14-5 裏切り? そんなもの、とっくの昔に織り込み済みです!

 腹黒いヒサコの下で栄達するより、旧恩に報いて武人としての矜持を全うする。


 コルネスはきっぱりと言い切り、ヒサコからの返答を待った。


 そして、改めてニッコリと微笑むヒサコであった。



「あなたも不器用ね。こっちにいる方が利益になると言うのに、それをあえて捨てるなんて」



「私と私の部隊がいなくなれば、籠城戦は厳しくなります。そこに勝機を見出します」



「なるほど。そう言えばそうね。立て籠もる兵力が減る上に、城の構造を最も理解しているあなたがいなくなるのは、確かに籠城する上で不利に働くわね」



「はい。全力で当たらせていただきますので、その際は御覚悟を」



 互いに武器は持っていないが、ギチギチと刃を交えて鍔迫り合いでもしているかのような刺々しさを周囲に撒き散らしていた。


 本当に袂を別つつもりなのか、全員が固唾を飲んで見守った。



「でもさ、一つ確認を取っておきたいのだけど?」



「はい、何についてでしょうか?」



「家族はどうするって事よ」



 これはかなり重要な話であった。


 なにしろ、コルネスの妻は元々亡き宰相ジェイクの妻クレミアの侍女であり、今は幼王マチャシュの世話係になっていた。


 コルネス自身は国母ヒサコに仕える将軍であり、妻は国王マチャシュの側近。その地位も全部捨てるのか、という問いかけなのだ。



「……家族は王都に置いていきます。現在の職を解くかどうかは、御随意になさってください」



「あら、それだとあなたが勘繰られないかしら? 家族を王都に残しておくと言う事は、実質こちらに人質を取られているようなものですから」



「その点は正直に話します。『監視名目の“偽者”の家族は随伴していません』とね」



「フフフ……、堅物のあなたにしては随分と気の利いた冗談ね」



 本物の家族を人質とし、偽者の家族を随伴させる。その手段を考えないでもなかったヒサコであったが、公衆の面前でこうも言われては、さすがに引っ込めざるを得なかった。


 自分の性格をよく理解しているなと、上機嫌で拍手を贈った。



「なら、そんな狡い手は止めにしましょう。でも、本当に家族を放っておいていいの?」



「これは私個人が旧恩に報いるための行動でありますから、妻の職とは関係ありません。もちろん、妻が私の行いに連座して、信用ならないと言うのであれば解雇なさってください」



「ふ~ん。でも、それ以上の事をしちゃうかもよ?」



「それでも……、それでもです! 私を最も引き揚げてくれた、宰相閣下への義理立てが優先されます」



「そう……。なら、仕方ないか。コルネス、あたしを討ち取るつもりで攻めかかって来なさい」



 ヒサコは席を立ちあがり、恐縮しているコルネスの肩をポンポンと叩いた。


 袂を別ち、すぐにでも斬り合いが始まってもおかしくない状況にあって、まるで知人を送別しているかのような穏やかな雰囲気であった。


 そして、おもむろに自分の袖口に手を突っ込み、一枚の封書を取り出した。



「んじゃ、これ。持って行ってね」



「……これは?」



「ん~。身分証、みたいな? あなたが本気で反乱軍に加担する、それを一筆したためておいたの。まあ、大した効果もないでしょうけど一応ね。それと、カインが反乱軍に加担した以上、アルベールもそっちに行くでしょうから、彼にもよろしく伝えておいてね♪」



 知人を送り出す美女の笑顔だと言うのに、それはまさに悪魔の微笑に見えた。


 そう感じたのはコルネスだけではなく、その場の全員がそう感じ、肝が冷えに冷えた。



「ち、ちょっと待ってください! 私が“こうなる事”を先読みして、わざわざ手紙まで事前に用意していたと、そう仰るのですか!?」



「当たり前じゃない。結構長い付き合いなのよ、あたし達。こうなることくらい予測の範疇よ」



 ヒサコは長いと言ったが、コルネスはそれほどとは感じてはいなかった。


 帝国領への逆侵攻で数カ月、凱旋してから王宮で軍務を共にしてさらに数カ月。これらを合わせても、一年に届くかどうかという時間だ。


 にも拘らず、完璧に読み切られたということだ。


 ポンポンと軽く叩かれるヒサコの手は、まるで巨大なハンマーで殴られているかのように心身ともに衝撃を与えた。



「さて、これであたしとあなたは敵同士。あ~、うん、明日の正午まで待ちましょう。それ以降は敵って言う事にしますから、それまでに準備を整えて出立しましょうね。残された家族は“丁重に扱う”から、その点は心配ないわよ~」



 美女の笑みで見送られるのであるから、本来は喜ばしいはずだが、目の前の女性だけは別だ。


 今、コルネスは思い出したのだ。帝国領での出来事を。


 この笑顔を崩すことなく、ずらりと並べられた亜人の女子供を自らの手で次々と首を刎ね、あるいは火にかけて焙り、悲鳴がこだまする中を闊歩していたその姿。


 今にして思えば、あれはまさに悪魔の所業であった。犠牲者が亜人だからそれほど気にもかけなかったが、その犠牲者が次は“人間”に変わらないと言う保証はどこにもないのだ。



「んじゃ、頑張って。アルベールにもよろしく」



 呆然としていたコルネスに持っていた封書を押し付け、話はこれまでとばかりに再び席に着いた。


 もうそこには誰もいない。そう言わんばかりに、コルネスに一瞥もくれることなく、前を見据えた。


 選択を誤ったのかもしれない。あるいは最近大人しくしていた化物を、わざわざ叩き起こしてしまったかもしれない。


 コルネスはそう思いつつも、すでに手遅れであるとも悟り、無言の内に部屋から退出していった。


 それを確認してから、ヒサコは居並ぶ群臣に宣言を発した。



「これはコルネスに限った事ではないわ! あなた方の中にも、あるいは反乱に加担したと考えている人もいることでしょう。それを止めるつもりもないから、そうしたいならそうしなさい。宣言通り、明日の正午までに決めなさい。職を辞するもよし、そのまま反乱軍に駆け込むもよし。好きになさい」



 堂々と、そして、余裕の態度を見せ付けるヒサコに、誰も口を挟めなかった。


 自身の第一の将が寝返ったと言うのに、それすら最初から計算に入れていて、余裕で勝てるという態度で送り出したのだ。


 こんな化物に勝てるわけがない。そう心の中で考え、震え上がっていた。


 そんな中、ただ一人だけ違う感想を思い浮かべている者がいた。



(実際、余裕なんてないわ。どうやったらこんな図太い対応取れんのよ。コルネスがあっちに行っちゃったら、籠城戦の難易度が跳ね上がる。ヒーサが主力部隊を王都圏内に戻してくるまで、結構時間がかかるのよ!? 大丈夫なの!?)



 焦りまくっているのはテアであった。ヒサコが平然としているので、自分もそう装わねばと必死であり、表情だけは普通を取り繕っていた。


 しかし、今回は作戦の事を一切聞いていなかった。というより、話してくれなかったので、テアは不安で仕方がないのだ。


 アスプリクの誘拐に始まり、大規模反乱の発生と友軍主力の寝返り、どう考えても厳しい。


 しかし、この英雄はニヤニヤ笑うだけであり、テアは大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせるだけであった。

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