13-23 茶番!? 皇帝は何も知らされていない!(後編)

 アスプリクが知る情報と、皇帝ヨシテルの発した言葉に齟齬が生じていた。


 どういう事だと悩んだが、すぐに気付いた。



(こいつ、カシンの目的を聞いていない、もしくは理解していない!? 世界を破壊するのに、今後の世界についてどうこうだって!? 完全に茶番だ!)



 カシンは世界の意志を受け、世界そのものの破壊を望んでいると語っていた。


 そのためには“魔王の力”と“世界の傷跡”が必要であるとも聞いていた。


 しかし、ヨシテルからはそうした雰囲気は感じられない。この世界を舞台にした、陣取り合戦でもやっているかのようだ。



(カシン、あんた、呼び出すだけ呼び出して、本当の事を何も教えず、ただ従順な臣下になったフリして、皇帝をいい様に誘導しているな。いい面の皮だな、こいつも!)



 復讐心を利用されただけの、哀れな駒が目の前の皇帝だと確信した。


 アスプリクが知っている情報として、かつての世界において国を主導する立場にあるが、実質は権力を奪われた傀儡に近い状態にあった。


 それに抗う過程でかつてのヒーサ、すなわち松永久秀と対立。最終的に滅ぼされてしまったのだと言う。


 それゆえに松永久秀への恨みは一入ひとしおであり、その感情が心の闇を生み出し、魔王の因子を持ちえたのだと考えた。


 だが、それはまやかしに過ぎなかった。


 魔王を名乗るように誘導され、魔王のように振る舞うよう言いくるめられ、ただ何も知らずに復讐の先に新たな世界が開けると思い込まされているだけの、自律しているつもりでいるとんだ操り人形であった。


 少なくとも、数々の情報と目の前の実物をすり合わせた結果として、アスプリクはそう感じた。

 


(本当にこいつは魔王でもなんでもない! それっぽいだけの“もどき”なんだ! 半覚醒とか言っていたけど、これで魔王としては半人前なのか。だとしたら、“真なる魔王”の実力ってどうなんだろうか)



 そう考えただけで、自分自身を恐ろしく感じるアスプリクであった。


 なにしろ、その“真なる魔王”が自分かもしれないのだ。カシンの言だけならば半信半疑でいられたかもしれないが、この世で一番頼りにしているヒーサもそうだとお墨付きを与えていた。


 自分かマークのいずれかがそうなる。魔王に覚醒する。そう伝えてきた。



(落ち着け、落ち着くんだ。魔王に覚醒するには、魔王たるに相応しい“心の闇”が必要なんだ。だけど、僕の心には光が差し込んでいる。闇に呑まれてなるものか)



 かつてならばいざ知らず、今のアスプリクは“心の闇”を払拭していた。


 苦痛と屈辱以外の感情しか湧いてこなかった男に抱かれると言う行為も、今では恋することを覚え、思慕する人に抱き締めて欲しいと思えるようになっていた。


 血の繋がりを有しながら、優しさも温もりも与えてくれず、恨みと軽蔑を向けていた家族と言う存在も、今では何よりも愛おしく感じるようになっていた。


 恋人のヒーサと叔母のアスティコス、この二人がいるからこそ、アスプリクは変わる事ができた。


 この二人がいる限り、心に闇が満たされる事はない。



(むしろ、心配なのはマークの方か。まあ、あっちはティースがいれば大丈夫だろうけど、そう考えると、狙いはティースに向けられないだろうか?)



 よくよく考えてみれば、ティースが下手なやり方で死んでしまうと、マークが暴走する可能性が高い。そうなると、あちらが魔王として覚醒する事の方が有り得た。


 もう少し深く付き合っていれば、なにかしらの防護策もとれたかもしれないが、それはさすがに手を広げ過ぎかと考え直した。



(まあ、僕程度が考えている事なんだし、ヒーサが手を打ってくれていると信じよう。なにより、目の前の、クソむかつくバカ野郎をどうにかするのが先だ!)



 世に絶望し、復讐を志すだけの空っぽの存在。まさにかつての自分自身だと、同属嫌悪を覚えるアスプリクは、ヨシテルを睨み付けた。


 こんなふざけた茶番はさっさと終わらせる。そう意は決され、迷いも後悔もなくなった。



「じゃあ、消えてもらおうか。ヒーサのため、なにより僕自身の未来のために」



「騙される事をよしとする愚か者め! 奴に与したことをあの世で後悔するがいい」



「あの世に行くのはお前の方だよ、皇帝! いや、魔王! 消し炭にしてやるから、安心して風に吹かれて消え去ってくれ!」



「手加減も遠慮もなしだ。我が愛刀の錆にしてくれる!」



 アスプリクから豪快に火が噴き上がり、ヨシテルもまた鞘から刀を抜いた。


 “魔王候補”と“魔王もどき”による対決がいよいよ始まりの時を告げようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る