13-12 蹂躙! 逃げる敵の後背を突け!

 ガタガタと音をたてながら鎖で吊り上げられていた橋が下ろされた。


 イルド城塞の正面大門が開け放たれ、そこから二列縦隊の騎兵の集団が飛び出した。



「突撃! 発砲は任意!」



 そう言って先頭を飛び出したのは、要塞防衛司令官兼駐留部隊指揮官のアルベールだ。


 大将自らが部隊を率い、ここぞと言う場面で突っ込んだのだ。


 現在、城砦前は押し寄せた濁流によって、帝国軍は大混乱に陥っていた。死体が折り重なっていた城壁前の空堀に水が勢いよく入り込み、それらを奇麗に押し流した。


 当然、梯子で城壁をよじ登ろうとしていた部隊も巻き込まれ、これも激しい水流に飲み込まれた。


 また、垂直方向に延びていた“畝堀うねぼり”にも水が入り込み、その周辺は足場がグチャグチャになり、もはや城攻めどころではなくなっていた。


 後退しようとするも、足場の悪さと頭数の多さの渋滞によってままならず、さらに城壁から容赦なく矢弾が降り注ぎ、被害がますます拡大していった。


 そこに、アルベールの部隊からの追撃の一手が加わった。




「突貫! 突貫! 貫くぞ!」



 アルベール以下、部隊の先端部にいるのは槍を構えた重騎兵だ。


 部隊の編成は先頭を重騎兵の部隊が先行し、その後ろから軽装の竜騎兵ドラグーンが続行するという形が取られた。


 重騎兵の突撃で道をこじ開けつつ、竜騎兵が馬上筒にて身動きの取れない泥沼にはまった敵兵を撃ち抜くという、なかなかに苛烈なやり方であった。


 中には炸裂弾を投げ込む者もおり、銃声に加えて炸裂する音を響かせた。


 正門より真っ直ぐ伸びる道だけが実質通行可能であり、他は水浸しで泥沼になっており、通行は困難な状況だが、重騎兵を先頭にまさにその道を穿っていった。



「どけどけどけぇ!」



 アルベールもまた、その重騎兵の更に先頭を走り、居並ぶ帝国軍の兵士を蹴散らしていった。


 その衝撃力たるや凄まじく、城壁を登攀とうはんしようして失敗し、水に押し流され、命からがら逃げてきた帝国軍の各部隊ではそれを押し止める事はできなかった。


 槍で突かれ、体を貫かれ、馬鎧バーディングに激突し、吹っ飛ばされ、馬蹄によって蹂躙された。


 それに続行する竜騎兵ドラグーンも馬上筒で次々と銃撃を加え、装填済みの銃が無くなると、曲剣サーベルを抜き、切り抜けていった。



「よし! 所定の地点で進路を西に向け、丘陵を駆け上がるぞ!」



 城壁前は泥沼ばかりなので、馬を走らせる道が限られていた。そのため、馬首を返して旋回し、引き返すと言うわけにはいかなかった。


 一度敵陣を穿ち、なだらかな丘陵にて一息入れた後、また元来た道を戻る手筈になっていた。


 そして、泥沼が薄れ、方向転換ができる位置まで突貫し、そこから進路を少し傾斜のある丘陵地へと向けた。


 一騎も乱れることなく、二列縦隊で敵陣を突破。傾斜も駆けのぼり、丘の上へと到着した。


 幸いな事に、見張り要員が僅かに布陣していただけであったので、すんなりとこれを制圧できた。


 一番乗りを果たしたアルベールは他の者が到着するのを待ちつつ、すぐに周辺の状況を確認した。



(よし。敵陣は大混乱。水計とこの突撃が合わさって、被害甚大といったところか)



 かなりの数の死体が下流へと流されたため、正確な数は把握不可能であったが、手応えとしては、攻城戦が始まってから今まで、五千前後は討ち取れたと見積もっていた。


 負傷者はその倍はいくであろうし、戦果としては十分すぎるものであった。


 なにより、敵は混乱の只中であり、騎馬突撃であっさり突き崩されたのもその証左であった。



(本当にまとまりがないんだな、こいつらは。統一された指揮系統や、作戦などと言うものを感じない。ただ前へ進めって感じだ。それが崩れた途端、何の粘りもなく引き下がる。個々の能力では目を見張る者もいるが、連携がまるでなっていない。よもや敵兵に同情的な気分になろうとはな)



 まだ視界の中で右往左往している敵兵を見ながら、アルベールは嘲笑を浮かべた。


 もし、連携が取れ、指揮系統が一本化されていれば、今頃はこの丘陵地目がけて部隊を派遣し、城への退路を塞ぐ動きをするであろうが、その気配がない。


 せいぜい、割と近くにいる人狼族ヴェアヴォルフの部隊が警戒する動きを見せているが、それだけだ。他の部隊との連携も見られず、本当に部隊単位、部族単位での動きしかできていないようであった。



