第146話 オアシスの泉
オアシスにある木々は思ったよりも高く、葉の生い茂った樹が多かった。俺のイメージだと砂漠の中のオアシスはヤシの木なんかが数本と気持ち程度の草くらいだと思っていたけれど、このオアシスは完全に森といってもいいくらいだ。
おかげでまだ話に聞いていた水場も見えていない。カーナビにはこの中心に泉があることは確認しているから、まずはそこを目指すことになった。
「おっ、中に入ったら涼しくなった気がするな」
「本当だ!」
「日陰に入るだけでだいぶ違うものですね」
みんなの言う通り、日陰に入るだけで一気に涼しくなった。直射日光と照り返す日差しがなくなるだけで、これほどマシになるとは驚きだ。
「想像していたよりも涼しくてよかったよ。それじゃあ、はぐれないように気を付けようね」
「うん!」
「ホー!」
そこまで広くないから大丈夫だと思うが、何が起こるかわからないからな。警戒をしつつ、全員で進むとしよう。
「おっ、もうすぐそこだぜ!」
「ホー♪」
「もう少しか。カルラ、フー太、助かるよ」
森の中をしばらく歩き、ついにオアシスの泉まであと少しなようだ。砂漠にいた時よりも涼しいとはいえ、それでも昨日までいた街よりも遥かに暑いため、数十分歩いただけで結構な疲労感だ。
そしてこういう時に空を飛べるカルラとフー太がいてくれるのは本当に助かる。空高くを飛んで、どこに泉があるのかを確認してくれるから迷う心配はなかった。
「うわあ~すっごく綺麗だね!」
「ええ、これは素晴らしいです!」
木々を抜けると、突然そこに大きな泉が姿を現した。
緑あふれる自然の中に美しい泉が広がり、その表面には青い空が映っている。泉に手を浸すと、ひんやりとした感触が指先から全身へと広がっていく。森の中にポツンと存在する澄んだ美しい光景に俺達は目を奪われた。
先ほどまでの黒い砂漠の中に緑の森が存在することにも驚いたが、そんな森の中にこれほど綺麗な景色が広がっているとは思わなかったぞ。幻のオアシスと呼ばれているのも頷ける。
本当に夢のような光景である。しかし、周囲の暑さと地面には先ほどからずっと見てきた黒い砂が、目の前の光景が夢ではないことをはっきりと主張してくる。さすがに夢の中でこんな暑さと手から伝わる泉の冷たさは感じられないだろう。
「うひゃあ~冷たくて気持ちが良いぜ!」
「ホホ~♪ ホー!」
「ちょっ!? 二人とも、まずは危険がないか調べてからにしないと!」
俺が止める間もなく、カルラとフー太が泉に飛び込む。
暑すぎるから一気に飛び込みたいという二人の気持ちは分かるが、まずは周囲の状況を確認するのが先だ。
「……周囲にはなにもいないみたいだよ、シゲトお兄ちゃん」
「そうですね。なにか近付けば私も気付くと思います」
「それなら大丈夫か」
コレットちゃんが目を閉じて、その黒い耳をピンと張る。ジーナも周囲を見回した後に警戒を解いた。
耳の良いコレットちゃんと、目の良いジーナがそう言うのなら大丈夫だろう。
そして二人ともそう言いながらも、どこかソワソワしていた。まあ、二人の気持ちもよく分かる。
「それじゃあ、俺はキャンピングカーを出して準備していくから、二人も先に泉へ入ってきていいよ。でも周囲の警戒は忘れないでね」
「うん!」
「はい!」
この周辺は開けた場所になっており、先ほどまでは木々が遮ってくれていた陽の光が直接肌を焦がしてくる。さっきまでは少し涼しくなっていたから、余計に暑く感じてしまう。
そんな中で見るからにヒンヤリとした泉が現れればすることはひとつである。
正直なところ、俺もこのまま泉に飛び込みたいところだが、泉から出たあとのことも考えなければならないからな。そういう現実的なことを考えるのは大人の仕事である。
「よし、タープはこんなものでいいか」
泉のそばにキャンピングカーを出して、タープを設営する。
タープとはキャンプをする時に使う大きな布で、日差しや雨風を防ぐために設置するものだ。本来であれば地面にポールを立てて設営するのだが、そこはこのキャンピングカーの良いところで、車体の側面にタープを設置できる。
これはカーサイドタープと呼ばれ、普通のタープよりも設置が楽なうえに、キャンピングカーのすぐ横に設営できるところが嬉しい。これまでタープはそこまで活躍する機会はなかったが、この砂漠の中では日差しを遮るだけでもだいぶ涼しく感じられるからな。
「あとはテーブルと椅子も設置して、泉から上がった時のタオルとかも出しておいて、飲み物もしっかり冷やしておこう」
早く泉に入りたい衝動を抑えて、いろいろと準備をしておく。
少年心を忘れてはいけないが、現実的なことを考えておくことは大事である。……ちょっとおっさんくさいか。
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