ一般人だとしても、推しは推し!!
丁重に扱わざるを得ないに決まっている!!
「……子供相手なんだ。いいじゃないか、このくらい」
「え、エリヌス様が、今までに見たことないくらい優しい顔をしてらっしゃる……」
……そんなに普段しかめっ面してるか?
「ところで、ダフネ殿。ダフネ殿は、どういった経緯でオリーブと会ったのですか?」
「……剣を教えてもらおうと、騎士団の訓練場に忍び込んでいたら、こいつに捕まった」
想像以上に大胆な行動をとってた。
これ、下手に見つかれば、死罪になってた可能性もあるぞ……?
まあ、もしそんなことになれば、私が全力で阻止するが。
「それは災難でしたね。……でしたら、明日にでも、私から騎士団に頼んで、稽古をつけてもらうようにしましょうか?」
「えっ、本当か!?」
「ええ。もちろん、オリーブもな」
「あ、ありがとうございます!!」
推しに直接貢げるとは、なんたる至福。
しかも、明日、実際に彼女の剣技を観れるとは!!
最高すぎないか!?
「……ん? ちょっと待って。エリヌス……さんは、騎士団にコネでもあるのか?」
「いえ、騎士団には、無いですよ」
そう言うと、ダフネ様の顔に失望の色が浮かんだ。
「そうか……。なら、期待するだけ損だな」
「……? どういう意味ですか?」
「騎士団の連中は、頭が固いんだ。いくら貴族ったって、そう簡単に話を聞いてくれない」
……?
……ああ、そういことか。
「ダフネ殿。失礼ですが、エリヌス様の事をご存じないのですか?」
「ああ。だが、僕のような一般人にその態度をとるという事は、そんなにお偉い家ってわけでもないのだろう?」
「……ダフネ殿。まだお気づきになっていないのですか?」
「ん?」
「エリヌス様は、かの有名なカーディナリス家の長男ですよ?」
「……え?」
ダフネ様の顔から、血の気がサーッと引いて行った。
……やっぱり、名前と家が結びついていなかったのか。
まあ、普段の私は、ここまで物腰柔らかくないしな。
……というか、エリヌス様のキャラを壊してしまってないか!?
い、今からでも立て直すべきか?
でも、そうすると、ダフネ様に敬語が使えない……。
「……ま、まあ、そういう訳だ。騎士団への話は任せてほしい」
「え、えっ、え……。あ、あ、あの、もう遅いかもですが、ぶ、無礼な態度を取ってしまい……」
「気にしなくていい。別にその程度で罰を与えるような狭量な人間でもない」
「あ、ありがとうございます……!!」
……ああ、推しが尊い。
可愛らしく頭を下げるダフネ様を見て、私は心の中で悶絶していた。
もちろん、表情には決して出さないが。
「オリーブ。パーティーの間、彼女のことを任せてもいいか?」
「はい。もちろん」
「ダフネ殿も、オリーブの傍を離れないでくださいますか?」
「は、はい……!!」
声が裏返ってる、可愛い!!
「さて、それじゃあ、そろそろパーティーの方に戻ろう。オリーブも、さっきの様子だと、まともな人脈を作れてないのだろう?」
「は、はい。恥ずかしながら……」
「では、私の後をついて来い。いくらでもチャンスを与えてやる」
……さて。
ここからは、気持ちを切り替えないとだな。
ずっと笑顔だった表情を、普段よりも厳しいものに変える。
……推しの前だ、カッコイイ姿を見せねば。
というか、私自身も、推しそのものなのだ。
推しのイメージを汚すわけにはいかない。
「……騎士団長。防衛大臣。衛兵長。護衛隊副隊長。この四人の姿は、既に確認してある」
「そ、そんなすごい方々が……」
「オリーブ。これをチャンスにするか、フイにするかはお前にかかっているからな? 気を引き締めろ」
「!! はい!!」
「ダフネ殿も、この機会に一緒に騎士団長と話してみますか?」
「え、よいのですか!?」
「当然。ですが、くれぐれも無礼のないように」
「は、はい」
……二人とも、問題なさそうだな。
それじゃ、面倒な会食に戻るとするか。
死亡フラグ回避のためのツテと、二人のコネ。
ミッションは少し増えたが、どちらも完璧にこなしてみせよう!!
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