13-7 イチャラブ!? 公爵夫妻は円満です!

 王都ウージェにあるシガラ公爵家の上屋敷は、慌ただしい雰囲気の中にあった。


 当主であるヒーサの出陣という事もあり、その準備に大忙しなのだ。


 また、普段以上に警戒は厳重であり、警備兵の数もいつもの数倍いた。


 理由は今ヒーサの目の前にいるティースとマークが原因だ。



「というわけで、いよいよ皇帝の御親征というわけだ。饗応役の任、決して易くはないぞ」



 言葉は多少濁してあるが、要はヒーサの言いたいことはただ一つ。手柄を立てて、周囲を黙らせてしまえ、というわけだ。


 ティースには枢機卿殺しの罪があり、マークには“魔王ではないか”という嫌疑がかけられている。さっさと殺してしまえという意見が多い中、ヒーサはこれを押し止めていた。


 “愛する”妻と、その従者であるからという理由もあるが、“今後の展開”を考えると、失うわけにはいかない人材であり、その扱いも慎重だ。


 警備兵が多いのも、判断力過小な連中が激発し、二人を殺しに来かねないという判断があればこそだ。



「それで、兵力はいかほどに揃いましょうか?」



「おおよそ二万強、といったところか。ヒサコが打撃を与えたとはいえ、まだまだ数の上では帝国側が有利だ。決して楽とは言えん」



 今回はアーソの地に築いた城砦群での防衛戦であり、以前のような侵攻戦とは状況が異なるが、それでも敵方の数の多さはやはり脅威と言えた。


 また、ティースは実のところ、今回が“初陣”である。


 前回の武力蜂起クーデターがそうだと言えなくもないが、犠牲を抑えるように動いたので、本気で斬り合い撃ち合いという状況でもなかった。


 だが、今回の出陣は本当の戦場で戦う事となる。武芸に自信ありといえども、やはり緊張はする。


 そんな今一つ腰が引けている妻に、ヒーサはその髪に手で触れ、心を解きほぐすかのように髪を梳いた。


 少し濃いめの茶髪にヒーサの手が滑り込み、不快感をあらわにしながら、その手をペシッと叩いた。



「気安く触らないでいただけますかね。髪を赤毛にする予定はありませんよ?」



「そうか。ならば、自分で髪を梳くときには気を付けるがいい。お前の手も、もう赤いぞ」



「……誰がそれをさせたと思っているのですか!?」



「お前が、お前の意志でやった事だよ。赤ん坊を生贄に捧げた時点で、泣き言を言う資格は失われている。違うか?」



 その言葉には言い返す事が出来ず、ティースは夫を睨み返すだけであった。



「まあ、そう機嫌を損ねるな。別にお前に喧嘩を売っているわけではない。夫婦として、仲良くやっていこうと誓ったではないか」



「何年前の話ですか!?」



「だいたい一年くらい前だな。初めて会ったのは、カウラの上屋敷だったか?」



「……御前聴取の席の間違いでは? “ヒサコ”として」



「ふむ。やはり気付いていたか」



 何か言いたげな雰囲気が少し前からあったため、おそらくこれについてだろうと予想していたが、それが当たっていたことが確定した瞬間であった。


 やはり勘や閃きは鋭いなと、改めてティースの能力の高さに感心した。



「で、実際のところ、ヒーサとヒサコの関係はどうなのですか?」



「そこまで気付いていたのならもう話すが、言ってしまえば、ヒサコは私の“分身”なのだ。見せることができないのだが、神より仕事の依頼を受け、その補助として“神器”を賜った。その力によって、ヒサコという“都合のいい”存在を作り出した。そっくりさんならともかく、男女の別であるために、完全に自分の制御下にある分身とは思うまい?」



「ええ。偽装としては完璧でした。“箸の使い方”で気付くまでは、私もまんまと騙されていましたから」



「お~、あの件は本当に凄かったぞ。あれで看破されるとは、思ってもいなかった! さすがは私が見込んだ私の妻よ」



「褒めたところで、罵声しか出ませんよ?」



「それもまた一興。じゃじゃ馬を乗りこなすのも、男子の嗜みというものだ」



 ヒーサにとって、ティースとの皮肉と嫌味の投げ合いは、楽しいひとときであった。


 謀略と暗殺を繰り返し、今の地位を得たが、こういうやり取りをできるのはティースだけであり、それがまた面白いのだ。


 アスプリクとは対等な立場とは言い難く、こうしたやり取りはできない。


 それが“正妻と愛妾の差”であり、同時に“経験の差”である。


 常に手を差し伸べてきたアスプリクに対し、人生を台無しにされた上でなお付き従ってくる打算で動くティース。その汚れ、歪んだ姿が何とも愛おしく感じてしまうのが、ヒーサであった。