「将軍! 玉の装填、完了いたしました!」



「よし! では、来た道を戻るぞ! 再び蹴散らしてやれ!」



 竜騎兵ドラグーンの部隊もたまの再装填が完了し、次の獲物は誰かと見定めに入っていた。


 士気の高さに満足しつつ、アルベールは再び先頭に立って丘を駆け下りていった。


 敵までの距離はそこまでないが、坂を下る勢いがあるため、衝撃力は十分に溜まっていた。


 疲労が溜まっているせいか、まともな迎撃ができず、再び重騎兵の突撃に吹き飛ばされてしまった。


 再び敵陣を穿つべく、槍を振るい、銃が火を噴き、敵兵を屠っていった。


 そこまでは先程と変わらなかった。


 だが、“それ”は突如として現れた。


 人混みをかき分け、というよりかは吹き飛ばすか、斬り伏せるなどして強引に突っ込み、兵卒を踏み台にして跳躍し、走る勢いそのままにアルベールに強烈な斬撃を繰り出してきた。



(これは……!)



 咄嗟の事であったが、アルベールは素早く反応し、飛び掛かってきた相手に槍の一撃をお見舞いした。


 だが、相手の斬撃が想像以上に重く、槍が弾き飛ばされてしまった。


 体勢も崩され、どうにか引き起こしたときには馬の行足が完全に殺されてしまった。



「構うな! 突き抜けろ!」



 アルベールは腰の剣を抜いて相手を威圧しつつ、続行する部下には構わず駆け抜けるように指示を飛ばした。


 馬は人ほど機敏に動くには適しておらず、衝撃力、突破力は速度が“のった”状態だからこそ発生する。


 一度止まり、再び加速するとなると、それ相応の距離を必要とするのだが、今のアルベールにはそれができなかった。


 はっきり言えば、相手が悪すぎた。馬で逃げだそうにもすでに距離が詰まっており、馬が加速する間に相手に捕捉され、斬られる可能性が高かった。


 だが、アルベールの部下達は命令を守りつつ、上官を助ける行動に出た。すり抜け様に馬上筒を構え、乱入者に対して銃撃を加えたのだ。


 立て続けに三発。当たればよし、当たらずとも隙が生じれば馬を走らせる。そうアルベールは考えたが、相手はその予想の上を行った。


 肉眼では捉えられぬはずの銃弾を、手に持つ刃ですべて弾いたのだ。



(嘘だろぉ、おい!?)



 逃げる算段をしていただけに、あまりに予想外過ぎる銃撃の防ぎ方に驚き、アルベールは撤収する機会を逸してしまった。


 だが、部下は残らず駆け抜けたので、一応の牽制にはなったが、その代償は“自分の命”であった。


 部下は命令通りに横を走り抜け、城の方へと行ってしまった。



(少し時間を稼ぐか。あるいは……)



 部下が再び城から出撃して騎馬突撃を繰り出す可能性もあるため、まずは冷静に状況を分析した。



(敵中に孤立。周囲の連中ならいざ知らず、目の前のこいつだけはどうにも厳しい)



 先程の斬撃と言い、銃撃を防いだ手並みと言い、とんでもない手練れなのは確定であった。


 しかも、逃げるのは不可能であった。鎧を着込んだ状態で軽業師のような跳躍を見せ、それでいて息一つ切らしていない。とんでもない身体能力であり、これこそ逃げるのが至難である証だ。


 ならば、時間稼ぎは“刃”ではなく、“会話”の方が適切だと判断した。



「そこの者、先程の斬撃、見事だ。噂に聞く帝国の皇帝とは、お前の事か?」



 事前の情報では、帝国皇帝はとんでもない腕前の剣豪だと知り得ていた。しかも“人間”であり、魔王を名乗っていることも。


 条件が全て合致しており、それゆえの問いかけだ。


 上手く会話が成立すれば、時間稼ぎにはなる。そう考えるだけに、アルベールはいつも以上に慎重に、平静さを装いつつ、言葉を紡ぎ出した。



「その通り。我こそジルゴ帝国皇帝・ヨシテルである」



 煌めく刃を手に、ヨシテルは馬上のアルベールを見つめた。


 その瞳からは、いつでも斬れるぞと脅しをかけつつ、緊迫感を楽しんでいる雰囲気すらあった。



(やはり皇帝か! ここでこいつを討ち取れば、戦争は終わる! 問題は、それができるかどうかだ)



 ほんの一端とは言え、剣豪皇帝の力をアルベールは見せつけられた。


 相手は帝国を剣一本で手にした本物の豪傑であり、その実力は噂そのものを具現化させたと思えるほどだ。


 どう切り抜けるべきか、アルベールは全身に汗をかいて緊張していることを自覚しつつ、斬るか、逃げるか、話すか、大いに迷うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る