13-14 言葉は無粋! 武にて語るのみ!
「騎士アルベールよ、我に下る気はないか?」
ジルゴ帝国皇帝ヨシテルより発せられた降伏勧告だ。
敵中に孤立し、逃げ出す隙のないアルベールに対してのある種の“慈悲”であり、あるいは“勝者の余裕”でもあるのだ。
その気配、
「断る。私はこの地を守護する者。真の主君がご帰還なさるその日まで、帝国の有象無象に好き放題させるつもりはない!」
「その意気や、よし。忠義厚く、それでいて勇猛果敢。ますます気に入った! 殺すには忍びない。今一度聞こう。下れ、アルベールよ」
「くどい! 忠臣は二君に仕えず! 私に指示を出せるのは、アーソ辺境伯領を統べる者のみ! それ以外の者に頭ごなしに命じられる覚えはない!」
アルベールはきっぱりとヨシテルの誘いを拒絶した。
前回のアーソでの騒乱の際、辺境伯の地位より退く形となった前領主カインであるが、今はシガラ公爵領にて隠棲していた。
いつかは辺境伯に返り咲けると考える元家臣も多く、アルベールもそんな中の一人だ。
ヒサコに対してはその才覚に敬服しているし、その兄ヒーサに対しては数々の恩義があるため従順にしてはいるが、あくまで忠義の向かう先はカインに対してのみであった。
ヒーサ・ヒサコ兄妹への敬服は本物であるが、だからと言ってカインへの忠義は決して忘れてはいない。いつか本当の主人が帰着できると信じて、この地を守り抜くのが自分の仕事だと自負していた。
ゆえに、相手がどれほど強大な相手だろうと、アルベールには逃げると言う選択肢はない。
まして降伏など論外であった。
「よかろう。これ以上の問答は無粋であるな。敬意を表し、全霊を以て、騎士アルベール、貴様を葬ってやろう」
「タダで命をくれてやるつもりはない! お前も一緒に道連れだ!」
「やってみるがいい。見事、我の首級、取って見せよ、忠勇の士よ!」
ヨシテルの意識が刀に集約され、まさにアルベールに斬りかかろうとした。まさにその時だ。
周辺の水たまりが
不意な攻撃ではあったが、ヨシテルは冷静に対処し、飛んできた矢を全て刀で叩き落とした。
アルベールは一瞬、何が起こったのか分からなかったが、自分のすぐ横に着地してきた少女の姿を目に捉え、そして、驚きと喜びを同時に受けた。
「ルル!」
「お兄様、遅くなりました!」
現れたのはアルベールの妹のルルであった。
ルルは現在、シガラ公爵領にて術士の管理組合“
今回の帝国との決戦に際して、さすがに温存していた術士を前線に出さざるを得なくなり、ヒーサが増援を出すように要請していたのだ。
それに応える形でルルを始めとするアーソ出身の術士は出陣し、急いでここにまで駆け付けたと言うわけだ。
「息災で何よりだ。だが、思い出語りは後でゆっくりとしよう」
「ですわね。なるほど、目の前にいるのが、噂に聞く皇帝ですか」
ルルも風の噂で皇帝の事を聞いており、その噂が決して実物と遜色ない並ならぬ実力者であることが読み取れた。
その体から、あるいは手に持つ刀剣からも、尋常でない気を放っており、術士であるルルには、アルベール以上にそれを感じていた。
「ふむ……。口ぶりから察するに、兄妹か。仲の良さそうなのは結構な事だ。我にも弟が二人いたのだが、さて、どうなっていることやら」
「軽口を叩けるのも今の内ですよ、皇帝」
「ほう、これは……」
ひんやりと、それでいて肌がチクチクする感覚をヨシテルは覚えた。
まるで冬がいきなりやって来たかのような、凍てつく風がルルを中心に吹き始めていた。
「娘よ、貴様の術式は氷を操るか?」
「正確には“水”です。まあ、氷を好んで使っているのはたしかですが、その限りではありません。さあ、起き上がりなさい、形を持たぬ竜よ!」
ルルの言葉に応じてか、二本の巨大な水柱が立ち上がった。周辺の泥水が寄り集まり、豪快に動いたかと思うと、その顔の先をヨシテルへと向けた。
「ここは私の世界。水で満たされた場所。さあ、皇帝、押し潰されなさい」
ルルも、アルベールも、いつでもヨシテルに仕掛けられるように構え、ヨシテルもまた目の前の兄弟を迎え撃つべく、今一度、愛刀を握り直した。
少しは楽しめそうな兄妹だと、その顔はニヤリと笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます