第143話 幻のオアシス


「ああ、オアシスっていうのは砂漠にある地下水が湧き出た水場だね。なんでもトレドーレ砂漠のどこかにひとつだけオアシスがあるらしいんだよ。そしてそこには綺麗な泉と他の場所にはないとんでもなくおいしい果物があるっていう噂だ」


「へええ~それはすごいですね」


「広い砂漠の中に泉があるのですか。あまり想像ができませんね」


「私も聞いたことがあるだけで実際には見つけたことはないからねえ。だけど実際にその果物を持ちかえった人は本当にいるらしいし、完全にデマというわけでもないみたいだね」


 砂漠にあるオアシスか。元の世界でもオアシスは実際にあるみたいだし、異世界であっても不思議はないか。


「とはいえ、あの広いトレドーレ砂漠の中で目印なんかない小さなオアシスを見つけるなんて到底無理な話さ。その噂を聞いて幻のオアシスを探しに行く旅人は何人かいたけれど、そのほとんどが辿り着けずに街まで戻ってきたよ。そのまま帰ってこなかった旅人もいるし、そんな噂を信じて命を懸けるのも馬鹿らしいからね」


「……そうですね。俺たちも無茶はしないように気をつけます」


 必要な食材を購入しつつ、他にも必要な情報収集を行って昼ご飯を食べてからトレドーレの街を出た。今日はまだ時間もあるし、早速トレドーレ砂漠へ向かうことになった。




「さて、ここらへんでいいか」


「ホー」


 街を出てからトレドーレ砂漠へと続く道より少し外れた場所へ移動してキャンピングカーを出し、購入してきた食材を冷蔵庫とアイテムボックスへ収納する。


「なあ、シゲト。さっき話を聞いたオアシスってのを探してみないか?」


「ええっ!? 道に迷っちゃったら怖いよ……」


「そうですね。美味しい果物というのはとても魅力的ですが、危険があるのでしたら無理して探す必要はないと思いますよ」


 カルラは市場でおばちゃんが話していた幻のオアシスに興味があるようだ。コレットちゃんとジーナは安全第一らしい。アステラル火山を観光した時にはレッドドラゴンに襲われたことだし、俺も危険があるのならごめんである。


 そう、危険があるのであればな。


「それについてはちょっと確認してみたいことがあるんだ。どれどれ……うん、これか。どうやらその幻のオアシスについてもカーナビで表示されるみたいだな」


「ホホー!」


 フー太も俺の肩の上で驚いている。


「確かカーナビという機能は指定した場所まで案内してくれるのですよね? もしかしてその幻のオアシスというところまでも案内できるのですか?」


「そうみたいだね。いつもと同じように砂漠の真ん中にあるオアシスにもピンを留めて案内できるよ」


 市場でこの話を聞いた時、このキャンピングカーのカーナビ機能ならば道に迷うことなくその幻のオアシスまで行けるのではないかと思ったのだが、俺の予想は正しかったようだ。


 これなら道に迷う危険性はなく、その幻のオアシスとやらへ向かうことができる。


「砂漠には魔物がいるらしいけれど、そこまで危険な魔物はいないらしいし、何か不測の事態が起こったすぐに街へ戻る。道に迷う危険がないのなら、その幻のオアシスを目指してもいいかなと思うんだけれど、みんなはどうかな?」


「ホホ―ホー!」


「うん、僕は賛成だよ!」


「俺も賛成だぜ! そのうまい果物ってやつを食ってみてえ!」


「ええ、道に迷う心配がないのなら私も賛成です。それにたとえ魔物が現れたとしても、護衛の私がいるので任せてください」


 どうやらみんなも賛成してくれるようだ。食料は山ほどあるし、キャンピングカーがあれば道に迷うこともない。その幻のオアシスとやらを目指してみるとしよう。




「おお、これは見事だな!」


「ホホ~♪」


「うわあ~本当に真っ黒だ! すごい、これ全部が砂なんだね!」


「すごく広いですね。見渡す限り真っ黒な砂で覆われていて本当に不思議です」


 俺たちの目の前には漆黒の大地が広がってる。砂漠と言えば黄金色の砂丘が広がっているイメージだが、このトレドーレ砂漠は異なっていた。


 黒い砂は陽の光を一切反射することなく少し怪しげな雰囲気を醸し出している。風が吹くと真っ黒な砂が空へと舞い上がった。


「本当にどういう仕組みなんだろうな……?」


 足元にある砂をすくいあげると、サラサラとした感触の砂が静かに零れ落ちていく。一粒一粒はとても小さいのに色は真っ黒だ。


 いつかは行きたいと思っていた元の世界のアメリカにあるホワイトサンズを調べたことがあった。確か一般的な砂漠の砂は風化した花崗岩(かこうがん)や石英(クォーツ)だから茶色く見えるのだが、ホワイトサンズの砂の主成分は石膏でできているから白く見えるらしい。


 もしかするとこの砂漠の砂が黒いのはそういった異世界特有の鉱物でできているからなのかもしれないな。


「……シゲト、さすがにこの辺りは暑くねえか?」


「そうだね。黒色は熱を吸収するから、周囲の気温が上がるんだよ」


 キャンピングカーを降りていた時から気付いていたけれど、この辺りはめちゃくちゃ暑い。


 さっき砂漠の砂を持ち上げた時も日に熱されてかなり熱かった。

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