12-33 法廷の裏側! 攫われた法王を取り戻せ!(2)

 マークは暗殺者アサシンでもあり、その思考はどうしても邪魔者は手っ取り早く排除する、というものに行き付いてしまう。


 この点では松永久秀と類似しており、その考えに何となく賛同してしまえた。



「結局のところさ、教団は過去に縛られているのよ。徹底した前例踏襲主義と言えばいいかしら。とにかく変化を嫌い、長く続いた伝統と格式をそのままに、ってね」



 今、ヒサコは黒犬つくもんの口を借りて喋っているが、使い魔経由での会話は驚くほど滑らかだ。


 犬と喋るなどマークからすれば少し困惑ものであったが、構わず会話を続けた。



「なるほど。“術士の管理運営”に関する事も、結局は利権構造と変化を嫌う性質ゆえに、ですか」



「ま~ね~。シガラ公爵領で術士の運用による生産性の向上を見ても、いまいち動きが鈍かったのはそういうことなのよね。術士は前線で敵と戦うために存在し、畑を耕す為じゃない。その伝統が、変化を拒絶している。教団内部だと、多少の変化はよしとしても、徹底的に変えようとしているのは、ヨハネス聖下くらいなもんよ」



「それだけに、今回の誘拐まがいの暴挙と言うわけですか」



 それはマークにとっては、決して見逃していい他人事ではなかった。


 教団は“術士の管理運営”に関する独占権を有し、それゆえに組織が巨大化してきたとも言えた。


 それに一石を投じたのがヒーサであり、シガラ公爵領の教区を分離独立させてでも、術士の独自運用を目論んだのだ。


 結果は良好であり、公爵領に隠遁していた術士や、待遇が不遇であった下級の神官らがこぞって流入し、その正しさ、あるいは利点を示した。


 マークもまた正体を伏せていた術士であり、公爵領内ではその存在を隠すことなく大手を振って生活できるようになっていた。


 この点だけは、マークはヒーサに対して、全面的に感謝していた。


 だが、そうした勝手な術士の運用を快く思わない者も教団内にはまだまだ多く、立場の弱いヨハネスはそこを付け込まれてしまった。



「とにかく、急いで聖下を救出しませんと、裁判に影響が出ます」



「もう出ているわよ。ロドリゲスの奴、文書偽造してまで宗教裁判始めたわよ。異端審問で、アスプリクやライタンを処断する気満々よ」



「ああ、そうか、聖下がそんな異端審問の指示書を出すわけがないし、法理部に手を回すにしては早すぎるというわけですか」



「法理部にもロドリゲスの息のかかった奴がいるんでしょうけど、異端審問に関する部会が開かれたら、それこそその情報が無いのが怪しすぎる。一部が暴走して、勝手に異端審問の指示書を捏造したと見るのが普通よね」



「なりふり構わず、ですね」



「ええ、“お互いに”ね」



 あちらがあちらなら、こちらもこちらの“悪辣な手段”に訴えるだけである。


 そして、その手のやり取りにおいて、自分に勝るものはないという自負を松永久秀は持っていた。


 戦国日本で培われた七十年分の経験値、決して軽いものではないのだ。



「というわけで、まずはあの屋敷の人間、ヨハネス以外は皆殺しにしちゃいましょう」



「互いに血は求めない、じゃなかったんですか?」



「別にいいのよ。だって、あたしも、マークも、教団関係者じゃないもの」



「ああ、それもそうでしたね」



 恨みはあっても、恩義はない。それが二人に共通する教団への考え方であった。



「……で、どう動きます? さすがにあの人数、俺一人じゃ無理ですよ。暗闇なら、あるいはいけるかもしれませんが」



 上空を見れば、まだ太陽が輝いていた。昼前から始まった裁判ではあるが、すでに正午を過ぎているとはいえ、悠長に夜を待つ事もできなかった。


 まだ王宮の大広間では激論が繰り広げられているが、それもどこまで続くかという状態だ。



「ライタンが矢面に立って議論を引き延ばしているけど、のんびりなんてのは論外よ」



「分かってます。でも、昼間っから潜入してこっそりなんてのは無理ですよ」



「大丈夫、問題ない。“正面”から堂々と行けばいいのよ」



 そう言うと、黒い仔犬が口から何かをペッと吐き出した。体の大きさと、吐き出したそれの体積が全然釣り合っていないが、マークはそれを無視することとした。


 そして、その吐き出された物を見ると、それは黄色を基調とした法衣であった。



「この色合いは、確か土の神ホウアの神官が身に着けている衣」



「そうよ。これでマークも、見た目は立派な土の神官。これで正面から堂々と近付ける」



「止められますよ?」



「でも、間合いは詰められる。そして、『互いに血を求めない』という不文律がある以上、“お仲間”には手を出さない。少なくとも、最初の一撃が加えられるまでは」



 マークはその言葉でおおよそ察した。


 不文律を逆手に取り、“正面からの奇襲”を敢行せよということだ。



(いや、距離さえ詰まれば、それでいけるか)



 マークの見たところ、脅威となるのはやはり術の使えそうな神職だ。これを初撃で仕留めれば、あとは普通の衛兵ばかり。


 術の使えるマークにとっては、与しやすい相手と言えた。


 そう考えると、迷っている時間も惜しくなった。


 マークは急いで黄色の法衣を身にまとい、神殿で見聞きした神官の立ち振る舞いを頭に思い浮かべながら物陰より歩み出て、ゆったりとした足取りで屋敷の方へと進んで行った。


 その裾の内側に黒犬つくもんが入り込み、マークに引っ付きながら帯同するのであった。

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