 まして“共犯者”となり、気兼ねなく裏も晒せるようになってからは、その愛情の注ぎ方も一層拍車がかかっている風すらあった。



「それにしても、神様も余計な事をしてくれますね。性格、歪んでいるんじゃないんですか?」



「まったくもってその通りだ。斬り捨て御免状でも出しておこうか?」



「逆さ吊りにして、晒し者にしたいですね」



「乳がたれるので却下」



「あ、女神でしたか。見た目奇麗な性悪女ってとこでしょうかね」



「おお、見た目はバッチリだぞ。事ある毎に誘惑してくる悪い女神でな~。妻帯者として、我慢するのに一苦労している」



「むしろ、女神に擬態した淫魔サキュバスの類なのでは?」



「その可能性もあるな。今度ひん剥いて確認するとしよう」



「妻帯者として、我慢するというお話は?」



「神か魔物かの確認作業なので、許容範囲だよ」



 女神テアがすぐ横にいるというのに、この夫婦は言いたい放題である。片方は知ってて言っているので、なお性質タチが悪い。



(こんの夫婦は、イチャイチャしおって……。我慢しているのはこっちだっての! 毎回、凄惨な陰謀劇の舞台の表も裏も強制視聴させられて、今度はクソみたいな昼ドラ劇場見せられてるこっちの身にもなってよ! 食傷ってレベルじゃないわよ! ああ、なんか胃が……)



 痛くならないはずの女神の胃袋が悲鳴を上げており、無意識に手で摩るテアであった。


 なお、“相方に松永久秀を選んだ”という逃れられない失態があるため、文句を一切言えないのは辛い点で、本当に我慢のしっぱなしだ。



「御二方とも、そろそろ本題に入ってください。話が進みません」



 いよいよ我慢できなくなってきたマークが口を挟み、二人は咳払いをして気持ちを切り替えた。



「でだ、すでに先発としてアスプリク達には、アーソに向かってもらっている。兵も続々と現地に集結している」



「ルルも呼んでいるんですよね?」



「ああ。ルルを始め、シガラ公爵領には、アーソからの移住者も多いからな。アーソでの決戦となると、居ても立ってもいられないという者が多く、士気も高い。ルルのような術士でなくても、志願者には現地に向かわせている」



「数が少ない分、強化した防衛施設と、術士の運用で凌ぐというわけですか」



「それ以上に、数を揃えた銃器や大筒も活躍するだろう。すでにヒサコで証明済みだからな」



 帝国への逆侵攻の際、ヒサコの陣頭指揮の下、術士を用いず、火器で応戦し、多大な戦果を上げていた。


 数を揃えた銃兵、砲兵は強力であり、下手な術士よりも運用がしやすいという利点もあった。


 “才能”で決するのではなく、“財”や“数”で勝敗が決する。兵法で言うところの“衆寡敵せず”であり、火力、戦力の集中運用はやはり強力だと、この世界でも松永久秀は実感していた。



「だが、それでもお前達二人には、皇帝の首を取ってもらわねばならんからな」



「手柄を立てて、反発者の口を閉じさせろ、というわけですか」



「特にマーク、お前だ。“魔王”を名乗る皇帝を滅ぼし、以て魔王でないことを証明せよ」



 ヒーサの言葉はマークに深く突き刺さった。


 それ以上に主人ティースからの視線が痛く、心臓を抉られる思いであった。


 あの夜、ヒーサとアスプリクの密談を聞いた際、自分が魔王かもしれないとマークは知った。衝撃的な内容でもあったし、そうであって欲しくないという迷いもあって、ティースにも秘していた。


 だが、ヨハネスの【真実の耳】に「魔王ではない」という自分が発した声を迂闊にも拾われ、しかもその回答が無いという衝撃的な結果が出てしまった。


 神すら答えられない“何か”が自分にはある。マークの躊躇いは日増しに大きくなっており、その心に楔となって撃ち込まれるのであった。

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